スーさん、シルヴィ・ギエムを見る

2月2日(月)

土曜日は、市内中学校ソフトテニス1年生大会(団体戦)。この試合の結果で、新人大会のシードが決まるというけっこう重要な大会である。
前日は午後から雨。天気予報では、土曜日の降水確率が終日80~90%であると報じられていた。
大会本部からは、雨天ならば試合は中止、翌週の土曜日に試合形式を改めてトーナメントで実施するとの連絡が入っていた。
「ま、雨だろうなあ」と高を括っていたが、選手たちには晴雨どちらでも対応できるよう確認をしておいた。

その土曜日は、夕方から名古屋でギエム!であった。開演は午後6時。余裕をもって会場入りしておきたいから、浜松を午後4時発の新幹線で行こうということで妻とは打合せをしておいた。雨は夜に入ってさらにひどくなっていた。かなりの確率で試合は中止になるだろうと思っていた。

ところが…。
土曜日の早朝は、大会本部からのメールで目が覚めた。「1時間遅れで大会を実施します」との内容だった。起き抜けの目を擦りながら何度もケータイの画面を見直した。冗談だろって。すぐに窓を開けて外を見た。雨が降っていた。おい、雨降ってんじゃんか!それでもやるってのかよう。
大会役員の一人、シンムラくんに電話を入れた。「なあ、ホントにやんの?だって、まだ雨降ってるぜ」
「ハイ、僕も中止にしましょうって意見を言ったんですが、実施するということになってしまいました」と申し訳なさそうな返事であった。仕方がない、自分で確認しようとメールの送り主のところに電話をかけた。
「雨止むって予報なの?」「ハイ、9時には曇りになるとの予報です」「でも、もし午前中雨だと選手の居場所がないよ?そうなったらどうすんの?各校カゼも流行っている時期でもあるしさあ」
でも、決定は覆りそうになかった。1年生の選手責任者のところには、「まだ雨降ってるけど、試合はやるってことだから、今からすぐに他の選手に連絡して、8時半までには試合会場に集合な」と電話を入れた。
8時。何と雨が上がって日差しが出てきた。自分の願望で天気を予想していた不明を恥じた。試合会場へ行き、まずは本部席まで出向いて今朝ほどの無礼を詫びた。

この日の試合は、予選リーグと決勝トーナメント2回戦まで。
本校の第1試合の相手はシンムラくんのとこ。3番勝負のタイブレークまでもつれたが、何とか勝つことができた。
第2試合、トップはストレート負け、2番もゲームカウント0-2まで追い込まれたが、そこから盛り返してタイブレークに追いついて勝ち、3番勝負となった。
時計を見ると、午後2時半。後のことを考えると、試合会場を出なければならないタイムリミットぎりぎりだった。副顧問と2年生たちに後を託して、急いで自宅へと戻った。
着替えて自宅を出ようとしたところへ副顧問から電話が入った。3番勝負もタイブレークまでもつれ込んだが、何とか勝つことができたとのうれしい報告だった。よかったよかった、これで予選リーグは1位抜けすることになった。

浜松駅で妻と待ち合わせ、新幹線で名古屋へ。
名古屋到着の直前、副顧問から再び電話が入った。「先生、すみません。負けてしまいました」とのことだった。シードだったから1回戦はなかったのだが、2回戦でシード下の学校に負けてしまったらしい。
でも、大会前は予選リーグ敗退も覚悟していたから、上出来の結果であったと言えよう。

さて、ギエムである。
会場は愛知県芸術劇場大ホール。愛知芸術文化センター内にある。地下鉄の栄駅を出ると、目の前が愛知芸術文化センターである。圧倒されるくらいに大きい。
ホールは、東京上野の文化会館を思わせた。コンサートだけでなくオペラ等を鑑賞するにも適している印象であった。客席数は2500。チケットの席は、3階席の第2列ほぼ真ん中。3階席とは言え、舞台全体が見渡せるわりに舞台との距離感は感じられないよい席である。ま、S席だしね。
せっかくだからとプログラムも購入することにした。

いよいよ開演。客席はほぼ満席である。
第1部は、「ギリシャの踊り」。実際に生のバレエを見るのは初めてである。最初の方こそ物珍しさもあってじっくり見ていたが、ミキス・テオドラスの音楽が単調なことと、間にソロが入っても同じようにしか見えない踊りが続いたこともあって、「ふーん、バレエってこんなものなんだ」という印象であった。逆に、そんなバレエとギエムの踊りとどう違うのかいっそう興味深くなった。

休憩後の第2部は、バルトークの「中国の不思議な役人」。
これは舞台装置も第1部とだいぶん違って、思わず見入ってしまう踊りであった。
やっぱり、バレエってクラシック音楽との方が相性いいような気がした。曲については、今まで何度も聴いていたが、「ん?こんなパッセージあったっけ?」と思えるところが何カ所かあった。「バレエ版」とかあるのだろうか。それとも、単に演奏の違いなのだろうか。とにかく、これは楽しめた。

第3部、待ちに待ったギエムである。
ホールは、非常灯も消され漆黒の空間となる。その中、スネアドラムの刻むリズムに合わせて、手首から先だけにスポットがあたる。続いてもう一方の手にも。やがて音楽の進行に連れて舞台全体が明るくなる。ステージ中央に設えられた丸い祭壇のような赤い円卓上で、規則正しくボレロのリズムを刻みながら踊るダンサーが照らし出される。ギエムだ。

ゆっくりゆっくりクレシェンドしていく音楽は、時にソロ演奏者のテンポが揺らぐことがある。が、ギエムが身体全体で刻むボレロのリズムは、まるで身体の中にメトロノームを持っているかと思うほどに正確だ。
一つ一つ皮をむくように変奏されてゆく音楽に合わせて、ギエムの踊りも自在に変容していく。

もしも、踊りを最初から最後までずっとカメラで連写したとしても、その1枚1枚の写真はどれも見事な写真になっているであろう。それほど、踊りのどの一瞬を切り取ってみても間然とするところはない。
完璧なのだ。

途中から周囲に座っていたダンサーが踊りに加わってくるのだが、目はギエムに釘付けにされたままである。まるで、踊りながら何かを語っているかのような気がするからだ。
もちろん、踊り手は何も言葉を発しはしない。だが、え?なになに?何て言ってんの?と思わず身を乗り出して耳を峙たせたくなってしまうのだ。
彼女が語っているのは、おそらく神の言葉だ。
赤い円卓は、まさに祭壇だった。
巫女が踊っている間だけ、その祭壇から別世界への通路が開かれている。そんな気がした。

クライマックス、そして割れんばかりの拍手、カーテンコール。
私たちが目にしたのは、たぶんバレエではない。バレエと名づけられた、バレエとは別の何かであった。

興奮も醒めやらぬまま、すぐに浜松へと取って返した。
浜松では、いつもの支部メンバー(オノちゃん、ヨッシー、シンムラくん、ヤイリくん)に「忍者」ハットリくんも加わって、「ギエム体験」を聞こうと手ぐすね引いて待っていてくれたからだ。
初めは駅周辺で飲もうということだったが、既にできあがっていた面々からはいつもの旗亭「まこと」で待つとの連絡が入った。そのまま妻を伴って直行する。

まずはビールで空腹を癒やし、つい先ほどまでのうまく言葉にならない経験を、少しずつ言語化して確認しながら話をしていく。
何がうれしいって、こうして話ができる仲間がいるということが何より幸せである。
空腹も手伝って、ビール&焼酎は急ピッチで摂取され、気づけばあっという間に三更。酔いの回るのが早かったのは、もちろん空腹も手伝ってのことではあったろうが、ギエム体験に酔ったこともあろう。

生涯忘れ得ぬ、すばらしい夜となった。