スーさんの選ぶ花見の音楽

3月30日(土)

桜が満開である。
そんな満開の桜を愛でに外へ繰り出したいところだが、そろそろ終わりを迎えようとしている花粉症もまだまだ気になるところだ。
となると、満開の桜を想像しながら、あるいはニュース番組で各地の桜の様子を見ながら、部屋の中で桜を嘆賞するしかない。

そんな桜を想像しながら聴く音楽は、アーロン・コープランドの「アパラチアの春」だ。
コープランド(1900年11月14日〜1990年12月2日)は、20世紀のアメリカを代表する作曲家の一人である。
“アメリカの古謡を取り入れた、親しみやすく明快な曲調で「アメリカ音楽」を作り上げた作曲家として知られる。指揮や著述、音楽評論にも実績を残した。”(@Wikipedia)とある。
代表作は、「エル・サロン・メヒコ」(1936年)、「ビリー・ザ・キッド」(1938年)、「ロデオ」(1942年)、「アパラチアの春」(1944年)などのバレエ音楽。他に、交響曲(5曲)、協奏曲、室内楽、ピアノ曲、声楽曲、さらには歌劇、映画音楽、吹奏楽曲など数多くの曲を残している。

さて、「アパラチアの春」である。
この曲は、もともと3人編成の室内楽オーケストラのための作品として、振付師でダンサーのマーサ・グレアムの依頼と、エリザベス・クーリッジ夫人の委嘱により作曲された。その後、作曲者自身の手によってオーケストラ用組曲として編曲(1945年)され、広く一般に親しまれるようになった。
バレエ音楽は、1800年代のペンシルベニア州で、アメリカ開拓民達が新しいファームハウスを建てた後の春の祝典の様子を描いている。中心となる人物は、新婚の夫婦、隣人、復興運動の説教者とその信徒たちである。

表題は、初演の直前にマーサ・グレアムが、ハート・クレインの詩の一節である(バレエの物語と直接関係はないが)、『アパラチアの春』という題を提案したことによって付された。
“タイトルはハート・クレインの偉大だが不完全な詩の連作『橋』、とくに「ダンス」のセクションから取られている。
ーおお、アパラチアの春!私は岩棚にたどり着いた
東へと曲がっていく険しく近寄りがたい微笑み
北に向かってはアディロンダック山地の
紫色のくさび形にまで達している…”(アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』みすず書房)

コープランド自身は、人々が、まるで彼がアパラチア山脈の美しさを捉えて作曲をしたかのように語りかけてくると、しばしば笑ったという。
そう、この曲はアパラチア山脈の春の美しさを讃えた曲ではないのである。
オーケストラ組曲は、8つの部分から成っていて、それぞれに速度の指示と、いくつかの部分では簡単なコメントが付けられている。
1、非常にゆっくり。
2、アレグロ。
3、モデラート:花嫁とその婚約者。
4、かなり速く:復興運動主義者とその信徒たち。
5、アレグロ:一人で踊る花嫁。
6、メノ・モッソ。
7、穏やかに、流れるように:シェーカー派の主題の変奏曲。
8、モデラート:コーダ。
かように、この曲は、開拓民たちの居住地での新婚夫婦を囲んでの穏やかな日曜日を描いた音楽なのである。

それにしても、表題の力というものは大きい。
表題の経緯を詳しく知らずにこの曲を聴けば、誰しもが「アパラチア山脈の春の美しい風景と、麓に暮らす人々の素朴な生活」を思い描くのではないだろうか。

作曲者がバレエ音楽とは直接関係のない表題を付けたのなら、それを聴く者が自分で自由に連想を膨らませるのも許されるであろう。
そこで、「桜」をテーマに、以下のような連想をしてみる。
1、まだ寒さの残る春三月。春分の日を過ぎてだんだんと気温も上がり、桜の蕾が少しずつ膨らみ始める。
2、各地から桜の便り。暖かくなった春を実感する。桜の開花と同時に、新年度への新たな希望も湧いてくる。
3、花に無情の雨。夜桜を見ながら、咲き始めた花が散りはしないかと心配をする。
4、お花見に。桜の木の下では、お酒も入ってつい踊り出す人も。
5、花を散らす春疾風。春塵を巻き上げる南風。時折り雨も交じる。
6、風雨の収まったあとの静けさ。花が散らずに残った桜の凛としたたたずまい。夕桜の美しさ。
7、しきりに散る花びら。まるで雪のような花吹雪。そんなに急いで散らなくても、という人の気も知らないかのように。水たまりを赤く染める桜蘂。桜はいつしか葉桜に。
8、また来年の春の桜の美しさを想う。

演奏は、こういう曲を振らせたら右に出るものはないと思われるレナード・バーンスタインが、手勢のニューヨーク・フィルを振った旧盤。ロサンジェルス・フィルを振った新盤は未聴だが、きっとすばらしい演奏に違いない。
実際のバレエ音楽では、第7曲にかなり長い移行部があるそうだが、それはスラトキン&セントルイス響の盤で聴ける。こちらも、情感溢れる名演である。

さて、桜もこの週末が見頃である。
花粉症などと言っておらず、外に出て今年の桜を愛でてくることにしようか。