スーさん、シベリウスをおもふ

9月20日(木)

今日はシベリウスの命日。ご存知、北欧フィンランドを代表する国民的作曲家である。
聴きたい曲はたくさんある。

個人的にいちばん好きな曲は交響曲第5番。
でも、シベリウスの生誕50年を祝って作曲が依頼されたこの曲は、さすがに命日に聴くにはちょっと堂々としすぎて、命日にはあまり相応しくない感じだ。

ということで、まずは交響曲第6番の第1楽章から聴くことにしよう。
弦楽器だけで始まるこの序奏のすばらしさといったら!さらに、木管楽器が加わって奏でる優しさに満ち溢れた旋律。この冒頭部分だけでもシベリウスを偲ぶには十分なのである。

次は交響曲第3番の第2楽章。
弦のピチカートの伴奏で2本のフルートがメランコリックな旋律を奏する。その旋律は、クラリネットに、さらには弦楽器へと受け継がれて発展する。時おり明るさも見せるが、終始物悲しさに支配された楽章である。

男声合唱曲が弦楽合奏に編曲された、「恋する人」と訳すらしい「ラ・カスタヴァ」も聴きたい。
第1曲もいいが、「愛する人が通る道」と題された第2曲がいい。自分の愛する人が通るところを、静かに心ときめかせながら見ているというような印象の曲。いかにも美しい。

交響詩「夜の騎行と日の出」は、特に後半の「日の出」の部分を。
ホルンが奏する夜明けの主題がいかにも感動的である。弦楽器に受け継がれたその主題は、まるで夜明けの光が明るさを増していくかのようである。続いてオーボエが曙光を告げ、金管楽器が加わって昇る太陽が荘厳に描かれる。

締めくくりは、交響曲第7番。
シベリウスは91歳と長命であったが、実際に作曲に専念したのは、26歳から60歳までの34年間であった。
7番の交響曲は、シベリウスが作曲した最後の交響曲である(ただし、交響曲第8番が存在したことは、シベリウスの手紙に「交響曲第8番は括弧つきでの話だが何度も“完成”した。燃やしたことも1度ある」と記されている@Wikipediaとのことだ)。

この第7番は、「交響曲」と銘打たれてはいるが、単一の楽章で構成されている。
ティンパニと弦楽器群が、低音から静かに上昇する音を奏でて曲が始まる。
木管楽器と弦楽器が対話をするような展開から、主題らしきものが紡ぎ出されてくる。
やがてそれは弦楽器によって、確かな主題を誘導するかのような形を成してくる。
その盛り上がりの頂点に、トロンボーンのソロでいかにもヒロイックな主題が入ってくる。
途中、スケルツォ的な展開も見せつつ、再びトロンボーンの主題が入ってくる。
荘重な盛り上がりのあとは、明るく軽妙な主題が主調となる。
フィナーレは、トロンボーンの主題が三度回帰してくる。そうして、セシル・グレイが「オリンピア風の静謐さ」と評した終結を迎える。

こうして聴いてくると、シベリウスはいかにもロマンティシズムに満ち溢れた、抒情的な作曲家であるということがわかる。それはたぶん、フィンランドの美しい自然と一体のものなのであろう。

さて、演奏は交響曲第6番、第7番、「ラ・カスタヴァ」が、サー・コリン・デイヴィス指揮、ロンドン交響楽団によるもの。
サー・コリンのシベリウスは、70年代にボストン・シンフォニーを指揮してフィリップスに入れたレコードがすばらしい出来栄えだった。以来、サー・コリンの大ファンになった。
ロンドン響との演奏は、それから20年後の90年代に録音された。「ラ・カスタヴァ」は、その間のサー・コリンの円熟ぶりが感じられる、たいへんによい演奏である。
交響曲第3番は、サー・ジョン・バルビローリがハレ管弦楽団を指揮したもの。こういうメランコリックな曲を振らせると、バルビローリはほんとうにうまい。得も言われぬ寂しさを表現してくれるのだ。
「夜の騎行と日の出」は、サー・サイモン・ラトルとバーミンガム市響による演奏。実際に、まだ夜が明けぬうちから、太陽が顔を出すまでを自分が見ているかのような感じになる。すばらしい演奏である。

と、こう書いてきて、演奏がすべてイギリスの指揮者だったことに気がついた。
シベリウスの音楽は、本国を除くと、特にイギリスでその評価が高いのだそうだ。シベリウスの抒情的な美しい旋律や和音が、自然の美しさを好むイギリスの指揮者たちに好まれたのであろうか。

シベリウスが亡くなったのは、何と自分が生まれた年だった。
ということは、少なくとも半年間は存命中のシベリウスと同じ世界に住んでいたということだ。
もちろん、そんなことは生後6ヶ月の赤子が知るよしとてなかったのであるが。