スーさん、Power Balanceを装着する

9月6日(月)

二学期が始まった。
ご承知のとおり、最高気温は毎日32度を超えている。風があればそれでも何とか凌げるのだけれど、風のない日の教室はまるでサウナだ。さすがにこれではということで、校長の鶴の一声で、大型扇風機を1ヶ月間レンタルして教室に設置するようにしたのだが、これとていたずらに熱風をかき回すだけで、「ないよりマシ」程度の効力しか発揮できていない。ともかくも、この炎熱地獄が少しでも終熄の方向に向かってくれることを祈るばかりだ。

そんな中で授業もスタートしたからというわけではないのだが、週末の土曜日はひどい腰痛に苛まれた。
実は、神戸に行くころから、多少は右腰の痛みが気にはなっていたのだが、歩行に支障を来すとか、椅子から立ち上がるのに困難を伴うといったほどではなかったし、西伊豆に行ったときも車の乗り降りの際に多少痛む程度だったから、そのまま放っておいたのである。
ところが、土曜日の午前中に部活動の指導をしていると、途中から右腰に鈍痛が走るようになってきた。あれこれ姿勢を変えながら座ってみたりもしたのだが、痛みは一向に収まる気配がない。部活動が終わって、テニスコートから駐車場まで戻るときには、右足を多少引きずらないと歩けないほどだった。
そのまま家に戻って、その日仕事が休みだった妻と昼食に出かけたのだが、やはり車の乗り降りが辛い状況だった。仕方がないので、とりあえず効能書きに「腰痛」と記されていたアリナミンEXを飲むことにした。

この日は、夕方から静岡市に出かける予定であった。年に一度の中・高体連ソフトテニス部懇親会に参加することになっていたのである。午後4時半に自宅までオノちゃんが迎えに来ることになっていた。でも、どうやらそれまでには到底痛みは収まりそうになかった。
4時半きっかりに、オノちゃんが迎えに来た。腰が痛い旨を伝え、車の運転は困難なためそのままアルファードに乗っけてもらって、静岡まで行ってもらうようお願いした。
道中も、ちょっと姿勢を変えるだけで痛みが走る。オノちゃんからは、「まあ、年齢と共に筋肉も衰えてきますからねえ。腹筋や背筋を鍛えた方がいいっすよ」と言われていた。

1時間ほどで静岡市に到着、宿舎のホテルにチェックインして懇親会の時間を待つ。懇親会は静岡センチュリーホテルにて、6時半からと聞いていた。宿舎のホテルからは歩いて5分ほどのところだ。その移動の最中も、やはり腰の痛みは気になった。
宴会場に入ると、見知った顔がちらほら。すぐ隣のテーブルに座っていた高体連委員長と互いに太ったことを揶揄しながら久闊を叙したり、先日アキシン商店でたいへんお世話になった沼津K学園高男子ソフトテニス部監督のハラ先生にお礼を言ったりしているうちに開会。
宴会は2時間ほど。次期県中体連ソフトテニス専門部長であるタカシくんがどうしてもやりたいということだったので、ハラ先生、オノちゃんの計4人で宿舎近くの雀荘へ。この日のタカシくんは強かった。東回しを4回ほどやったのだが、ほとんど一人勝ち状態であった。そのままおとなしく宿舎へと戻る。

その帰り道。「まだ腰が痛いんだよなあ」とぼやいていると、ハラ先生が「だったら、これ付けてみてくださいよ」と自身の腕に装着していた一見時計のような腕輪を見せた。
「なにこれ?」と聞くと、どうやらそれはPOWER BALANCEなる代物であるらしかった。「余分に持ってますから」と車まで取りに行ってくれたので、半信半疑で腕に付けてみることにした。そのまま部屋に戻って、お風呂に入って就寝。
そうして翌朝。
ベッドから恐る恐る起き上がってみた。痛くない。昨日まであれほど痛かった右腰が痛くないのだ!小躍りしたい気分だった。一刻も早く、ハラ先生にそのことを知らせたかった。
朝食時、まずそのことをハラ先生に告げた。「腰、痛くないんだよ。やっぱ効いたのかのかねえ?」と言うと、「合う人と合わない人があるみたいですから。合ったんですね」とのこと。まだ余分に持っているとのことだったので、妻の分も実費でいただいて帰ることにした。
もちろん、POWER BALANCEのおかげで腰痛が治ったということではないのかもしれない。前日に飲んだアリナミンEXの効果があったのかもしれないし、ちょうど自然治癒する時期だったのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいいのだ。たまたまPOWER BALANCEを装着したところ、腰痛が治まった。その因果関係だけが重要なのである。

そのままPOWER BALANCEを装着して帰宅。すぐに着替えて部活動へ。昨日のことがあるから、またいつ痛みが再発するかと多少は気にしていたが、痛みは出ることはなかった。
いやはや。
ハラ先生には、アキシンでお世話になり、今度はまたPOWER BALANCEでお世話になった。何とお礼を申してよいのやら。これからは毎朝、沼津西浦方面を遥拝することを心に固く誓った。ハラ先生、ありがとうございました。

日曜日の午後は、先日神戸にて購入してきた『ネット・バカ』(ニコラス・G・カー、篠儀直子訳、青土社)を読んでいた。
これは、たいへんに示唆に富む著作であった。帯にはこうある。
「グーグルで知らないことを検索し、ツイッターで日常をつぶやき、iPadで本を買って読む。さまざまなインターネットメディアを当たり前のように使う日常のなかで、実は私たちの脳は少しずつ変化しているのだ」
ん?これって、iPadを除けばオイラの日常じゃん。で、脳はどうなってしまうんだ?と思うと、つい頁を繰らずにはいられなくなった。

筆者の結論は、実際に本を購入して読んでほしいが、人間の知的作業の歴史的な変遷を丁寧に検証しながら、現今のインターネットをめぐる状況が知的生産活動にいかなる影響を及ぼしているかということ、そうしてそれとどのようにつき合っていけばよいかという提案には、かなりの説得力があった。

筆者の結論が絶対的なものであるかどうかはわからないが、この著作を読みながら、自分の場合はインターネットにアクセスしている時間が長くなるにつれ、なぜかひどく文学作品を読みたくなったということを思い出した。
ツイッター関連のアクセスが増えていくにつれ、宮沢賢治や高村光太郎の詩集や正岡子規の俳句、川端康成や中島敦、魯迅らの小説を、それこそむさぼるように読んだのだ。どうも自分の中では、それらが関連あるように思えてきた。たぶん、脳がそれを欲していたのだと思われる。

いずれにしても、これからはますますインターネットなしの生活というものが考えられなくなっていくであろう。だからこそ、その功罪も、後世への影響も指摘していく必要がある。そういう意味では、この著作は多くの人に読まれるべきであろうと信じる。

かように、日曜日の午後は、たいへんに気持ちのいい午睡の後で、思いのほか頭が冴えた状態で読書もすることができた。
もちろん、POWER BALANCEを装着していたからである。いやはや。