スーさん、大阪市音楽団について語る

5月16日(水)

大阪市音楽団が存続の岐路に立たされている。
“90年近くの歴史を持ち、全国で唯一の公立吹奏楽団である大阪市音楽団が、廃止を迫られている。橋下徹市長から無駄な予算の洗い出しを指示された市政改革プロジェクトチーム(PT)に、人件費など4億円を削減できると指摘されているためだ。所管する市教委は「演奏料アップと録音の配信事業で年320万円増収できる」と反論するが、市長は「それっぽっちでは市民が納得しない。稼いで自立を」と迫る。
大阪市音楽団は、大相撲春場所での国歌や選抜高校野球の入場行進曲を演奏。市民に音楽に親しんでもらうため、駅や公園で無料の市民コンサートを開き、児童を対象にした学校の音楽鑑賞会も担ってきた。
音楽士38人は音楽専従の市職員で人件費が年3億6500万円(2012年度予算)。一方、演奏収入は約1千万円。市民サービスのため、条例で出演料は6万3千円までと定められている影響が大きいという。”(4月18日、朝日新聞)

縁あって学生時代は吹奏楽部に在籍し、定期演奏会やコンクールの前などには大阪市音楽団の当時の永野慶作団長(第4代)を招いて、曲作りについてのアドバイスをいただいたりしていたこともあった身には、今回の大阪市音楽団廃止の報を、とても対岸の火事などと看過できないものを感じていた。

民間で請け負うことができないものであるからこそ、公共機関がそれを担うということはあってしかるべきであろうし、それは大きく「文化」というものをどう守り育てていくかということとも繋がっていくものであろう。
これについては、ジャズピアニストの西山瞳さんもご自身のブログの中で詳しく書かれているので、ぜひともそこにこめられたメッセージを徴していただきたいと思う。http://blog.livedoor.jp/hitomipf79/archives/52095107.html

吹奏楽と言えば、今や中学・高校においては「女子の部活」という印象があるくらいに、女子部員ばかりの活動になってしまったが、自分たちの中学・高校時代は堂々たる「男子の部活」であり、むしろ女子部員の方が珍しいくらいであった。もちろん、大学の吹奏楽部においても同様であった。
自分の所属していた大学の吹奏楽部には、代々言い継がれている矜持があった。
“「エルザ」の演奏だったらどこにも負けない”ということである。
「エルザ」。吹奏楽の関係者であれば、すぐに何の曲のことかお分かりのことであろう。ワーグナーのオペラ「ローエングリン」の劇中音楽のことだ。
正確には、第2幕の第4場、エルザ姫が白鳥の騎士ローエングリンとの結婚式を挙げるために、行列を従えて大聖堂へと向かう場面での音楽である。
吹奏楽用に編曲したのは、フランス生まれで米国に渡ってフィラデルフィア管弦楽団の編曲スタッフにもなったルシアン・カイリエ。原曲の雰囲気を忠実に再現した見事な編曲である。

自分がこの曲を演奏したのは、大学1年の冬。全日本吹奏楽コンクールが終わって4回生が引退し、3回生以下のメンバーで臨む初のコンサートでは、それまで指揮を受け持ってきた4回生が1曲だけ指揮をする慣わしになっていた。選ばれた曲が「エルザ」だった。
自分の担当パートはホルン。「エルザだけは…」という誇りを持っているとは聞いていたが、実際に演奏してみてそれがどういうことなのかを、それこそ身体中で強烈に実感させられた。クライマックスに近づくにつれ、ホルンが主旋律を奏する。それとともに、低音部から凄まじい音が膨らんできた。主旋律がそれに負けるわけにはいかない。練習場内を圧倒的な響きが支配する。そうして最後の和音!演奏の終了とともに、心の中で「ワーグナー万歳!」と何度も叫んでいた。そうして、この日からワグネリアンになった。

家にある「ローエングリン」のCDは、1965年にラインスドルフがボストン・シンフォニーとRCAに入れた3枚組。シャンドール・コーンヤのローエングリンと、ルチーネ・アマーラのエルザだ。
録音されたのが1965年ということだが、いささかも古さを感じさせないすばらしい録音と演奏である。
8分割されたヴァイオリンが、「空の高みから天使たちが聖杯を運んでくる」(ワーグナー)場面をイメージさせる、有名な第1幕への前奏曲。この前奏曲を聴くと、当時のバイエルン国王であるルートヴィヒ2世が、ワーグナーのパトロンになったことも、国費を傾けてノイシュヴァンシュタイン城を建設したのも宜なるかなという気がする。
第2幕は、もちろん「大聖堂へのエルザの行列」。“Heil dir, Elsa von Brabant!”という男声合唱が、いかにも感動的である。ちなみに、このエルザの行列の音楽は、第2幕のフィナーレでも聴くことができる。
これまた有名な第3幕への前奏曲では、ブラスセクションが華やかな中にも気品のある音色を聴かせてくれる。
その華やかな前奏曲に続いての「婚礼の合唱」。ラインスドルフは合唱指揮者出身だったらしいが、それはこの合唱を聴けば十分に納得させられる。なんとチャーミングな演奏!
実際に舞台は見に行けなくとも、このCDさえあれば「ローエングリン」を十分に堪能できること請け合いである。

舞台と言えば、ワグネリアンなら誰もが一度は夢見るバイロイト詣。そんな夢を叶えてくれるようなイベントが昨年行われた。NHKが2011年バイロイト音楽祭を祝祭大劇場から衛星生中継したのだ!
始まる前からワクワクドキドキだった。「では、今から大劇場の方へと向かいます」とかいうアナウンサーとともに、カメラが周辺を映し出す。実際に自分がバイロイトに行っているかのような錯覚を覚えた。
中継されたオペラは「ローエングリン」!
ねずみ男が出てきたり、グロテスクな終幕の場面を設定したりしたハンス・ノイエンフェルツの演出は物議をかもしたそうだが、そんなことよりたとえ中継でもバイロイトを実感できたことは得難い経験だった。
でも、いつかは実際にバイロイトにも行ってみたい!

「無料だから」と友人に誘われるままに、大阪市音楽団の「たそがれコンサート」に足を運び、そこで聴いた「エルザ」に感動し、ワーグナーが大好きになり、ついにはバイロイトまで出かけてしまう人だっているかもしれない。
何がその人の大きなきっかけになるのかはわからない。でも、そうやって気軽に音楽に接する機会が市民に提供されているということこそが大切なことなのだ。
「大阪市は音楽文化を大切にしています」ということを、ぜひ全国に範として示してほしい。
「あんたらもウチとこみたいなすばらしい楽団を持たなあきまへんで」と。