7月31日(火)
学校が夏休みに入って1週間。暑い日が続く。
青い空、湧き上がる入道雲、遠くの山の緑。
自分にとって、この時期に最もぴったりの音楽は、特にその第1楽章に「牧神(パン)が目覚め、夏が行進してくる」と副題の付けられたこともある、マーラーの交響曲第3番である(前回もマーラーでしたね)。
この交響曲が作曲されたのは、マーラー36歳のとき。この当時、マーラーは指揮者をしていたハンブルク市立劇場の6~8月にかけての休暇を、ザルツブルクの東方50kmにあるシュタインバッハ・アム・アッターゼに建てられた作曲小屋にて過ごすようになっていた。3番は、そのアッターゼ湖畔の豊かな自然を存分に取り込んだと言われている(この作曲小屋は、現在でもマーラーが実際に作曲に使用したピアノとともに、ちゃんと残されているとのことである)。
Wikipediaには、以下のような記述がある。
“指揮者のブルーノ・ワルターは、1894年から1896年までハンブルク歌劇場でマーラーの助手をつとめていたが、1896年の夏マーラーに招かれてシュタインバッハを訪れた。ワルターの回想によれば、このとき、汽船で到着したワルターが険しく聳えるレンゲベルクの岩山に眼をとめて感嘆していると、迎えにきたマーラーが「もう眺めるに及ばないよ。あれらは全部曲にしてしまったから。」と冗談っぽく語ったという。”
最初、この交響曲は二部に分けられ、各楽章には表題が付けられていた。
第一部
第1楽章: 「牧神(パン)が目覚め、夏が行進してくる(バッカスの行進)」
第二部
第2楽章:「野原の花々が私に語ること」
第3楽章:「森の動物たちが私に語ること」
第4楽章:「夜が私に語ること」
第5楽章:「天使たちが私に語ること」
第6楽章:「愛が私に語ること」
のちにこれらの表題は破棄されたが、それぞれの楽章の特徴をとらえるには格好のヒントとなろう。
第1楽章は、まるで牧神の目覚めを告げるかのような8本のホルンの斉奏で始まる。静かな大太鼓の連打が葬送行進曲のような雰囲気を醸し出す。モノローグのようなトロンボーンのソロ。弱音器を付けたトランペットの切り裂くような雄叫び。まるで、黒雲立ち込める空に時おり稲妻が走って嵐がやってくるような印象である。
しかし、「夏(バッカス)の行進」の部分に入ると、ようやく雨も上がって鳥の囀りがあちこちから聞こえ、音楽はゴキゲンにドライブし始める。夏の青い空と白い雲!
行進曲の盛り上がりの頂点では、何か悲しいことを思い出したかのように短調が戻ってくる。トロンボーンのモノローグ。一時的に音楽はその歩みを止める。
一旦止まった行進だが、また少しずつ動き始める。今度は軍楽隊も加わって、いかにも賑やかな行進となる。
再現部は、小太鼓のロールに乗って、再び冒頭のホルンの斉奏。トロンボーンのモノローグ。三度、夏の行進が始まる。今度は何か割り切ったような清々しさがある。そうして迎える堂々たるクライマックス!
演奏に30分を超える長大なこの楽章は、交響音楽が持つ様々な音色を存分に楽しむことができるのである。
何とも優雅で、その終わり方も印象的な第2楽章を経て第3楽章。
何を隠そう、自分はこの第3楽章がマーラーの全交響曲の楽章中、特に好きな楽章の一つなのである。
弦のピチカートに乗って、クラリネットが続いてピッコロが鳥の鳴き声のようなパッセージを奏する。何とも愛らしい始まりである。
でも、この楽章の白眉は、何と言っても中間部のポストホルンのソロ!
ポストホルンとは、文字通り郵便馬車がその配達を告げるために吹いた小型の無弁ホルンのことである。舞台裏で演奏されるこのポストホルンのソロは、舞台上のホルンと絶妙の掛け合いをしつつ、思わず耳を澄ませて聴き入ってしまう美しいメロディーを聴かせてくれる。
夏の早朝の爽やかな雰囲気を感じさせてくれる楽章である。
続く第4楽章。ニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』から採られたテキストによるアルト独唱。低音の弦楽器の神秘的な伴奏で「おお、人間よ!注意せよ!」と始まる。
夏の夜、一人静かに星からの声を聴くかのようである。
曲はそのままアタッカで第5楽章へ。
十戒の破戒を懺悔するアルト独唱に、児童合唱と女声合唱が「泣いてはならぬ」と諭すことで、終楽章の神の愛への道が整えられる。
そうして、弦楽器で静かに始まる終楽章のアダージョ!
さまざまな感情や思いや祈りをその中に取り込みつつ、最後は偉大な神の愛を高らかに奏することで全曲が閉じられる。
自分にとってベストの演奏は、バーンスタインが手勢のニューヨーク・フィルを指揮した旧盤(1961年録音)の2枚組のレコードである。
エネルギッシュな第1楽章もいいが、何より第3楽章の John Waroによるポストホルンのソロ!
たくさんの3番の演奏を聴いたが、これを上回るポストホルンの演奏を未だかつて聴いたことがない。
この演奏だけでも、このレコードの価値は十分にあると思わるほどのすばらしさである。
そうして感動的な終楽章。若き日のバーンスタインが思いの丈をぶつけた、まさに入魂の演奏と言えよう。
5年ほど前には、より音のよいSACD盤も出ているそうだが未聴である。
自分が所有しているCDは、2009年に限定プレスで発売された12枚組の全集版(今年の6月にも限定で、しかも「密林」では何と1999円!で現在も発売中とのこと)である。
この名演をかくも安価に手に入れて聴けるとあらば、これを購入しない手はありますまい。