スーさん、ちょっと怒る

1月31日(月)

卒業を前にした娘が、何を思ったか、両親に一度自分が通った大学を案内したいと言い出した。
ちょうど、卒業試験を兼ねた公開演奏会には行く予定にしていたので、そのときについでに案内してもらうことになった。

演奏も終わって昼食後、大学へと向かった。
大学の正門で守衛さんに事情を話し、校内に駐車させてもらって、近くのチャペルから順にキャンパス内を案内してもらった。
もともとは横浜の山手にあった大学だったのだが、創立100年を経て郊外にキャンパスを開設し、早20年の余となるのだそうだ。郊外のキャンパスは、さすがに山手のキャンパスとは比較にならない近代的な施設であった。

「ここは大教室。大きいでしょ?」
「ここはゼミとかやる教室ね」
「ここの図書館、お父さんに入れてもらったアプリで本が検索できるんだ」
「ここでよくエアロビとかやったんだよ」
「ここ正門からいちばん遠い教室なの。朝1限でこの教室まで来るの、すっごく大変だったんだよね、しかも語学だったし」
「グランドでゴルフとかやったっけ」
「夏の暑いときは、ここ登るのきつかった」
「この向こうにテニスコートがあるの」
「ここ、すごく好きな場所なんだ」
「まさか、自分の両親と一緒に大学の中を歩くとは思ってなかった」
一緒に歩きながら、娘は楽しそうにひとつひとつの建物、それぞれの教室を案内してくれた。
大学での生活ぶりが目に浮かぶような気がした。

一頻り案内してもらって、車のところへと戻ってきた。駅まで歩くという娘を送って行くことにした。昼食時に、ついビールを飲んでしまっただらしのない父親に代わって、妻が運転席に着いてハンドルを握っていた。
守衛さんにお礼を言って、大学から駅に向かった。

駅前はロータリーになっていた。「ここで降りればいいだろ?」とロータリーに進入した。
と、すぐにどこかの警備員と思しき男が近づいてきた。よく見ると警官だった。
「免許証は?ここ、進入禁止なんだけど」と言われた。
まったくわからなかった。と言うか、右折してロータリーに入るところには進入禁止の標識はなかった(あとでよく見ると、代わりに「一般車両は進入禁止です」という看板が立てられていた)。
助手席から、「すみません、知りませんでした。県外から来たものですから。娘を駅で降ろすだけなんですけど」と言うと、「降ろせばいいですよ。降ろしたら、車を移動させて交番まで来てよ」と言った。
とりあえず娘を降ろし、すぐに車を交番の前に移動させた。
娘も心配だったのだろう、そのまま改札には行かずに交番までやってきていた。

ひょっとして、事情を汲んでくれるかもしれないなどと甘い希望も持っていたのだが、既に反則切符が用意されていた。妻が、「ほんとうに知らなかったんです。知っていれば進入したりしません」と抗弁したのだが、もちろん取り付く島もなかった。まあ、交通違反をしたのだから当然である。
しかし、その際に警官が、「こうやって違反する県外の人、多いんだよね」と言ったので、つい、これはひと言申さずばなるまいと思い、「だったら、そうならないようにすべきじゃないんですか?ちゃんと進入禁止の標識をつけるとか」と言うと、「そんなことは、ボクの知ったことじゃない」とお答えになった。
やんぬる哉。

知らずに犯した違反行為は見逃せと言っているのでは、もちろんない。
反則行為に対して厳に処することにむろん異論はない。
しかし、それまでに多くの反則者が出ているという事実があるのならば、いちいち違反者を検挙するよりも、反則者が出ないような対処を考えるべきではないのか。
つまりは、反則者を検挙することにそのリソースを投ずるより、違反者が出ないようにそのリソースを有効活用する方策を実践することの方が、より賢明な方策であると言えるのではないか。

娘と楽しく過ごした時間にオチがついた気がして、ひどく気分が悪かった。
「ま、旅行に行く前に厄落としをしたと思えば」という妻の言葉が、せめてもの救いだった。
今日、娘は「卒業(予定?)旅行」で、ヨーロッパへと旅立った。
かような経緯もあったから、もちろん、道中の無事は保証されている。