スーさん、指導者について考える

7月5日(月)

2010年、部活動「夏の大会」が始まった。

ソフトテニス競技は、3日(土)が市内大会団体戦の予選リーグ。男子は、3校×11ブロックと4校×1ブロックの、計12ブロックに分けて行われ、各ブロック2位までが決勝トーナメントに進出する。
天気予報は午後から雨と告げていた。朝起きて外へ出てみると、霧雨がそぼ降っていた。それでも、その程度の雨なら試合にほとんど影響はない。やれるところまではやるのだろうという予想で会場へと向かった。
試合会場は、男女別開催でここ数年男子会場として固定されてきた浜名湖畔の雄踏総合公園テニスコート(砂入り人工芝8面)。観客席が少なくて観戦しにくいところが難点だが、湖畔を渡ってくる風は心地よく、すぐ隣にはリゾートホテルもあって、ロケーションとしてはいいところにあるテニスコートだ。

会場に到着、受付を済ませて開始式を待つ。今にも雨が降ってきそうな空模様だ。本校は第2試合だったので、他校の試合ぶりを見つつ待機。1時間ほどで第1試合が終了したので、選手たちには傘を持たせて試合コートへと向かう。
並んであいさつをし、第1ペアがボールを打ち始めたところで、突然大粒の雨が落ちてきた。これではとても試合どころではない。本部からも、きりのいいところで試合を中断するよう放送が入った。すぐにテントへと戻る。
そのうちに、監督に招集がかけられた。管理棟へと集まって、本部からの説明を聞く。どうやら、午後も雨が心配されるので試合は明日に順延するとのことだった。当然の決断であろう。

試合の順延はいいのだが、その日の練習をどうしようかと思案していたところ、午前11時からは試合用のコートを開放するとのことだった。シンムラくんともあれこれ相談して、雨の様子を見ながら一緒に練習しようということになった。
選手たちにそのことを伝え、とりあえず早めの昼食をとるよう指示。そのうちに雨がだいぶん小降りになってきたので、練習を始めることにした。空きコートはなく、どのコートも練習をする学校で埋まっている。

その練習で、見たくはなかったことを少し書いておきたい。
学校によっては外部コーチをお願いしているところもある。顧問が学校長に申し出て承認を得、中体連各競技部にも事前に外部コーチ登録を済ませて、ベンチ入り等が認められる。
別段、コーチの人柄等については規定がないので、どんな人物が外部コーチになるのかは、そのほとんど全てが顧問に委ねられていると言ってよかろう。通常の常識を弁えている大人(もちろんそういう人がほとんどであることは言を俟つべくもない)であれば、何ら問題はないのであろうが、熱心さのあまりか時に自分の立場を超えて「勇み足」を踏んでしまう人もいる。
自分たちが見た人は、正しくそんな人であった。
はじめはおとなしくボール出しをして練習をしていたのだが、そのうちにエスカレートし出した。まず指導する声が大きくなってきた。そのうちに、一人の選手をつかまえてひどく怒鳴り始めた。さらには、練習が進行するにしたがってその生徒をラケットで小突いたり、足で蹴る真似をしたりし始めた。その場には顧問もいた。でも、その顧問は外部コーチの言動に対して何も制止するようなことはしなかった。
もちろんその現場は、多くの選手・保護者・顧問に見られていた。そんな事情も手伝ってのことであろうか、さすがにその外部コーチもそれ以上の暴力的行為に及ぶことはなかったが、見ていて気分の悪くなることこの上もない行為であったことだけは確かだった。

ちょうど、『考える人』2010年夏号(新潮社)に、内田先生と平尾剛さんの対談が載っていた。その中に、体罰による指導についての言及があったので、以下その一部をご紹介しておきたい。
“平尾:スパルタ指導じゃだめだと思いながら、どこかで否定しきることもできず、もやもやしている自分がいるんです。
内田:「小成は大成を妨げる」じゃないですが、ある種の成功体験はそこに居着いてしまう危険があるんです。(…)体罰って、要するに自我を解体するための仕掛けなんですけど、たしかに集団的に体罰を喰らっているとチームワークがよくなってしまう。(…)だから、仮にめちゃくちゃな訓練のせいで、ひとりひとりの身体能力は下がっても、チームとしての共感力は高まる。(…)
平尾:早く結果を出したい指導者の焦りから、しびれを切らせて怒ってはいけない。まず自分の身体能力をどこまで伸ばせるか、どんどん挑戦させてやらなければ…
内田:試合とか順位とか点数とかというのは、上手くなるための「スパイス」だから。ちょっとスパイスが効いてた方が面白いという、一つの「方便」でしょう。「試合でもやってみようか」というのが本来の流れだと思うんです。試合のために身体を作るというのはまるで順序が逆。まず心身の生きる力を高めていくという大目標があって、そのために十五人でチームを作るとか、パスは後ろへ出そうとか、そういうルールが事後的に決められていったはずです。それが試合のためにステロイド剤を打って、出場した後はもう身体がボロボロ、というのでは本末転倒でしょう。(…)
平尾:大学でラクロス部の顧問になって一年目、絶対負けるはずがない相手に負けたので、つい熱くなって、ミスをした学生に「なんであのプレーを選択したのか?」って詰問しちゃったんです。その学生には今でもホントごめんって詫びる気持ちで一杯なんですけど、現役時代からこの手の根性式の価値観が嫌いだったはずの自分の中にさえこれほどの攻撃性があることは、常に意識していないとまずいなと思っています。そういうことも含めて、スポーツはもっともっと研究されていかなきゃいけない。”(168〜173頁)

たいへん示唆に富む対談なので、詳しくはご購入されて原文を徴していただきたいが、特に最後の平尾さんの指摘(「自分の中にさえこれほどの攻撃性があること」)は、所謂「スポーツの指導者におけるダークサイド」の恐ろしさを言い得ているものとして、多くのスポーツ指導者が記憶に留めておかねばならないことであろう。

そんなことも考えつつ、日曜日の再試合に臨んだ。
天気は前日とはうって変わって、途中から梅雨が明けたかのような青空が広がり、真夏の太陽がじりじりと肌を焼く暑い日になった。
予選リーグ初戦、3晩勝負となったが、何とか乗り切ってまずは1勝。続く第2試合は、初戦で敗れたトップのペアに具体的な戦術のアドバイスをしたのが奏効したためか、要所でポイントを取ることができて快勝、続く2番は多少勝ちを意識してのミスが目立ったものの何とか勝って、リーグ1位で決勝トーナメントに進むことが確定した。
大会に入る前は、予選リーグ敗退も覚悟していただけに、この2勝はうれしい結果だった。

しかし、喜んでばかりもいられない。次週の決勝トーナメントは初戦から厳しい相手との対戦が控えている。いずれにしても、今のわがチームには、星勘定ができるほどの余裕はない。とにかく、1ポイントを積み重ねて一戦一戦積み重ねていくしかない。その中から、選手たちが何かをつかんでいってほしい。それこそ、「心身の生きる力を高めていく」何かを、だ。

まだまだ暑く熱い日が続く。