スーさん、東京へゆく

4月5日(月)

新年度が始まっている。
新学期は明日からだが、新しいメンバーを迎えての業務は既に1日からスタートしている。
校内の分掌は今年も教務主任を拝命した。三年目の教務ともなれば、だいたいのことはわかってくる。手間のかかる時間割の編制にしても、「だったら、ここをこうすれば何とか収まりそうだよなあ」というような勘がはたらくようになって、実際そのとおりに何とかなったりしてくるものだ。そういう意味では、かなり気持ちに余裕を持って新年度を迎えることができたと言えよう。

気持ちにゆとりが持てたのは、年度末の東京行が大きく与っているのかもしれない。
春休みは弥生も末の三十日、メインはエリアフ・インバル指揮、東京都交響楽団によるマーラーの交響曲第3番演奏会を聴くために休暇を取り、妻と支部の面々(オノちゃん、ヨッシー)とで一路東京はサントリーホールへと向かったのである。同じく、細君と同行する予定にしていたハットリくんは、病み上がりということもあって新幹線で東京へ向かう手筈になっていた。

出発時、Twitterに東京行きのことをツイートすると、何と内田先生も朝から東京へ向かう旨ツイートされていた。講演される場所や時間等をお聞きすると、残念ながら東京での合流はできそうになかったが、それにしてもなんという奇遇。

平日の東名高速道に渋滞はない。すいすいと走って御殿場を過ぎると、何と周囲が雪景色に一変した。「まるでスキー場へ行くみたいですね」とはヨッシー。でも、その雪も神奈川県に入ると嘘のように消えた。しかし、代わって渋滞情報が入ってきた。どうやら、横浜町田ICを過ぎた辺りで事故が発生したらしく、その処理のため横浜町田〜青葉IC間がインター閉鎖されている関係で、横浜町田出口が渋滞しているらしかった。「何とか通過するまでに事故処理が終わりませんかねえ」とは運転しているオノちゃんの弁。
走行するほどに、だんだんと渋滞の気配が濃厚になってきた。とりあえず行けるところまで行ってみようということになったが、何と横浜町田ICの直前で逆に車の流れが早くなってきた。どうやら閉鎖が解除されたようだった。なんともラッキーであった。そのまま東名〜首都高を経て、その日宿泊することにしていた赤坂のホテルへ。
チェックインにはまだ時間があったので、車と荷物を預けてまずは昼食に。

案内役は、学生時代を東京で過ごしたというオノちゃんとヨッシーであった。
彼らの計画では昼食は上野のアメ横でということだったので、言われるがままに地下鉄の切符を買い、階段を昇降し、電車に揺られた。程なく上野に到着。
ヨッシーおすすめの「藪そば」にて、まずは板わさとビールで東京到着を寿ぐ。もちろん、お蕎麦は得も言われぬ上品なお味であった。
すっかりお上りさん気分になって、そのままアメ横を散策する。
自分は、基本的にこういう場所が大好きだ。以前、香港に行ったとき「ここ、夢で見たことある」と思う場所がいくつもあった。たぶん、前世は香港にいたのだと思った。バスに乗っても、他の人たちが「ホテルはここで降りるんじゃないの?」と主張しても、「うんにゃ、次の次で降りるのがいちばん近いだ」と確信して乗り続けると、事実そのとおりにバスはホテルの前で正確に止まったのだ。
だから、神戸は三宮から元町にかけてのガード下の商店街とかアメ横とかは、何とも言えない親近感が持ててしまうのだった。
ガード下の商店街で、以前から買おうかどうか迷っていた万年筆を見つけた。お店のおばちゃんとあれこれやりとりをして購入することに決めた。

それから、腹ごなしに御徒町から秋葉原まで歩き、さすがに電気店廻りをする気持ちは起こらず、神田神保町の古書店街へと向かうことになった。
途中、M大学の横を通った。すんごい高層ビルだった。「これが大学?」と思ってしまった。少なくとも、キャンパスって感じはなかった。それはそれで仕方のないことなのだろうけれど。都心の大学なのだ。
神保町に到着し、暫し古書店廻りをしてお茶。時間はだんだんと夕刻に迫っていた。早めにホテルへと戻って、簡単に腹ごしらえをしてから演奏会に出かけようということになった。またもや地下鉄に乗って赤坂へと引き返す。

午後6時。ホテルのロビーに降りると、ハットリくん夫妻が待っていた。そのままみんなで歩いてサントリーホールへ。いやはや、よく歩く日だ。
「初」サントリーホールである。入口の前で記念撮影して中に入る。テレビで見るのとはだいぶん違って、舞台側の2階席がずいぶん低い印象であった。

午後7時、指揮者のインバルが登場して開演。第1楽章、8本のホルンによる斉奏で始まる。
第3楽章。この交響曲の中で自分が最も好きな楽章である。何より、舞台裏で吹かれるポストホルンのソロ!学生時代の夏休み、夜明けに何度も何度もこの楽章を聴いたことを思い出した。
続く、第4楽章のアルトソロによる「ツァラトゥストラ」、第5楽章の女声と児童合唱。思わず、懐旧の涙が零れた。そうして終楽章のアダージョ。ため息が出た。
現在の日本で、これだけのマーラーを聴かせてくれるのは、インバルと都響しかないのではないか。そんな思いを再確認したすばらしい演奏会であった。

終演後、ホール出口で待ち合わせていた娘と合流して、近くの居酒屋へ。特上の演奏に旨し酒。酔わない道理はない。そこから横浜へと戻る娘を地下鉄六本木一丁目駅まで送りつつ、アークヒルズ近くのほぼ満開に近い夜桜をバックに家族で写真に収まる。忘れがたい夜になった。

翌日は、これまた楽しみにしていた築地市場へ。途中、「ん?この建物見たことある」と思たのは首相官邸だった。赤坂から築地までは数キロ。車で20分程度の近さだ。さっそく車を駐車場へと入れて市場へ。
魚市場とばかり思っていたが、市場にはいろんなものが商われていた。包丁、長靴、調味料、野菜、お茶…。既に行列のできている鮨屋。鮨店ばかりでなく、カレーやラーメン店もある。まさに「アジアの市場」だった。
一頻りお店を廻ってこれで終わりかと思いきや、人の波が流れていく方向へと向かうと、さらに乾物や魚介類を商う店が現れた。そこで乾物やら漬物やらを購入し、まだ昼少し前であったが、「かん乃」というマグロ丼のお店で昼食。もちろん、味は言を俟つべくもなかった。
かくして、「初」築地の半日は、例えようのない満足感とともに長く記憶に留められることとなったのであった。

かように充電して迎えた新年度。充実したオフがあるからこそ、オンも頑張れるということであろう。
また新学期が始まる。