スーさん、ワーグナーを語る

8月30日(火)

昨年は、NHKのBSで「ローエングリン」がライブ中継されたバイロイト音楽祭。
今年は、日曜日(26日)の深夜、NHKのBSプレミアムの「プレミアムシアター」で、「パルジファル」が放送された。
「パルジファル」!
何を隠そう、ワーグナーの数あるオペラ・楽劇の中でわたしが最も好きな作品は、この「パルジファル」なのである。

吉田秀和氏が、「オペラは音楽を聞くべきだ」というようなことをおっしゃっていたと記憶しているが、「パルジファル」は、とにかく音楽がいい!曲中に散りばめられた「聖杯の動機」や「信仰の動機」のメロディーが出てくるたびに、つい厳かな気持ちになってしまう。まるで、映画「ベン・ハー」の中でイエス・キリストが出てくるたびに、「キリストの動機」ともいうべきメロディーが流れるのと同じような感じがするのである。

「ローエングリン」以降に作曲されたオペラは「楽劇」(Musikdrama)と呼ばれるが、中でもこの「パルジファル」は「舞台神聖祭典劇」という厳めしい銘名がなされている。特別なオペラなのである。
何が「特別」なのか?
1)ワーグナーが作曲した最後のオペラだということ。
2)キリストが十字架に架けられたとき、脇腹を突いた槍とその血を受けた杯…聖槍と聖杯を題材として扱っていること。
3)ワーグナーが、バイロイト祝祭歌劇場での上演を前提にして書いた唯一の作品であること。
などが、その理由として考えられよう。
実際、上演の際には、ワーグナー自身が全幕の拍手を禁止したと言われている。「神聖」という名のとおりに、その宗教性を多分に強調したかったのであろう。

あらすじは以下のとおりである。
中世モンサルヴァート山の城で、キリストの最後の晩餐に使われた聖杯と、十字架上のキリストの脇腹を突いた聖槍(ロンギヌスの槍←エヴァ・フリークの方、ご存知でしょ?)とを守っているアンフォルタス王。
しかし、同じ山の反対側に住む魔術師クリングゾルの計略で仕向けられた美女クンドリの誘惑に負けた王は、クリングゾルに聖槍を奪われただけでなく、その槍で傷を負わされてしまう。
なかなか治癒しない王の傷。神託によれば、王の傷を癒すのは「同情により知を得る清らかな愚者」であるとのことであった。
聖杯守護の老騎士グルネマンツは、白鳥を射た罪で捕まった一人の若者パルジファルが、この愚者かもしれないと考え、王の傷を癒すために城に連れていく。しかし、パルジファルは王の前に出ても立ち尽くすばかりで何の役にも立たない。グルネマンツは、パルジファルを城から追い出してしまう。(第1幕)

今度は、クルングゾルの城を訪れたパルジファル。アンフォルタス王を誘惑したクンドリがパルジファルも誘惑しようとするが、パルジファルは心を動かされることがない。それどころか、この誘惑こそがアンフォルタスを傷つけた元凶であることを悟る。
クリングゾルは、パルジファルに聖槍を投げつけるが、その聖槍はパルジファルの頭上で止まり、パルジファルを傷つけることはない。逆に、パルジファルがその槍を取って振ると、クルングゾルの城は跡形もなく消え去ってしまうのであった。(第2幕)

キリストの受難日である聖金曜日、アンフォルタス王の城に聖槍を持ち帰ったパルジファルが現れる。その槍でアンフォルタス王の傷口に触れると、傷はたちまち癒える。グルネマンツは「これこそ聖金曜日の奇跡!」と叫び、人々はパルジファルにひれ伏す。聖杯を取り出して高く掲げ、式典を執り行うパルジファル。頭上に一羽の白鳩が舞う。(第3幕)

聴きどころは満載であるが、何と言っても白眉は第3幕であろう。
1)まずは、有名な「聖金曜日の音楽」の前の、グルネマンツが「あなたは救われた人の苦しみを自ら苦しまれたがゆえに、最後の重荷を彼の頭より取って下さい」(歌詞対訳は渡辺護による)と歌う場面。
2)続いてパルジファルが「私の最初の勤めをこのようにやります」と言いながら、「この洗礼を受け、救世主を信ぜよ!」とクンドリに洗礼を施す場面。
つい、背筋を伸ばして聴いてしまうところである。
3)そうして「聖金曜日の音楽」。
4)グルネマンツの「まひるです」という言葉に続いて、聖杯を守る騎士たちの行列が、厨子に納められた聖杯とともに入ってくる行進の音楽。
鐘の音がおどろおどろしい。
5)絶望して死を望むアンフォルタス王に、パルジファルが聖槍でその傷を癒し、「聖杯はもはやかくされている時ではない。覆いを取って、厨子を開け!」というパルジファルの言葉に続いて、「至高の救済をもたらす奇跡よ!」、「救いをもたらす者に救いを!」と入ってくる合唱。
心が静かに浄化されていくようである。
6)最後は、パルジファルが騎士たちの上に灼熱した聖杯を高く掲げる場面。
思わず涙が零れます。

演奏は、名盤中の名盤と言われる、ハンス・クナッパーツブッシュが指揮した1962年のバイロイト音楽祭での実況録音盤。
自分はこのレコードを、結婚祝いとして大学のクラブの先輩であるナカムラさんからいただいた。家宝の一つである。
CDは、クーベリックがバイエルン放送交響楽団を指揮した1980年の録音。これも感動的な演奏だ。
番外として、カラヤンがベルリン・フィルを指揮した録音。カセットテープに入れてもらって持っていたのだが、今ではどこかへ散逸してしまった。とてもいい演奏だったと記憶している。

さて、これから秋の夜長。
録画しておいた今年の「パルジファル」を、じっくり鑑賞しようと思う。