スーさん、マーラーを聴く

6月29日(月)

週末の金曜日は夕刻から静岡市へ。
大植英次指揮ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーによる、マーラーの交響曲第9番の演奏会を聴くためである。会場は、JR東静岡駅すぐ側にあるグランシップの中ホール・大地。
この公演のことは4月に生徒向け案内のパンフレットで知った。「ん?なになに、大植英次のマーラー9番!?」と思ったのはわけがある。

大植英次によるマーラー9番の演奏会は、じつは大阪フィルの定期で聴くつもりだった。確か2年前のことだったかと思う。
何とかチケットを入手しようと画策してみた。今まで、マーラーの9番は実演を聴いたことがなかったし、学生時代に何度か聴いたことのある大阪フィルが演奏するということも魅力だったから、どうしても聴きたかったからだ。
が、残念ながらチケットは完売だった。仕方がないので、キャンセル待ちのチケットをお願いしておいた。
とある日、大阪フィルのチケットセンターから電話が入った。「チケットをご用意できますが」と言うではないか!「お、お願いします。曲目はマーラーの9番ですよね?」と確認すると、「申し訳ありません、当日は曲目が変更になっておりまして、指揮者が変更になったことから曲目も変更されております」と言う。どうやら、指揮者である大植がリハーサル中にケガをしたとかで、大植によるマーラー公演は中止になったらしかった。マーラーでなければわざわざ大阪まで聴きに行くことはない。「なら結構です」と電話を切った。

そんな経緯もあっての今回の大植英次によるマーラーの9番である。しかも、会場は静岡市だから近い。もう演奏するオケがどこのオケであろうが関係はない。妻にも、その日はできれば休みを取るように連絡して、すぐにグランシップのHPからチケットの予約をした。
そんなコンサートの案内を支部のオノちゃんやらヨッシーやらに話すと、「われらも行きたいっす」ということになり、各々着々とコンサートに行く準備は整えられていったのであった。

指揮者の大植英次を見るのは初めてであった。写真よりやや小柄な印象であった。
第1楽章、アンダンテ・コモド。ゆったりとしたテンポで曲が始まった。いい感じだった。まるでマーラー自身のため息をあらわすかのように、味わい深く演奏されてゆく。「ああ、これだ、これがマーラーの響きなんだよなあ」と実感させられる。314小節「最高に暴力的に」吹き鳴らされるトロンボーンの斉奏も迫力があった。何より、オケが実力十分というところを見せつけてくれた1楽章であった。いい感じだった。

第2楽章。ずいぶんとゆったりしたテンポで始まった。この楽章は、「緩やかなレントラー風のテンポで、いくぶん歩くように、そして、きわめて粗野に」という指定がされている。
「レントラー」なるものがいかなる踊りかよくは知らないし、もちろん見たこともない(かの「サウンド・オブ・ミュージック」でマリアとトラップ大佐の踊ったのがレントラーらしい)が、少なくとも「踊れる」テンポで演奏しないといけないであろう。でも、「このテンポで踊れるのだろうか?」と思えるほどに、テンポはゆっくりだった。まるで、第1楽章の続きを聴いているようであった。
そのテンポを保ったまま大げさな身振りで指揮をしているのを見ていると、だんだんイライラしてきた。この楽章が持つ軽妙さがまるで感じられない。そのうちにテンポアップするのかと思っていたが、そのままのテンポを保って第2楽章は終わった。

続いて第3楽章。指定は、アレグロ・アッサイ=「非常に速く」だ。でも、テンポは遅かった。相変わらず、第1楽章に近いテンポだ。でも、どうして?
「グランシップマガジン」の記事によれば、大植は高校のオーケストラを指導していた際、「メトロノームと小節線は演奏の敵ですよ」と言っていたらしい。それはいいのだけれど、だからと言って作曲者が意図したであろうテンポの指定を無視してよいというわけではないと思うのだが。
この楽章、「ロンド=ブルレスケ」と題されている。「ブルレスケ」とは、「道化」である。でも、あまりにゆっくりしたテンポでは、道化を演じるためには鈍重過ぎるように感じられてしまうのだ。617小節からのコーダは、「プレスト」=「きわめて速く」という速度指定である。でも、演奏はアレグレットくらいであった。

そもそも、この第2,3楽章について弟子の一人であったウィレム・メンゲルベルクは、それぞれ「恐るべきユーモア」(第2楽章)、「最後のユーモア」(第3楽章)と表題を付けていた。もちろん、そのユーモアは、シニシズムに裏打ちされてのものである。あまりに鈍重なテンポによる演奏では、そんなシニシズムが十分に表現できないように思えてしまう。もしかして、テンポの設定者=指揮者は、この第2,3楽章をメンゲルベルクのようにはとらえていなかったということなのだろうか。

第4楽章が始まった。第1楽章から続いたゆったりとしたテンポで、弦楽器が美しい音色を奏でる。オーケストラの弦楽器奏者たちも、思いをこめて弾いているのがよく伝わってくる。
少しずつディミヌエンドしながら、かつてこの曲を初演したブルーノ・ワルターが「青空に溶け入る白い雲のよう」と表現したコーダへ。“ersterbend”(死に絶えるように)と記された最後の小節。息を詰めて最後の和音を聴く。長い沈黙の後に指揮者の両手がゆっくりと下ろされて曲が終わった。

両端楽章の演奏はすばらしかったと思う。でも、曲全体の構成を考えた際には、第2、3楽章の遅いテンポは評価が分かれるところではなかろうか。
以下、敬愛する指揮者であるフルトヴェングラーの言葉を、その著『音と言葉』(新潮社)から引きたい。
“一つの部分から他の部分がいかにして自己を展開してゆくか、その必然的、論理的な成果、又それらを推理することによって、次第々々に考察者の内心の眼の前に本来作曲家を導いて行った全作品をつつんでいるあの幻想が、再びくっきり光を浴びて登場しはじめるとき、—そのときこそ、而もただそのときにこそ、—総ての個々の部分は突然それらにふさわしい性格を与えられ、それぞれ必至の場所を獲得し、全曲の内部に於いてはたすその正当な機能を、その色彩を、そのテンポを持つことになります。
(…)事実総て、一つの作品にとっては、唯一の解釈、唯一の演奏しか存在しませぬ。つまり、その作品のもって生まれた、その作品に即したふさわしい「正しい」演奏しか存在しないのです。—表面的な瑣細な例外もあるでしょうが取るに足りませぬ。従って演奏の場合、不安な「個性的な」審美感をふりまわす疑わしい指揮に信頼する必要もなければ、同様に「楽譜に忠実な演奏」と言う気楽な石橋をたたいて渡る方式を利用する必要は少しもありません。”(195〜198頁)

フルトヴェングラーの言われる「正しい演奏」とは、「作曲家を導いて行った全作品をつつんでいるあの幻想が、再びくっきり光を浴びて登場しはじめる」ときにこそ実現されうるものである。
常にそのことを念頭に置いて「正しい演奏」を目指した指揮者の演奏であるからこそ、フルトヴェングラーの演奏はいつまでも私たちの心をとらえて離さない。
はたして、今回の演奏はそんな演奏であったのかどうか。もちろんこれは、今回の指揮者とフルトヴェングラーとを比較しているのではない。演奏論としてどうかということを問うているつもりだ。

もう一つ、演奏中の指揮者の身振りが気になった。これについても、フルトヴェングラーの言葉をご紹介しておきたい。
“まず第一に言わねばならないのは、指揮者の身振りはオーケストラに向けられ、オーケストラのために定められたものだということです。それは目的をもった身振りなので、正しいかどうか、良いか悪いかは聴衆への効果からではなく、それがオーケストラからどのような音を引き出すかによって示されるものなのです。(…)それは、もっぱらオーケストラに向けられているがゆえにこそ、聴衆に対しても何かを訴えることができる。元来聴衆のものでないからこそそれは聴衆に対してより深い意味をもつのです。”(『フルトヴェングラーとの対話』カルラ・ヘッカー/音楽之友社、154〜155頁)

これは、指揮者たるものが常に座右の銘として弁えておかねばならない言葉であろう。というのは、こういうことはともすれば指揮者が陥りやすい陥穽ではなかろうかと想像されるからだ。
私たちは、指揮者を見に行っているのではない。その指揮者によって演じられる作曲者の曲を聴きに行っているのである。

事ほど然様に、演奏=再現芸術というのは難しい。
そんなことを考えさせられた演奏会であった。