8月17日(月)
はじめにお礼を。
静岡県で震度6の地震!ということで、各方面からお見舞いのメールやら電話やらをいただきました。ありがとうございました。
幸にも、手前の住んでいるところは震度4で、「おおお、揺れてるじゃん」程度で済みました。津波も、拙宅は海岸からずいぶんと離れているので、特に心配はありませんでした。おかげさまで、息災にしております。ご心配をおかけしました。
さて、その地震のあった日の午後からは、今年で第18回になる「浜松オープン中学校選抜ソフトテニス新人研修大会」に参加するチームが浜松入りしてきた。
直前、こちらの様子を確認する電話も入ってきた。
「先生も、オノ先生も、ヨシダ先生も、誰に電話しても出はらへんから、もうみんな死んでるんちゃうかと思てましたわ。」と、京都NJ中のミヤタ先生。「で、行こうかどうしようか迷てたんですわ。」
東名が東京~豊川間通行止めとか、新幹線も運転見合わせとか報じられれば、当然そのように思うであろう。同様の電話が、その後も何件かかかってきた。その度に、「ご心配ありがとうございます。おかげさまでこちらは地震の影響は全くありません。予定どおりに大会は実施します。」とお答えした。
その日の夜は、例年の居酒屋から趣向を変え、最近よく行く中華料理店にて「前夜祭」。
いちばん安価なコース料理と飲み放題を頼んでおいたのだが、料理の品数は食べきれないくらいだったし、飲み物は基本的に何を飲んでもよろしいとのことで、参加者一同大いに健啖ぶりを発揮して、四川風料理の数々に舌鼓を打ちつつ、やれ焼酎だのサワーだのと過ごしたであった。その割には、会計はびっくりするくらいに安価であった。
翌日から大会が始まった。初日は団体戦の予選リーグと、順位別の決勝(予選1,2位)・研修(予選3,4位)トーナメント。
今年は、和歌山県から初参加の学校もあり、県外からは男女合わせて199名の選手が参加しての大会となった。特に、男子の参加校が多く、そのため地元の出場枠をある程度限定しなくてはならない事態も出来した。それだけこの大会も認知されてきたということであろうか。
確かに、この大会に参加している選手の中からは、毎年のように翌年の全国大会に出場する選手が出ている。それだけレベルの高い選手と指導力のある監督が集っているということである。
それに、ほとんどの大会は負ければそこで終了となるのだが、この大会は負けてもそこから空きコートを利用して「負け負け」の対戦も組まれている。とにかく、たくさん試合をさせようという目論見である。それも、この大会に参加したいという学校が多くなる理由の一つなのかもしれない。
地元浜松から参加している学校の監督は、ほとんど自チームの面倒を見ることができない。それぞれ運営のスタッフとなっているからだ。試合進行、コート主任、宿泊担当、会計等、その仕事の合間に選手を指導することになる。
ずっと付ききりにできない分、十分な指導ができないところはあるのだが、それでも大会期間中を通して選手はぐんと上達する。それだけ刺激を受ける選手が周囲にいるということなのである。それも、この大会の一つの大きなポイントとなるところである。
夜は、これもお決まりとなったホテルコンコルド浜松にて懇親会。
各地区の様子や、具体的な指導法について情報交換したりできる得難い機会である。特に、若い顧問の先生たちはこのような機会をとらえて、ぜひ自分の指導力をアップするためのきっかけにしてほしいものだ。それほどに、刺激的な?顧問の先生が集まっていると思う。
この日の夜は、3次会まで。ただ一人大阪から駆けつけてくれたシモムラ委員長も囲んで、ソフトテニス談義は深更にまで及んだのであった。
大会2日目。午前中に団体戦のトーナメント決勝までを行い、午後から個人戦の予選リーグに入る。それぞれ順調に試合を消化して、何とか予選リーグ終了間際のところまで進行することができた。何より、てきぱきと進めてくれた進行係のおかげと思う。本校から参加した3ペアは、2ペアがそれぞれ1,2位で決勝トーナメントへと駒を進めることになった。監督不在でも、よく頑張ったと思う。
大会最後の夜は、前日のホテルコンコルド浜松のすぐ裏手にあるレストランにて、バイキング形式の小宴。自分の食べたいものを好きなだけ食べられると好評であった。もちろん、ビール等は2時間飲み放題。3夜目であったが、みんな元気である。其処此処のテーブルで、ソフトテニス話に花が咲いていた。ほんとうに心からソフトテニスの指導を愛している人たちである。
そうなのだ。この大会を運営しながらいつも思うことなのだが、こうして倦まず弛まず熱心にソフトテニスを指導している人たちと同じ時間を過ごすことこそ、何よりの刺激になるのだ。
ともすると、現今のジュニア全盛時代に、「いくら指導したって所詮ジュニアには勝てないじゃないか」と挫けそうになりがちなのだが、そんな弱気になりそうな気持ちを奮い立たせてくれるのが、この大会に参加してくださる指導者の先生方なのである。
例えば、京都S中のA先生。2年生が数少なく、1年生主体のチーム編成であっても、決して指導を投げることなく一つ一つ厳しく丁寧に指導している。この大会の期間中、会場であるテニスコートへはいつも一番乗り。どこよりも早く練習を始める。そのあまりの練習の厳しさに、つい入部者が遠慮がちになって部員が十分に確保できなくとも、そんな事情を承知の上で入部してきた生徒はとことん面倒をみるという姿勢が貫かれておられる。頭が下がる思いだ。
また、今回初参加の和歌山S中のK先生や、三重M中の先生。閉会式後も、コートが使用できる午後5時めいっぱいまで地元校に声をかけて練習マッチを行っていた。
そんな先生方ばかりなのだ。
地元の、特に若い先生たちには、そんな先生たちの指導にかける熱い思いを感じ取ってほしいと思う。そんな気持ちにさせられるからこそ、18年も大会をやって来られたのだ。
そんなことや、来年もぜひ今大会参加選手の中から全国大会へと駒を進める選手が出てくることを切に願いつつ、3日間の大会を終えた。