スーさん、ブーニンを聴いて「ちょっと」と思う。

7月8日(月)

ちょうど1週間前の今日、家内から「明日19時開演、プラハ放送交響楽団、ブーニンのピアノ、オンドレイ・レナルトの指揮、新世界よりなど。招待チケットあるって。行く?」とメールが入った。
曲目と演奏者から、どうしても聴きに行きたいという感じではなかったし、部活動の大会も迫っていたので、どうしようかと一瞬考えたが、最近はオケのコンサートも聴いていないし、ブーニンもピアノってどんなだろうという興味も少しあったので、「んじゃ、行く」と返事して、当日を迎えた。

会場は、浜松駅すぐ近くのアクト大ホール。座席は、1階席左寄りの前から18列目。指揮者もピアニストもよく見えるよい席であった。
会場を見渡してみると、自分たちの席の後ろは6列ほど空席。たぶん、席が高価だったからだろうと推測される。2,3階席はわからなかったが、1階席で見るかぎりではほぼ7割程度の入りかと思われた。

曲目は、最初が「モルダウ」。プラハ放送交響楽団とあらば、何をさておいても演奏されるべき曲なのであろう。
全体的に落ち着いた演奏で、クライマックスもそれなりの感動を味わうことができた。まあ、こんなものかという印象であった。

2曲めは、ブーニンが登場して、シューマンのピアノ協奏曲。会場内のポスターにはショパンのピアノ協奏曲第2番とあったが、入場時に「演奏者の都合により、シューマンのピアノ協奏曲に変更されました」とのプリントを渡された。
初めて見るブーニンは、ひどく長身のピアニストという印象であったが、舞台の袖から歩いてくる様子が、どこかしら変な感じがした。足か腰を痛めているような歩き方だったのである。

シューマンのピアノ協奏曲と言えば、知る人ぞ知る、かのウルトラセブンの最終回、モロボシ・ダンが自らをウルトラセブンだと告白する場面で流される音楽として、つとに有名である。そんな音楽であるから、曲の始まりは劇的である。
しかし。
どうもブーニンの演奏は、おとなしいのである。きれいに弾いているのだが、伝わってくるものがない。そんな演奏に指揮者も気を遣ったのか、終始オケの音量は抑え目でできるだけ目立たないようにしようとしているかのようであった。
これでは「協奏曲」にならない。協奏曲とは、ときに独奏楽器とオーケストラとが丁々発止のやり取りをするところがその醍醐味の一つである。そうではなくて、オケがただひたすら独奏楽器の裏方に回っているようでは、協奏曲たる面白味に欠けてしまうと言わざるを得ない。

演奏は、第2楽章に入ってもただ静かなだけで終始した。第3楽章では多少の盛り上がりは見せたものの、これがわずか19歳でショパン国際ピアノコンクールで優勝したピアニストの演奏だろうかと思ってしまった。
演奏直後、2階か3階席からかかった「ブラボー」の声が空々しく聞こえた。
拍手に応えつつ、舞台袖へと戻るブーニンは、舞台に出てきたときと同様に、長身の腰をかがめてひどく猫背で戻っていった。演奏中も、手の汗を気にするのか何度もハンカチを取り出しては神経質そうに手を拭っていたから、体調がすぐれなかったのかもしれない。

休憩が挟まって、最後はドボルザークの交響曲「新世界より」。
第2楽章の聴かせどころであるコールアングレのソロはよかったが、この曲もさしたる印象を残さないままに終わってしまった。

オーケストラの演奏レベルは決して低くはない。なのに、このような印象しか残せないのは、多分に指揮者の所為であったろうか。
まさかアンコールなどあるまいと思っていたのだが、二度目のカーテンコールで、いきなりアンコールが始まった。ドボルザークのスラブ舞曲から第15番。これがこの夜の演奏ではいちばんよかった。

いろいろと考えさせられることが多い演奏会だった。
そんなことのあれこれを、演奏会が終わって遅い夕食を家内と取りながらあれこれと話をしたのだが、そのほとんどはプログラムについてであった。

「モルダウ」とショパン(シューマンに変更されたが)と「新世界から」とは、クラシック音楽の愛好者には、あまりにポピュラー過ぎる選曲である。
「モルダウ」や「新世界より」ならば、CDで聴ける名演奏はそれこそ数限りなくある。レコードの時代と違って、今では安価な、それこそ100円ショップでもポピュラーなクラシック音楽のCDを手に入れることができるようになった。
チケット代を支払って、わざわざコンサート会場まで足を運ぼうとするのは、そんな名曲を聴きたいからと言うよりは、あまり実演を聴く機会に恵まれない曲を聴きたいということもあるのではなかろうか。
例えば、今回のようなチェコのオーケストラの演奏であれば、スメタナの「わが祖国」全曲とか、スラブ舞曲を演奏してくれるならその全16曲など(実際に、福岡での演奏会では「わが祖国」全曲のプログラムが組まれていたとのことだ)のプログラムとか。

オケ団員の滞在費や、会場費、宣伝費を含めると、相当な費用がかかることは想像されるから、主催者としては、何とか集客を図っていろいろなことを勘案されることであろう。
そういう意味では、広く集客するためのポピュラー曲中心のプログラムということもあるだろう。
でも、そこを何とか考えてほしいのである。
例えば、スメタナの「わが祖国」全曲を聴くことによって、「モルダウより次のシャールカの方がかっこいい」と感じて、モルダウ以外の曲が好きになるかもしれないし、「ターボルとかブラニークって何?」と疑問に思って調べてみることで、フス教徒の事跡を知ることだってある。
そうやって、クラシック音楽を介した文化の裾野は確実に広がる。

クラシック音楽愛好者の裾野が広がれば、そのうちにオーディエンスの「聴き方」のレベルも上がってくるであろう。
残念ながら、この日の演奏会では、演奏の最中にもかかわらず、ずっと話をしていたカップルもいた。そんなことも、演奏を聴く際のマナーとして少しずつ改善されていくことであろう。

どうすればクラシック音楽愛好者の裾野を広げるか。
浜松市は「音楽の街づくり」を標榜している。ならば、「一人一音楽家愛好運動」などはどうであろう。
まず、市民一人一人が、自分の好きな作曲家を登録する。そうして、年に何度かその愛好者たちが集まって、プログラムの検討もして、その作曲家の演奏会(「ベートーヴェンの夕べ」とか、「モーツァルトの夕べ」など)を開催するのである。
もちろん、聴衆はその作曲家に愛好者登録している人たち。あまり登録が少ない作曲家は、数人の作曲家の合同演奏会とかにすればいい。

演奏は、オーケストラならば地元のアマオケやプロの楽団、小編成ならば、地元の高校音楽科の生徒や、浜松出身の音大生やプロの演奏家にお願いする。
そうやって、毎月のようにいろんな作曲家の演奏会が開催されていれば、自分の登録していない作曲家の演奏会も、じゃあ行ってみようかなと思う人が出てくるかもしれない。
そうして、とにかくクラシック音楽を聴く機会を増やしていくのである。

演奏会の機会が増え、聴衆の耳も肥えてくれば、そんな噂を聞きつけた著名なオーケストラや演奏者たちが浜松を訪れてくれるようになるかもしれない。
「いつかは浜松でベルリン・フィルを聴こう」を合言葉に、「音楽の街づくり」をするのも一考と思うが、どうであろうか。