スーさん、バス旅行を悔いる

8月19日(木)

この1週間の備忘録です。

11日(水)
午前中は9日の校内研修の続き。本校、今年は11月に研究発表会が予定されている関係で、そのための校内研修に時間を割かねばならなくなった。この日は、各プロジェクトの進捗状況の確認。
午後、翌日からのソフトテニス新人研修大会ために県外から来浜するチームへの対応で、休暇を取って市営花川テニスコートへ。この日来浜するのは京都のU中とK中(女子)。ヨッシーのところに練習マッチの相手をしてもらい、男子は自チームも含めて市内3校で練習マッチを夕方まで。
どうやら、台風の影響で翌日は雨天が予想されていた。ヨッシーとシンムラくんに頼んで、雨天会場の確保をお願いしておく。
夜は、U中アキタ先生とK中キシ先生を囲んでの「前夜祭」。アキタ先生は、今春から広隆寺近くのU中に転勤されたとのこと。新しい任地でのいろいろな苦労話を聞く。こういうお話を聞きながら、自分も頑張らねばという思いを新たにするのも、この研修大会のよいところだ。

12日(木)
第19回浜松オープン中学校選抜ソフトテニス新人研修大会の初日。団体戦の予選リーグである。
開会式前、今にも雨が降ってきそうな天気だった。はたして、開会式の30分ほど前から豪雨になった。屋根下コートにて開会式後、確保した雨天6会場ごとにチームを集めて、予選リーグの確認。
雨天会場への移動には時間がかかるが、今はほとんどの車にナビが装着されているので、いちいち会場までの地図を用意しなくても済む。便利な世の中になったものだ。
それぞれの会場ごとに、運営責任者がボールやジャッジペーパーを持って移動していく。とりあえず、どの会場でも昼前後から試合ができる体制は整った。
雨の雨天会場と言えば、6年前のこの大会は3日間雨に祟られた。毎日、公民館の付設体育館に連絡を入れ、使用できそうな会場を確保して、何とか3日間を乗り切った。悪夢のような3日間だった。
そのときのことを覚えてくれている県外顧問の先生も多かったから、今回は比較的スムーズに会場移動もでき、試合を消化することができた。
午後、雨が小降りになってきた。予報では午後は雨雲が切れるはずだった。
雨天会場を撤収し、メインコートへ戻す決定をした。
やれやれとひと安心し、県外顧問たちと昼食を共にしていると、土砂降りの雨が降ってきた。「こらあかんわ」と思い、すぐにヨッシー等に電話を入れたが、「既にどの会場も撤収にかかっているため、再度の変更は不可能です」とのことだった。「ミッドウェー海戦みたいや」と思ったが、かくなる上は腹をくくって天候の回復を待つしかない。
そのうちに、心なしか雨が弱まってきたように感じた。すぐにメインコートへと戻った。全雨天会場からメインコートへと再集合するには1時間ほどかかる。雨が止んできた。まさに天佑神助だった。シンムラくんが「こんなことってあるんですねえ」と感心したようにつぶやいた。
雨の上がったコートにて、予選リーグの続きが始まった。多少は遅れたが、何とかほとんどのリーグ戦を終える目処が立った。
夜はほとんどの顧問が集っての懇親会。昨年まではホテルにて開催していたが、あまりに料理が不評ということもあり、会場をレストラン併設の結婚式場に変更することにした。事前にスタッフで下見もしておいた。結婚式場ということもあって、雰囲気は申し分ない。むしろ、Tシャツ・素足にサンダルという出で立ちでは入場を憚られるような場所だった。
何となく落ち着かない雰囲気のままに懇親会が開会。基本的にビュッフェスタイルで、会場のすぐ外の庭ではバーベキュー料理もいただけるようになっていた。みんな大喜びであった。
それぞれのテーブルでは、いろんな話に花が咲いていた。ソフトテニスの顧問をしていなければ、こうして県外の先生たちと親しく話をする機会とてない。若い顧問も増えてきたから、こういう情報交換の機会はほんとうに貴重なのである。
名残は尽きぬままに、そろそろ二更も過ぎようという時間を迎え、ようやく散会。

13日(金)
この日は、前日の予選リーグの残り試合から始まって、予選1・2位チームによる決勝トーナメント、3・4位チームによる研修トーナメントが行われた。男子は三重県M中、女子は滋賀県K中がそれぞれ優勝した(ちなみに、男子M中に唯一土をつけたのは本校であったが、なぜか本校は決勝トーナメントの初戦で敗退)。
団体戦の終了と同時に、個人戦の予選リーグに入る。試合は順調に進行し、夕方までにほとんどの予選リーグを終えることができた。
夜は、「フェアウェルパーティー」。昨晩に引き続いて、いろいろな話で盛り上がりながら、浜松の夜は更けていった。

14日(土)
いよいよ最終日。個人戦の予選リーグの残り試合から始まって、団体戦同様に予選1・2位チームによる決勝トーナメント、3・4位チームによる研修トーナメントが行われる。
男子優勝は、今夏全国中学校大会にも出場する藤枝T中のペア。まずは妥当なところであろう。女子優勝は富士宮Y中のペア。久しぶりに、男女とも静岡県ペアの優勝となった。
初日の台風雨でどうなることやらと心配された大会であったが、今年も何とか無事に終えることができた。スタッフの面々はもちろん、参加してくださった顧問の先生方のご協力にも感謝したい。来年は、いよいよ第20回の記念大会である。そのための企画も考えつつ、さらにいい大会にしていく決意を新たにした。

15日(日)
さすがに3日間の大会運営は応えた。終日蟄居。この3日間に読めなかった本どもを読む。

16日(月)
午前中は部活動の指導、午後は残務整理。
ここ数日来、どうも自宅2階のエアコンの効きが悪いと感じていたのだが、この日の夜はエアコンからまったく冷風が出てこないことが判明。妻は「私は別にエアコンとかいらないし」とか言っていたのだが、夜に入っても尋常ではない暑さ、自分は思わずエアコンの効く居間のソファーベッドにて一夜を過ごすことに。

17日(火)
午前中、部活動の指導。昼に、かつてのテニス部教え子の保護者で建設会社社長をしておられるKさんに電話、エアコン修理のことをお聞きする。すぐに電話を入れてくれて、近くの電気屋さんが来てくれることになった。「仕事が忙しくて午後2時半くらいじゃないと行けそうにない」とのことだったので、慌てて休暇を取って帰宅、電気屋さんを待つ。
2時半を少し過ぎて件の電気屋さんが到着、エアコンの様子をみてもらう。
「うーん、たぶんガス漏れだと思うんだけど」とのことで、「今日はこれから隣の市までエアコンの工事に行かなきゃならないから、ガスの補充は明日でいい?」と聞かれ、「い、いえ、何せこの暑さなんで、何とか今日中にお願いできませんでしょうか」と食い下がると、「わかりました、じゃこれそうなら連絡しますから」ということになった。
はたして、夕方に連絡があって、ガスの補充をしてもらえることになった。やっぱり、ガスはほとんどなくなっていたとのことで、「またすぐに冷えなくなるようなら、配管をやり直さないといけませんね」ということで一件落着。エアコンからは得も言われぬ涼風が。生き返った心地がした。町の電気屋さんって、絶対に必要だと痛感させられた。
この日の夜は、あまりに涼しくて、却って熟睡できなかった。どういうこっちゃ。

18日(水)
この日は、職員親睦旅行とて、「東京築地・浅草日帰りバスツアー」が企画されていた。いつも、時期的に大会と重なって行けないことが多かったのだが、今年は県大会にて敗退したため、参加の旨を伝えておいた。
しかし、バス旅行なんていったい何年ぶりなのだろう。具体的な展開が予想もつかないままに車上の人となる。旅のお供は、iPod touchと『ガリバー旅行記』(岩波文庫)。行き帰りのバスの中で、好きな音楽を聞きながら本が読めりゃ言うことなし、と思っていた自分がいかに浅はかだったかということを、出発後1時間ほどして思い知らされることになった。
それは、飲み物と袋に入ったつまみセットとが配られてしばらくして、「じゃあ、カラオケでもいきますか!」という幹事の一声だった。
え?冗談だろ?カラオケ?バスの中だよ?と思うまもなく、分厚い曲のリストと、「これ後ろの座席用ね」というマイクが回されてきた。
「さあ、曲の番号を言ってくださいね~、あれ?誰もやらないの?じゃあ、ボクからやっちゃおうかな」と呪うべき幹事の声。
いきなり前奏が始まった。iPodの音はカラオケの音量に圧倒されてほとんど聞こえない。
ああ、ラフマニノフよ、許せ!
その1曲でカラオケ好きの面々には火が付いたようだった。「次、〇〇番!」(曲番号)と次々に曲がリクエストされていく。
おい、ガリバーよ、どこ行った?
かくなる上は、チューハイでも飲んで寝るしかない。
大音量のカラオケ大会は、バスが都内に至るに及んで、ようやく収まる気配を見せ始めていた。
程なく、最初の目的地である築地に到着。事前に予約してあった「すしざんまい奥の院」というところでお鮨の昼食。それから、1時間半ほどの築地散策。外はあまりに暑いので、早々に近くの喫茶店を見つけてコーヒーを飲んで休憩することに。
築地を後にして、次なる目的地は浅草。バスは、浅草寺二天門すぐ近くで降車。境内に入ると、平日というのに人、人、人。特に、仲見世通りはむせ返るほどの人の波であった。
有名な雷門まで歩いて写真を撮った後は、仲見世通りを避けて浅草公会堂まで。途中で扇子と人形焼を購入して、早々にバスへと戻る。
でも、ここはまたゆっくり来てみたいと思わせられた場所だった。
バスが浅草寺を出発したのは午後4時。
首都高に入ると、ガイドさんが「さすがにみなさんお疲れのようですし、お休みの方もいらっしゃいますから、カラオケはもうよろしいですよね」と宣う。おお、さすがによくわかってんじゃん、と思った次の瞬間、「では、ビデオを流していきますね」って、流さなくていいから、そうして大音量で始まったビデオは、「やすきよ」の漫才のビデオだった!
寝るしかないと思った。
海老名SAにてトイレ休憩後、幹事は再び「じゃあ、カラオケを」と告げた。もう誰もやらないだろうと思った自分の不明を恥じた。「〇〇番!」「じゃあ、アタシは〇〇番!」言葉がなかった。発泡酒を飲んで寝ることにした。神奈川・静岡県境の山間は、猛烈な雷雨だった。それに勝るとも劣らないほどに、バスの車内はカラオケで盛り上がっていた。
かくして、ぐったりと疲れて帰宅。
金輪際、バス旅行には行かないことを固く心に誓った親睦旅行だった。