スーさん、マネジメントについて考える

6月23日(月)

市内大会団体戦の予選リーグが次週の土曜日に迫ってきた。この時期はいつもそうだが、天気予報を逐一モニターしつつ、雨のときには練習場所をどう確保するかということが焦眉の急となる。特に、練習の稼ぎ時である土日は尚更だ。

その土曜日は、朝から雨は降っていなかったのだが、夜来の雨でコートには水たまりがあり、すぐには使えそうにない。仕方がないので、午後から練習することにした。しかし、その午後もすぐにはローラー掛けもできそうにない。しばらくサーブ練習を行い、頃合いを見てコート整備。その後は、夕方まで雨は降らなかったので、何とか練習をすることができた。

夕方からは、いつものまことにて小宴&支部定例会。前週でバカ勝ちしたオノちゃんは不参加。そのオノちゃん、今のところ身辺にそう不穏な動きはないようである。この日は、手前がオノちゃんに代わり6戦して4勝。トータルのプラスは800を超えた。それでも、前週のオノちゃんの勝ち分に比べれば、高々3分の1程度である。勝ってもこの程度に収めておくのが大人の分別というものであろうし、勝ち運を逃がさない便法でもあろう。

明けて日曜日は朝から土砂降りの雨。とりあえず学校へと出向き、コートの排水状況を確認してみたが、とてもコートは使えそうにない。前日、ヨッシーからは市営コートが夕方5時からなら空いているとの情報は得ていた。さっそく確認して、コートを1面予約しておいた。あとは夕方になって雨がやむのを待つだけである。

練習がないと、多少は時間にも余裕ができる。その日、妻は仕事が休みであった。午後からミニコンサートを聴きに出かけるという妻を送りがてら、イタリアンの店で昼食を共にする。そのまま家に帰って昼寝。小1時間ほどで起きると、今度は「お迎えお願い」メールが入っている。こういうときくらいは、妻のアッシーくんをしても罰は当たるまい。

その夕方。雨は小降りになってきた。空も、心なしか明るくなってきたようにも見える。判断に迷うところだ。でも、結局練習は取りやめにした。途中で雨が降ってきて、そんな中で練習を敢行した結果、選手たちがコンディションを崩してしまっては元も子もないと思ったからだ。おかげで、久しぶりに妻と早めの夕食をとることができた。

そして今日。今日は終日出張であった。市の総合教育センターにて開催された小中の教務主任研修会に参加するためである。お題は、「学校組織マネジメント」。こういう言葉(「マネジメント」)が用いられるようになったのは、ここ10年ほどのことであろうか。学校現場にも、企業管理経営の理論を導入しようとの試みであろう。

それについては、手前はどうも違和感がある。企業では経営管理理論がうまく機能しているからって、それが学校現場で機能するかどうかというのは、また別の問題であるように思うのだが。経営管理とは、「人に働きかけて、協働的な営みを発展させることによって、経営資源の転換効率や環境適応の能力と創造性を高めて、企業の目的を実現しようとする」(@Wikipedia)ことなのだが、それは企業の至上命令である生産性を上げるために行うものである。学校は、生産性を上げるために存在しているのではないと思うのだが。

確かに、“経営管理とは、企業活動を円滑に行うとともに、企業の目的を達成するために、「ヒト・モノ・カネ・情報」の4つの経営資源を調達し、効率的に配分し、適切に組み合わせる、といった諸活動のことである。特に、主体的に行動する「ヒト」(人的資源)が重要であり、これに上手く働きかけて、組織化し協働させたり、活性化させ(もしくは能力を発揮させ)たりするようなシステムを如何に構築するかということが主要な課題となる。”(@Wikipedia)と説明されれば、「おお、これって学校でも使えそうじゃん!」と考える人がいても不思議ではなかろう。学校だって、立派な組織体だからだ。

でも、やっぱり、私たち教員が「人的資源」ととらえられ、学校にとって「生産性を上げる」=「生徒の学力の向上を、対外テストの結果や進学実績によって評価」ととらえられたのではたまらない。内田先生もよくおっしゃっておられるが、学校というところに市場原理は馴染まない。マネジメントの研修を行うのであれば、その理論的背景や関連性を示してからにしてほしいのだが。

研修は、午前中が「これからの学校づくりと学校組織マネジメント」という題目で、名城大大学院の木岡教授による講義。なかなか説得力のあるプレゼンであったが、やはり「どうして学校に企業の経営管理理論を持ち込む必要があるのか」という説明はなかった。もはや自明のものということなのか。

昼食休憩を挟んで、午後は「いい授業とは?」ということをテーマにしたグループ演習。以下のような手順で行われた。
(1)「いい授業」というものを、「子どもにとって」、「先生方にとって」、「保護者にとって」、「その他の人たちにとって」と分けて考え、それぞれ色分けした付箋紙に記入する。(ブレインストーミング)
(2)記入した付箋紙を、同じような内容ごとに模造紙に貼付けていく。(KJ法)
(3)それぞれの付箋紙のグループを、「自動詞」を使って表現する。(ネーミング)
(4)グループ間の関連を考える。(マネジメントサイクル化)
(5)模造紙に題名を付ける。

続いて発表。これは、ポスターセッション形式で行われた。こういう発表となると、とたんに小学校の先生方は力を発揮する。模造紙に絵を入れたり、色分けしたりと、模造紙がどんどんビジュアル化していく。内容は、どのグループもそう大差ないのだが、まとめ方とその表現の仕方にはずいぶんと差があった。これは勉強になった。

でも、最後まで「なぜ学校現場に企業の経営管理理論が必要か」という説明は聞かれず仕舞いであった。そんなこと、自分で勉強しろってことなのだろうか。喉に棘が刺さったような違和感が残った。学校って、いつから企業とおんなじになっちゃったんだろう?

そうだ、そう言えば、つい最近めでたくも経営学のドクターとなられたかんチきくんがいたっけ。かんチきく〜ん、今度神戸に行ったら教えてね〜、「マネジメントの手法は学校現場に必要や否や」。コメントでも結構で〜す。