« 眼鏡をはずしたペ・ヨンジュンの顔は、だんだんホリケンに見えてくる | メイン | どうもワタシはこの手の話に弱い »

質に従姉。ごめんね、おいらが道楽もんなばかりに・・・

7月15日(木)
 暑い。今年初めてのかき氷を食べた。宇治ミルク金時。

7月14日(水)
 今日の日付を見ていたら、「しちにじゅうし」が頭に浮かんだ。

 7の段の九九が好きだった。

 「質に重視」となれば、たいせつな質屋さんのようにも見えてくる。

7月13日(火)
 「梅雨が明けました」と言われても、いまさらなあ、と思う。

雨があまり降らない日々が続いたあとのことだからだ。

沸くのは、「あら、そんなこと、いまさら…」といった言葉ばかり。

 でも、これでも例年に比べると、早い梅雨明けだそうです。

雨が降らないと梅雨の期間まで長く感じますねえ。

7月12日(月)
 先日、『上司は思いつきでものを言う』(橋本治、集英社新書、2004)を読んでいたら、「慈悲の心」という箇所に辿り着いた。

述べられているのは、「書き手の原則」「民主主義はややこしい」「民主主義をややこしくするもの」のところである。(p.163~168)

まったくもってその通りだと思う。

 かなり心を打たれた。

これが「愛」だと感じた。

誰かに同じことを言ってもらうと、そのときはピンとこなくても、あとから、先生のことばがわかるときが来る。

たとえそれは、もしかしたら、作者の意図とはちがうところで感銘を受けたのかもしれないのだとしても。

7月11日(日)
 投じる1票が果たしてどのように反映されるのかわからないが、選挙権もあるのだし、かつ日本のいまの経済的国際的現状に、不満も不安も抱いている日本在住者のひとりであるのだから、選挙に行った。

 ふと「不安がない」=「未来がある」という期待が大きければ、選挙の投票率も上がるのではないだろうかと思った。「不安がある」=「未来がない」ので選挙にも行かない、というのよりは動くのではなかろうか。

こんなふうに思うのは甘いだろうか。甘いかもしれない。でも、何が正しいのかわからないのなら、さまざま考えるしかないこともあるし、動いてみないとわからないこともあるのではないか。

未来の想定はなかなか難しい。けれど想定しなければ前にも進めない。投じる1票もまた未来への投資であり、担保なのだ。(というのは大袈裟かもしれないが)。

 テレビで開放速報を眺めていると、全国的に票がいつもと違う流れをしているようである。それは、いいことなのかどうなのか…。

 政治家にはまた政治家の顔が必要だなあと思った。

昨今、「これが政治家」という大見得切った顔が少なくなっているように、テレビで当選者をちらほら見ながら、翌朝の新聞を見ながら感じた。

7月10日(土)
 明日は投票日だ。選挙に行こう。

7月9日(金)
 午前中、先週の土曜日よりミネソタから神戸女学院高等部に訪日使節として来ているHenry Sibley High Schoolのみなさんへのワークショップを行う。

 ここはあのヤベッチが日本語を教えに行っている高校である。何人かは実際にヤベッチの日本語を習っている生徒さんも来ているらしい。しかし、全部が全部そうだというわけでもないらしい。

 当初の予定では訪日使節団のスケジュールには合気道の見学および稽古の計画は含まれていなかった。だが、先方は「当然、日本で合気道を見られるもの」と思ってやって来ていた。こちら側もお見せする機会があればぜひ、と思っていた。互いの利害と言えば語弊があるが、希望が一致し、急な話ではあったが、金曜日の午前中の時間にワークショップをする運びとなったのである。

 ワークショップはその日の朝、9時40分に開始とした。だが、使節団の予定が遅れたため、開始もすこし遅れる。

 さて、本来なら、内田先生にワークショップをしていただくのが話の筋なのであるが、同じ時間、先生にはぴったり授業があった。そのため不肖ワタクシがさせていただくことになったのである。(ああ、えらいこっちゃ、と思ったときは既に遅し! ワタシ ハ 辞書を ひいたとです)。

 ワークショップには現役部員をはじめ、おいちゃんやくーさんにまで出向いていただき、参加してもらった。二人は一度ミネソタに出かけているので、面識のあるひともいた。

おかげで、いきなりな話で始まったワークショップは、さほど大きな問題もなく過ごすことができた(ように思う)。ほっとした。ありがとうございました。

 中高部の英文科の教職員の方々には、急な申し出とハードスケジュールのなかを、方々にご連絡、手配してくださり、ほんとうに感謝した。ありがとうございます。


 ところで、ミネソタ一団と一緒に稽古したり、体操したりしながら時を過ごすうち、気付いたことがある。

日本語を母国語としない人へ教える場合、その人の国の言葉を使って説明する(…したとしよう)。この場合は英語である。

説明したのちの先方の反応がいまいちだ、ということがある。

反応がないので、「わかった」という実感も、「わからない」という実感も伝わりにくい、あるいは、伝わってこない。

もちろんこれには説明する側のワタシの英語能力不足にも大いに関係するだろう。

しかしこれと並行して感じるのは、反応がないのは、「このように動かすんです」と言ったあと、「そういうふうに動かしてみる」といった身体の使い方が身体の中にすぐさま用意されていない(持っていない)のだろうか、ということである。そして結局、何が原因で前に進めないのか、その反応を見て取ることが難しくなる、ということなのです。

この際ですから、自分のことは棚に上げますが、これはもう言葉の問題だけでは片付かなくなるのではないでしょうか。つまり、身体を使って何かをどうこうするときにもまた、深く意識しないまでも、それぞれが持つ文化背景や環境や政治などが大きく影響しているため、身体の反応もまた文化的な動きとなって出てくるのではないか。

身体の中にツールがない状態の中へ、別の言語で新しいツールを放り込んだって、まあ、理解するには難しいですわなあ。

身体だって、結局言葉を通して身体を理解しているのだとすれば、おそらく彼らも持つ文法は我々が持つ文法が違うことになる。よって、「わかっているのかわかっていないのすらわからないありさま」は、私が彼ら彼女たちの文法を知らないからであり、彼ら彼女たちがまた私たちの文法を知らないからである、といった状況が生まれているように感じたのです。

とはいうものの、同じ日本語を使う人に日本語で説明した場合でも、誰もが初めからすんなりとすぐにわかることばかりとは限らない。

同じ言葉を使う人の動作を見ているからといって(同じ言葉を使う人がしているからといって)同じようにすぐさま動けるわけでもないのである。ということに今気付いた。

だとすれば、一体全体どういう風にワークショップを行うのが良かったのだろうか、とも反省の意味をこめて考える。

 いつもと違った部分の頭と身体を同時にフル回転させながら、何とか時間を過ごし、さらにはいろいろと学ばせていただくことができたことは、ほんとうによかった。楽しい時間だった。

しかし暑かった。また酸欠になりそうだった。

それから、「英語は大事だ」と、アホなりにも思えたこともまたよかった。

7月8日(木)
 三谷幸喜の誕生日だった気がする。違ったかな?どうだったかな。何となくここいらの気がするが。

他人の気がしない時期があったので覚えている。あ、雰囲気がですけどね。

7月7日(水)
 そうだよ、夕方過ぎまでは結構スムーズに過ごせたんだよね。
 
授業も無事に済んだし、勉強会も無事にちゃんとできた。

今日のうちに調べるべき事柄もなんとか押さえ、空き時間を利用して、さまざま移動と所用をして過ごせたはずなんだけどな。

電車には予定通りの時間に乗れたんだしさ。

ホームに着いたらまるで電車が迎えに来てくれたみたいに、ちゃんとやってくるんだもの。乗り換えても、乗り換えても。これくらい移動に無駄のない時間ってうれしいね~、と妙に微笑む瞬間。

道を歩いていても、いつも待ってばかりいる交差点なのに、きょうは赤信号で止められることもなかった。横断歩道に前に来ると、2秒後くらいに青になる。かなりよいペース。

しかし、これが、どこから、どこから、いったいこの順調なペースが狂ったんだろう。

ご飯を食べているときも自身の動きに関して言えば、まったくもって問題なかったのに。

気がつくと、ただただとんでもないことしたようだっていうことだけが、身体の中で認識された。

別に誰かを傷つけたわけでも、誰も傷ついても、何でもないんですが。

しかしまあ、これも考えようによっては何かの災難を逃してくれたんかなあ。これによって災いが回避されるのか、あるいは既に回避されているのかであることを願います、お星様。

いいことがあるのか。いいことがあったのか。

とにかく期待も失望もしないが、「大人になりたい」と願う七夕の夜なのです。

About

2004年7月16日 19:10に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「眼鏡をはずしたペ・ヨンジュンの顔は、だんだんホリケンに見えてくる」です。

次の投稿は「どうもワタシはこの手の話に弱い」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。