スーさん、ブランデンブルクを語る

6月26日(火)

ドイツの3大B、ベートーヴェン、ブラームスと書いたので、今回はバッハである。
バッハが遺した曲はどれも粒よりの名曲揃いである。そんな名曲の数々から、「この一曲」を選ぶのは至難の業であると言えよう。
それでも、あえて「この一曲」を選ぶとすれば、まずは「ブランデンブルク協奏曲」である。

ブランデンブルク協奏曲を初めて聴いたのは、大学時代、一級上のクワハラ先輩の下宿においてであった。
聴かせてくれたのは、コレギウム・アウレウム合奏団が演奏したレコードである。
「まあ、これ聴いてみ」と掛けてくれたのは第4番。
いきなり、2本のブロックフレーテの音色が聞こえてきた。「な、このブロックフレーテ、めちゃカワイイやろ」と先輩。確かに、まずその可憐な音色に居着いてしまった。

ブロックフレーテとは、リコーダーのことだ。
え?あの中学校の音楽の時間に練習させられたリコーダー?
そう、リコーダーは英名、そのドイツ名がブロックフレーテである。
確かに、聞こえてくる音色はリコーダーである。しかし、この演奏からは、とてもリコーダーのものとは思われない音色が聞こえてくる。何か「特別なリコーダー」で演奏しているかのようなのだ。
特に、その高音の美しさと言ったら!
あとで知ったのだが、このレコードでブロックフレーテを吹いていたのは、名手と謳われたハンス=マルティン・リンデ(1930年ドイツ生まれ、フライブルク音楽大学でグスターフ・シェックに学んで頭角を現したのち、古楽器の名手を集めたバーゼル音楽のブロックフレーテとフルートの教授を務めた大家@BQクラシックス)。
並の吹き手ではなかったのである。

でも、よく聴いてみると、名手ハンス=マルティン・リンデを引き立てているのは、もう1本のブロックフレーテを吹いているギュンター・ヘラーであることがよくわかる。
この4番の第1楽章の演奏に関しては、2本のブロックフレーテがまるで同一の奏者によって吹かれているかのようにメロディーラインを形成している。それほどに両者の息はぴったりなのである。
しかも、決して主旋律を吹いているハンス=マルティン・リンデよりも目立つということがない。あくまで引き立て役に徹しているのである。このアシストは見事という他はない。つまり、ギュンター・ヘラーも、ハンス=マルティン・リンデと同等の技量を有していたということなのである。

ブランデンブルク協奏曲の4番が聴きたくて、当時JR神戸三宮駅のすぐ北側にあった「マスダ名曲堂」にて、さっそくこの2枚組のレコードを買い求めた。
ジャケットは、壁のいたるところには肖像画が、天井には細かい彫刻が施されたどこかの宮殿の間と思しき美しい写真である。
録音データを見ると、どうやらそこが実際に演奏が録音された場所であるらしい。ドイツのバイエルン州、キルヒハイム・フッガー城の「糸杉の間」とある。

コレギウム・アウレウム合奏団は、この「糸杉の間」を常に録音のために使用していたとのことである。楽団名である「コレギウム・アウレウム」は、「黄金の楽団」と訳すのだそうだが、それは、この「糸杉の間」の構造が「黄金分割」(建築や美術的要素の一つ。 縦横2辺の長さの比が黄金比になっている長方形は、どんな長方形よりも美しく見えるという)だったことに由来しているとのことである(@HMV)。
黄金比の部屋だから音楽も輝いて聴こえるなどというわけではなくて、杉でできた部屋の音響がバロック音楽にはちょうどよいというようなことで選ばれたのであろう。
確かに、どの楽器の音もクリアに聞こえるし、残響も程よい感じで、とても1966〜7年にかけての録音という感じはしない。

古楽器を使用するコレギウム・アウレウムの演奏であるが、「人々を楽しませるという目的で一貫」(@HMV)していたためか、昨今古楽器とセットのようになっているノン・ヴィブラート奏法(ピリオド奏法)ではなく、古楽器を使用しながらも、ノン・ヴィブラートにはこだわらないというスタイルで演奏されている。
実際に聴き比べたわけではないので、ヴィブラートの如何についてはコメントできないが、少なくともこの演奏に関してはすばらしいのひと言である。

このコレギウム・アウレウムのブランデンブルク協奏曲、4番以外にも2番第3楽章のクラリーノトランペット(高音域用のトランペット)のいかにも楽しそうな演奏や、つい踊り出したくなってしまうような始まりの第3番や第6番、有名なグスタフ・レオンハルトのチェンバロの長いカデンツァが聴ける第5番第1楽章など、全6曲どの曲をとっても聴きどころ満載なのである。

踊り出したくなると言えば、娘がまだ幼いころにこの協奏曲をかけると、とたんに腰を振って踊り出したことを思い出した。
いつも4番が聴きたかったので、レコードはその4番が入っている1枚目のB面から掛けるのだが、B面の最初の曲は第3番から始まる。この3番の第1楽章が始まると、娘は決まって腰を振りながら踊り出したのである(そのうちに、3番だけではなくて、5番でも6番でも第1楽章から踊り出すようになった)。
それが楽しくて、家に誰かが遊びに来ると、ついブランデンブルク協奏曲を掛けて、娘の踊りを見せたということもあった。

そうだ、今度娘が帰省した際には、ぜひブランデンブルク協奏曲をかけてみることにしよう。
まさか踊り出すことはないと思うが。