(その2)移動の手段とホテル
ザルツブルク音楽祭のチケット確定通知から2ヶ月後の4月、音楽祭のチケットセンターから国際郵便でチケットが郵送されてきた。
チケットを申し込む際には、チケットを郵送してもらうか、現地で受け取るかを選ぶことができるようになっている。現地で受け取ってもよかったのであるが、もしも当日何かトラブルがあったりする(ないと思うけど)と嫌なので、送料はかかる(12ユーロ、約1,500円)のだが、郵送してもらうことにしたのである。
チケットには、「私たちはあなた方の訪問を楽しみにしています」というメッセージが添えられていた!
まずは航空券だ。
航空券は、地元浜松で個人営業をしているジェットウェイ・トラベルのナカガワさんにお願いすることにした。できるだけ安価に海外旅行ができるプランをあれこれアドバイスしてくれるので、過去二度のイタリア行きでも航空券や現地でのガイドさんの紹介などをお願いした経緯がある。
ナカガワさんが勧めるヨーロッパへの航空会社はフィンエアー。お勧めの理由は、最短時間(10時間)でヨーロッパ(ヘルシンキ)まで行けるからだそうだ。ヘルシンキ空港は、ヨーロッパでも有数のハブ空港である。ヘルシンキからは、ヨーロッパのほとんどの都市へ2時間ほどで行ける。
初めは、ウィーン空港からザルツブルクまで行こうと思っていたのであるが、地図を見るとウィーンよりは、お隣のドイツ・ミュンヘンからの方がザルツブルクに近いということがわかった。さっそく、ナカガワさんに連絡をして、行きはミュンヘンまでと、帰りはウィーンからの航空券をお願いすることにした。
ミュンヘン空港に到着してから、宿泊先のホテルがあるミュンヘン中央駅までは、安価だし所用時間も電車とほとんど変わらないとのことだったので、「ルフトハンザ・エアポートバス」というシャトルバスを利用することにした。チケットもオンラインで買うことができる(片道1人10.5ユーロ、約1,350円)。
チケットの有効期限がよくわからなかったので、日本のルフトハンザのお問い合わせ窓口に電話してみた。「すみません、ルフトハンザのエアポートバスのチケットについてお聞きしたいんですけど」
「フランクフルト空港からストラスブール駅までですね?日本語対応のホームページがありますよ」
「いえ、違います、ミュンヘン空港からミュンヘン中央駅までのエアポートバスのことですけど」
「ああ、それはウチではないです」
「え?でも、ルフトハンザのバスですよ?」
「すみません、ここではわかりません」(以下略)
やんぬるかな。
諦めて、もう一度ルフトハンザ・エアポートバスのホームページをドイツ語版から英語版にして、隅から隅まで見てみることにした。すると、FAQのところにチケットの有効期限についてもちゃんと書かれていた。それはいいのだが、どうもルフトハンザのお問い合わせ窓口の対応には、いささか憮然としたものを感じた(後日メールで同様のことを問い合わせたところ、「ご搭乗に関しましてのお問い合わせにつきましては、最寄の予約センターまでご連絡くださいますようお願い申し上げます」という、まことにトンチンカンな返信があったことを申し添えておく)。
問題は、マーラーの作曲小屋のあるザルツカンマーグートのシュタインバッハ・アム・アッターゼへの移動の手段であった。
シュタインバッハ・アム・アッターゼへは、ミュンヘンからザルツブルクへと移動した日の午後に行く予定であった。グーグルマップで経路を調べてみると、電車とバスを利用する場合は約2時間、車なら1時間弱で行けることがわかった。車なら電車&バスの約半分の時間で行けるのだ。
移動は午後からなので、移動時間の短縮を考えるのなら車の方が無駄がない。車で行くのなら、タクシーをチャーターするか、国際免許を取得してレンタカーを借りる必要がある。
国際免許は、国内の運転免許証があれば、パスポートと渡航を証明するもの(旅行計画書)等を提出して、案外簡単に手に入れることができる。しかし、通行区分の違う国で知らない道を走るというのは、事故などのリスクが大きいのではないかと心配されるし、レンタカーを借りたり返却したりする手続きの煩わしさもある。
タクシーをチャーターする場合でも、シュタインバッハ・アム・アッターゼまで、いったいどれほどの料金がかかるのかがわからなかった。
どうしようかと迷った。Facebookにその旨を呟くと、旧知である奈良のオーヤマ先生からは「ヘリコプターはないんですか?」というコメントが入った。困った人である。
でも、そのオーヤマ先生からのコメントから、ネットで質問してみれば返信してくれる人がいるかもしれないと思いついた。そこで、「地球の歩き方」サイトのFAQコーナーで、ザルツブルクからシュタインバッハ・アム・アッターゼまでの移動手段について質問してみることにした。
驚いたことに、投稿するとすぐにお二人の方から返信があった。タクシーでの移動は片道15,000円〜20,000円ほどかかること、オーストリア連邦鉄道のHPからなら詳しい行き方や移動時間まで調べられてチケットの予約もできること、だから電車とバスを利用して移動するのがよいこと、などをご教示していただいた(残念ながら、ヘリコプターでの移動については提案がなかった)。
これで、シュタインバッハ・アム・アッターゼへは、ご教示のとおり電車&バスで行くことが決定された。
さっそく、オーストリア連邦鉄道のHPにアクセスして、乗車可能の列車や料金などを検索してみた。その過程で、マーラーの作曲小屋のある場所は、シュタインバッハ・アム・アッターゼの中でもゼーフェルトのフェッティンガーというところにあって、近くのホテルがその小屋を管理しているということもわかった。ザルツブルクを出発するおおよその時間、そして出発地のザルツブルクと到着地ゼーフェルトを入力すると、利用できる電車・バス、指定席の予約可否までが全て検索できた。
行きは、レイルジェットという特急で、ザルツブルクから東のウィーンに向かって40分ほどのフェックラブルックという駅(アッターゼ湖の北東約15キロ)で乗り換え、そこからはちょうどよい乗り換えの電車がないので、バスでアッターゼ湖北端のカンマー・シェルフリンク駅まで。さらに今度は湖畔を南に向かって走るバスに乗り換えてゼーフェルトに到着する。所要時間は1時間40分ほどだ。
帰りはバスでカンマー・シェルフリンク駅まで戻り、そこからはローカル電車でフェックラブルックまで25分ほど。フェックラブルックからは、行きと同じくレイルジェットでザルツブルクまで40分。行きと同様に1時間40分ほどでザルツブルクまで戻ってこられる。
レイルジェットという特急列車は、ビジネスクラス・1等車・2等車で構成されていたが、2等車でも座席指定(座席指定券は一人3ユーロ、約390円)ができて十分快適らしいということがわかったので、行きも帰りも2等車の座席を指定した。往復の交通費は、指定席券も含めて二人で約84ユーロ(約10,800円)。タクシーよりもかなり安価であった(たぶんヘリコプターよりも)。
ついでに、ミュンヘン〜ザルツブルクと、コンサートが終わった翌朝にはウィーンへと移動するので、ザルツブルク〜ウィーン間の列車も予約した。ミュンヘン〜ザルツブルク間は二人で82ユーロ(約10,600円)、ザルツブルク〜ウィーン間は約54ユーロ(約7,000円)であった(共に、2等の座席指定)。
これで、旅行期間中の主な移動手段は確保することができた。
それにしても、マーラーの作曲小屋があるというだけで、たとえ日程がハードになっても、どうしてそれほどまでにシュタインバッハ・アム・アッターゼへ行きたいのか理解に苦しむ方もあろう。
それは、マーラーのファンにとっては、シュタインバッハ・アム・アッターゼが「聖地」の一つだからだ。つまり、今回の旅はマーラーの「聖地巡礼」の旅なのだ。巡礼の旅には、多少の苦労は付き物なのである。静岡県沼津市は、昨今とあるアニメの舞台となった「聖地」として、週末には多くのファンが訪れるようになっている。実際に、アニメに出てくる場所を訪れることで、アニメに描かれた世界を実感できるからであろう。
シュタインバッハ・アム・アッターゼもそれと同様である。そこを訪れ、周囲の自然の美しさを愛でたブルーノ・ワルターに、マーラーは「そのすべてを(第3交響曲に)作曲してしまったから」と語った。実際にその地へ行き、自分でシュタインバッハ・アム・アッターゼの風景を目にしたとき、第3交響曲のどんなパッセージが響いてくるのか、ただひたすらそれに耳を澄ませ、聴き取ってみたいのである。
旅支度で最も大切なことは想像力だ。
移動、宿泊、観光など、あらゆる場面で、実際に自分たちがそれを経験している場面をどれだけ想像できるかということである。
いろんな場面で、その場にいる自分たちをうまく想像することができなければ、その選択はしてはならない。レンタカーをチョイスしなかったのは、実際にレンタカーを借りて自分たちが現地を走るところをうまく想像できなかったからだ。うまく想像できないことをあえて選択すると、きっとその選択はよからぬ結果をもたらすような気がするのである。
ホテルは、全てジェットウェイ・トラベルにお願いした。荷物のこともあるので、できるだけ駅近くで、バスタブのあるホテルを探してもらうことにした。前回のイタリア旅行では、宿泊した全てのホテルがバスタブのないホテルばかりで、終日歩き回って疲れた体を癒すには、やはりゆっくりとお湯に浸かるのがいちばんだと実感させられたからである。
ジェットウェイ・トラベルのナカガワさんからは、ご自身がウィーンに滞在したこともあるとのことで、「ウィーンだけは国立歌劇場近くのちょっといいホテルになさってはいかがですか?」と提案されたので、駅からは少し離れてはいるが、そのホテルでお願いすることにした。
これでホテルも全て決まった。
あとは、それぞれの場所で食事をするところと、ウィーンの市内観光をどうするかを考えるくらいである。旅の計画で、いちばん楽しいところだ。ミュンヘンのビールとブルスト、ウィーンのザッハトルテが目に浮かんできた。