スーさん、風邪を引く

3月30日(水)

「春の風邪」は長引くという。
実際、春休みに入ってすぐの3連休に行われた甲南合気会春合宿から帰ってから、ずーっと風邪が癒えないままだった。
合宿で年甲斐もなく無理をしたからか。そうかもしれない。でも、合宿中は特にしんどいとか感じることはなかった。2日目の杖の朝稽古のとき足がひどく冷たかったことくらいで、それ以外はとても楽しい3日間だった。強いて言えば、行き帰りの車の運転がしんどかったくらいだ。そうだ、それで体力を消耗した違いない。

以下、思い出すままに合宿中のことを記しておきたい。
19日(土)、浜松を出発したのは午前9時少し前。東名高速に入ると、はたして各所で渋滞は始まっていた。それでも、何とか昼過ぎには名神草津SAに。簡単な昼食後、名神に戻ると直後に京都東手前で事故発生の知らせ。後ろからパトカーやら消防車やら救急車やらが次々とやって来た。その間、車列は完全停止状態。少しずつ進んで蝉丸トンネルを抜けると、何と車8台が関連する玉突き事故だった。ちょっと草津SAを出る時間が早かったら巻き込まれていたかもしれなかった。
その京都東ICを抜けると順調に走れたのだが、吹田JCから中国自動車道に入るところで、またしても渋滞。どうやら宝塚の西トンネル付近まで続いているらしかった。ようやくのことで宝塚のトンネルを抜けると、あとは順調。そのまま福崎まで走って中国道を降り、播但道へ。終点の和田山から一般道へ。
ここで、とんでもないことが発生した。しばらく走って信号待ちをしていた際、対向車線の車がいきなりこちらのドアミラーにぶつかってきたのである。一瞬、何が起こったのかわからなかった。ドアミラーのカバーが吹っ飛び、ミラーも粉々に割れてしまった。相手の車はそのまま走り去ってしまった。ナンバーを確認する余裕はなかった。
仕方がないので、そのままドアミラーをたたみ、後方確認はルームミラーと直接目視で行うようにして、気をつけながら走行することにした。
神鍋高原の合宿所まで辿り着いたのは夕方の5時半。もう稽古も終わる頃ではと思っていたが、とりあえず着替えて体育館へ。中では、ちょうど剣の稽古をしていたところだった。少しでも稽古ができてよかった。

合宿2日目(20日)は、午前中の稽古のあと午後は昇級・昇段審査。特に昇段審査では、ドクターをはじめとして、たいへんにレベルの高い演武を見せていただいた。この演武を見ただけでも、神鍋までやって来た甲斐があったと思った。
夜は、ほぼ全員が集まっての宴会。今までお話ししたことがない人とも交流ができてよかった。
合宿最終日(21日)、午前中の稽古を終え、昼食のあと内田先生にご挨拶をして神鍋を後にする。
来た道をそのまま帰るのもどうかと思い、出石・福知山経由で帰ることにした。運転席側のドアミラーが使えないので、車線変更や後方確認にはずいぶんと気を遣った。福知山市内は、道路工事のために各所で激しく渋滞していた。こんなことなら、素直に中国道で帰ればよかったと悔やんだ。
ようやくのことで、福知山ICから舞鶴道へ。さらに中国道に合流。またしても宝塚付近は渋滞していた。そのまま、中国道〜名神へ。行きと同様に、名神草津PAにて簡単な夕食。そこから先は、途中数カ所で渋滞はしていたものの、そんなにひどい渋滞ではなかった。何より、いちばん眠たくなる夕食後の時間に、Skypeのハンズフリーでキタシンちゃんとあれこれ話ができたので、眠くなることもなく、渋滞もほとんど苦にならずに自宅まで帰り着くことができた。ありがたかった。
それでも、往復900キロ超のドライブは、さすがに身体に堪えた。

翌日(22日)は微熱。その次の日(23日)は、ひどいくしゃみと鼻水。さらに24日はひどい鼻づまりで食べ物の味がわからず。

25日は離任式。5年間勤務した現在校ともお別れである。
もちろん、いい思い出ばかりではないが、去るとなるといい思い出ばかりが甦ってくる。特に、部活動では二度の全国大会出場を果たすことができた。何よりの思い出である。
夜はPTA主催の歓送会。もちろん、二次会は中止である。体調もすぐれないため、早々に帰宅する。
26日、まだ鼻づまりはあるが、ようやく体調も戻ってきた。本当なら、この日から都道府県対抗全日本中学生ソフトテニス大会へ出場するため、伊勢へと向かっていたはずだった。大会は中止となったのである。
夕方からは、ほぼ1ヶ月半ぶりの支部定例会。伊勢に行けなかった思いを麻雀にぶつける(ウソです)。
27日は、終日蟄居。相変わらず鼻づまり治らず。

28日、妻も休暇をもらって娘の引越しの後片付けへ。
娘が住んでいた新横浜の賃貸のビルは、至るところ壁にひびが入っていた。その補修工事のための足場を組んでいる最中だった。
冷蔵庫と洗濯機、電子レンジを車に積みこみ、ゴミを片付け、空っぽになった部屋を隅々まで雑巾がけする。
終わって、娘と三人で遅めの昼食。近くのドラッグストアに行くと、トイレットペーパーとペットボトルの水が見事なくらいに棚にはなかった。
特に問題なく部屋の引渡しも済み、娘と別れて一路浜松へ。

29日。やはり横浜までのドライブで疲れたのだろうか、ひどく身体がだるく、軽い頭痛も。鼻づまりは相変わらず。
職場へ残った荷物を取りに行った帰りに、お隣りの豊橋市までドライブして、いつものS文館書店にて、『記号と事件』(ジル・ドゥルーズ、河出文庫)を購入する。ついでに、この書店の文具売り場では、以前から購入しようと思っていたのだが、どこの文具店にもなかったマーキングペン(プラチナの「プレピー」)を見つけることができた。さすがはS文館書店である。
帰り道、県境の多米峠を越え、三ヶ日のレークサイドウェーを走ったのだが、奥浜名湖の静かな波面に午後の日差しがキラキラと反射して、春本番を実感させられる景色を見ることができた。いい気分だった。

そうして、今日30日。どうやら、ようやく風邪も癒えてきた。明日もう一日ゆっくりして、新年度に備えようと思う。
明後日、金曜日からいよいよ新年度だ。