スーさん、水上の音楽について考える

6月6日(水)

6月3日、英国ロンドンではエリザベス女王の即位60周年を記念して、テムズ川で盛大な水上パレードが行われたそうだ。

“エリザベス女王の即位60周年を記念する祝賀行事が英国で始まり、3日、ロンドンのテムズ川で1000隻あまりのボートが参加して華やかな水上パレードを繰り広げた。(…)
テムズ川でこれほど壮大な式典が行われるのは数百年ぶりとなる。時折激しく降る雨にもかかわらず、推定100万人の見物客が詰めかけ、王室一家のお面を付けたり持ち寄ったシャンパンで乾杯したりしてお祭り気分を満喫。女王を乗せた王室専用船が通過するとひときわ大きな拍手がわき起こった。
先頭を行く手こぎ船300隻の中では祝賀の鐘を積んだ船がひときわ目を引き、川沿いの教会も呼応して次々に鐘を鳴らした。次いで客船や遊覧船、古いものでは1740年に建造された木造船、軍の兵士や消防、警察などを乗せた船が続き、1897年に行われたビクトリア女王の即位60周年祝賀にも使われたアマゾン号も加わった。”(@CNN)

「1740年に建造された木造船」!ひょっとして、まだヘンデルの生きていた時代のものではないのだろうか?ということは、テムズ川での「数百年ぶり」のパレードということで、ヘンデルの「水上の音楽」も演奏されたのであろうか?

「水上の音楽」については、Wikipediaに以下のような解説がある。
“ヘンデルは、1710年にドイツのハノーファー選帝侯の宮廷楽長に就いていたが、1712年以降、帰国命令に従わず外遊先のロンドンに定住していた。ところが、1714年にそのハノーファー選帝侯がイギリス王ジョージ1世として迎えられることになる。
そこでヘンデルが王との和解を図るため、1715年のテムズ川での王の舟遊びの際にこの曲を演奏した、というエピソードが有名であるが、最近の研究では事実ではないと考えられている。しかし現在確実とされているのは、1717年の舟遊びの際の演奏であり、往復の間に三度も演奏させたという記録が残っている。他に1736年にも舟遊びが催されているが、この曲はこれらの舟遊びに関係して、数度に分けて作曲、演奏されたものと今日では考えられている。”

作曲の動機はともかく、「水上の音楽」が実際にテムズ川に浮かべた舟の上で演奏されたことと、数度の舟遊びの度に作曲されたことはまちがいないらしい。
そのためか、演奏される楽譜も、
“オリジナルの管弦楽曲は一旦遺失したが、レートリッヒ版(25曲)は、これらを元に管弦楽に復元したものである。他にも管弦楽復元版が数種類存在し、20曲からなるF.クリュザンダー版、6曲からなるH.ハーティ版が知られる”
と各種の版があるとのことだ。

家にある「水上の音楽」は、ニコウラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの古楽器による演奏(1978年、F.クリュザンダー版)である。
古楽器による演奏は、この「水上の音楽」に関してはたいへんにいい感じである。
よく古楽器による演奏は、「音が汚い」とか「美しくない」とか評されることもあるそうなのだが、けしてそんなことはない。

第1曲の序曲は、アレグロに入ったところから、そのドライブ感にいきなり魅せられてしまう。
続く第2曲、いかにも哀愁を帯びたオーボエのソロが美しい。
第3曲は、この演奏で有名になったホルンのフラッター奏法(タンギングをrrrrと連続させる奏法)が聴ける。フラッター奏法は、ともすればやや粗っぽい印象を与えがちなのであるが、流れの中で聴くとさほどの違和感はない。
この初めの3曲を聴いただけでも、このアーノンクールの演奏がいかに魅力的なものであるかということを実感させられる。
さらには、後半のブーレやジーグなど舞曲風の小曲がいかにも可憐で、聴き手を最後まで飽きさせない。
どの曲も、特に川の上で聴くというイメージではなくして、随所に人生のいろんな機微を聴き取ることができるのである。

実は、家にあるこのアーノンクールの演奏は、CDやLPレコードではない。
カセットテープなのである。
つまり、当時のFM放送をカセットテープに録音したものである。

貧乏学生だった時代には、レコードは高価な買い物だった。ほとんどのLPが1枚2千円はしたのだ。
必然的に、身銭を切って買うLPは選りに選んだもののみとなった。
でも、聴きたい曲がそれに伴って減るというわけではない。むしろ、聴いてみたい演奏や曲目は増えるばかりだった。その分をどうやって補ったか。
エアチェック(もう今では死語となりつつある?)である。

当時は、「週間FM」とか「FM fan」などという雑誌が刊行されていた。それらの雑誌を見れば番組の曲目が一目瞭然で、演奏者はもちろん、演奏時間まで確認することができた。あとは、その放送の時間に合わせて聴きたい曲目を録音すればよかったのである。
カセットテープは、LPレコードに比べればはるかに安価だった。オーディオのコンポにカセットデッキを組み込み、チューナーを合わせてれば、そのまま目的の番組をカセットに録音することができたのである。

大学のクラブの先輩の中には、オープンリールのデッキを持っている人もいた。実際に聴かせていただいたが、これはカセットテープとは比べものにならないほどのすばらしい音質だった。
自分もオープンリールのデッキが欲しいと切実に思った。でも、それはレコードとは比べものにならないほどに高嶺の花だった。

カセットテープへの録音でも、それこそテープが擦り切れるほどに繰り返し繰り返し聴いた。
今のように、CDも安価になって、たやすくいろんな曲のいろんな演奏を手に入れることができるようになったが、その分、昔のように同じ曲を何度も繰り返し聴くということはなくなってしまったような気がする。
それがいいことなのかどうかはわからないのだけれど。

ただ、今はiPodのような携帯型音楽プレーヤーのおかげで、音楽を部屋の外へ、自然の中へ、街なかへと持ち出すことができるようになった。
だから、この「水上の音楽」も、ほんとうに川面で舟に揺られながら聴くこともできるのだ!

急流の川が多い日本では、なかなか舟遊びというわけにもいかない。
でも、例えば大阪天神祭の船渡御を、「水上の音楽」聴きながら見物するというのはどうだろうか。
けっこう乙な楽しみなのかもしれない。