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九月になれば彼女は

9月9日(土)

今日も代稽古させていただく。
稽古しながらいろんなことを考える機会があるのは、実にありがたい。身体で感じた事柄を、どういうふうに消化させ、自分のなかに吸収させるか。これがとても重要で、大切なことだ。言葉にしなければ公共性は得られない(得にくい)。しかし、あるものごとを言葉にした瞬間からまた、自らが体験したことと遠くなる気がするときが少なからずある。言いたかった「それ」とは少し違う「それ」を言いたくて、だからまたそっと言葉を紡ぎだす。そんな三時間。


9月8日(金)

 日に日に迫る来週からの旅。
まだ、身体のどこかが緊張している。そんな自分がいる。


9月7日(木)木曜日の雨と友人。

 もくもく働いたその後、街に出て友人と会う。

江さんの『「街的」ということ』を読んだあと初めて出る街だけに、いつもと同じ街の景色が、いつもと違った角度で見えた。街ってこんな顔してたっけ。こんな通りあったっけ。こんなふうに嗜むものだったっけ。
街の歩き方なんて全然知らないわたしでも、断片的に見えたこと。それは「街はそこにある」ことだ。「そこ」がどこだと言われても「どこ」ってはっきり言えないのだけど。
しっとり雨音聞きながら、ぼんやり思う夜にはね。ちょいと野暮な質問よりも、あなたの傍で一杯のバーボン。


9月6日(水)

「阪急西宮北口から今津線に乗り換え、南へ二駅。終点の今津駅で降車。連絡通路を歩いて阪神電車の今津駅へ。阪神今津駅から西宮を経由で阪神芦屋駅到着」。

これは稽古に行くときに最近よく使うルートだが、今日は阪急芦屋川で下車して川沿いを歩いた。お天気もいまひとつだと思ったちょうどそのとき、偶然にもバスが通りかかったので、迎えられるかのようにしてそれに乗る。「阪神芦屋駅前」でバスを降車。
降車する際、数日前に買ったラガールカードをカードキーに通す。出てきたカードは、「定期券入れ」に入れる。これまでカードは、財布のカード入れに忍ばせていた。けれど、使う度に財布を取り出すのが面倒になってきたので、電車カード類と財布を分けて使うことにしたのが、これまた最近の話。

 停留所から阪神芦屋駅の西側にある体育館へ。
鍵をもらって柔道場を開ける。
 気づくと定期券入れがない。鞄のなかをくまなく探るがどこにもない。探しまくってもやっぱりない。ない!ない!ない!ないものはない!体育館の受付に落し物を尋ねてみたが、何も届いていない。
仕方なく、しかし慌てて、再び、今歩いてきた道を戻る。体育館を出て、通路の横を通り、駅の入口の前を通り過ぎ、バス停までの道のりを、目を皿のようにして歩く。探す。
もし落としたのだとしたら、バスを降りてここに辿り着くまでの間になる。いくぶん逸る心。再び体育館に戻りながら探すが、やっぱりどこにもない。すこし不安になる。
しかし不安になるより先に、紛失届を定期券発行先に出し、利用停止願いの電話。芦屋警察署に連絡し、紛失届を出した。そして、もうひとつは、大事な稽古。
着替えてすぐに稽古開始。不安に駆られてなどいる場合ではない。(さすがに稽古をしている間は、さすがに定期券入れのことは忘れていた)。

稽古後、帰りの駅のホームで警察署から、「見つかりました」との連絡が入る。ご親切な方に拾われた定期券は無事に届けられていた。すごく助かった。感謝の言葉のひとつも述べたかったが、「拾っただけだから言わないでください」というのが拾得者の条件とのこと。しつこく尋ねるわけにもいかず、とりあえずは警察に礼を言って、定期券を受け取り、その場を去る。
どなたかわかりませんが、ほんとうにありがとうございました。助かりました。

今日の教訓:定期券入れは使用しない。


9月5日(火)

 『青春漫画~僕らの恋愛シナリオ~』を観賞(出演:クォン・サンウ、キム・ハヌル)。

この二人は、『同い年の家庭教師』以来の共演。


9月4日(月)

 お能の稽古に行く。
来月の大会で取り組むものを、きちっと詰めていかねばならない段階だ。
「本番もそういう感じで、やりなさいよ」と、『紅葉狩』コレモチは褒められた。結構うれしかった。コレモチ同様、「あまり騒がずして」褒め言葉を頂戴したが。
仕舞は、まだいくらでも直すところはある。いや、あり余るほど。うーん。
 オーニシさんが装束をつける日にあたっていたらしく、そのお手伝いをした。能の装束をつけるその過程を見るのが、たいそう好きである。煌びやかな扇や大口、長絹、紐、鬘など、間近では余り見る機会がないものばかりだからだ。


9月3日(日)
 ドラえもんの誕生日だったので、どら焼きを買ってあげたかった。
 
 このところのヒット作。たいそう単純だが、ジャガイモとタマネギの味噌汁。味噌汁は、タマネギを入れると甘くなる。ジャガイモを入れるとちょっとまろやかになる。
どちらも予め細かく切ってから、だしをとった鍋に入れる。味噌を入れる前30分ほどコトコトと弱火で煮込む。弱火とはいえ、煮込んでいるうちは、目を離すと危ない。だから煮るときは、椅子に座って文庫本を開く。弱火なので、中身に集中しすぎても吹き零れることがないので安心だ。それに同じ本を読んでいても、子守より遥かに楽である。
煮込むことで、具財に火が通っていないじゃないかと叱られることもないし、硬い感じのするジャガイモをカリッと噛んで、その感触に悲しい気分になるとこもない。ジャガイモの生っぽい感じというのは、この世で何番目かにいやなことだ。短時間でも煮込むことで、さらさらといただくことができる。血液さらさら。
様子が気になって、途中何度か、鍋のなかを覗く。そうすると、必ずと言っていいほど、ベーコンを入れたくなる欲望にかられる。その思いに忠実に、急遽洋風スープに切り替える変わることも一案だ。実際悪くもない。だが、そこはひとつ、ごくりと唾を飲み込んで、我慢してミソスープ。イッツ・ジャパニーズ・スープ。味噌はもちろん、赤か合わせで。ほんの少しわかめも入れよう。うん、それでいこう。


9月2日(土)

すこしばかりの体力とすこしばかりの食欲で、ほかは何とかなるのかと。

 レンタル料半額で借りてきたアニメの「名探偵コナン」シリーズをざくざくと観る。本放送で前編だけ見て後編が気になっていた続きがわかったり、コナンの推理形式から何かが見えそうな気がしてきた。これはいけるぞ。きっと。


9月1日(金)

 九月。いきなり憂鬱そうな表情を見せるひとが多い。わたしもきっとそのひとりだろう。嗚呼。
九月。旅行の予定を遠い目で追う。嗚呼。
九月。隙を見て、「青春漫画」を見たい。試みるまでは少しの時間が必要だが、出発までには必ず見なければ。必ず。嗚呼。

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2006年9月20日 08:01に投稿されたエントリーのページです。

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