スーさん、春の遠征

4月21日(月)

日曜日は、「第24回近県中学校団体選抜ソフトテニス大会」に参加するため、愛知県は名古屋市にある県営口論義運動公園テニスコートまで遠征。この大会は、愛知県中体連ソフトテニス部の役員が中心になって、愛知県内各地区の有力校の更なるレベルアップのために、岐阜・三重・静岡・滋賀・奈良からそれぞれ県代表校1校ずつを加えて開催している大会である。愛知県のソフトテニス部委員長から、直接静岡県の委員長へと参加依頼が来て、そこから該当校へと連絡が来る。そんな経緯もあるので、おいそれとは断ることなどできず、ありがたく「へい、あっしのところでよろしければ、喜んで参加させていただきやす」と返事をすることになる。

件のテニスコートまでは、ちょうど1時間ほど。「愛・地球博」が開催された長久手会場のすぐ近くである。この時期は、道中、東名高速から見える山々の滴るような新緑が美しく、随分と和やかな気分にさせられる。まさに、「山笑う」という感じだ。あの雪の多治見遠征からまだ2ヶ月。こうも違うものかと思ってしまう。自然の営みのすばらしさに感歎させられる思いだ。

会場の駐車場に到着して、ふと横を見ると、どこかで見たような人物がいる。すかさず窓を開け、「お~い、○谷く~ん!」と呼びかける。相手も破顔一笑、2年間の久闊を述べ合う。○谷先生とは、かつて全国大会出場をかけ東海大会で3度対戦した好敵手同士である。昨日の敵は今日の友。対戦後は旧知の間柄のようにつき合うようになったが、その○谷先生はこの2年間行政職へと転出せられ、子どもたちの指導からも離れていた。聞くと、以前勤務していたY中に出戻ったとのこと。何よりである。

さて、試合は参加計18チームが、3校ずつ6ブロックに分かれての予選リーグと、リーグ1位校のみによる決勝トーナメントで行われた。どこの学校もこの時期はそうなのかもしれないが、本校は先週火曜日から木曜日までが修学旅行であった。翌日の金曜日は雨のため練習ができず仕舞。大会前日の土曜日も、学校のコートはまだ雨水が引かずに使用不可だったのだが、幸いシンムラくんとこがいつもの人工芝コートを借りていたため、無理にお願いをして一緒に練習をさせてもらうことにしたが、結局大会前日に半日練習しただけで試合に臨むということになった。

今回の試合では、テーマがいくつかあった。具体的な戦術のことはとてもここでは書けないが、3番勝負を任せられるペアをある程度確定したいことと、今回団体戦で初めて起用する選手がどの程度のパフォーマンスを見せてくれるかということが中心であった。

予選リーグ第1試合、3月末の全国選抜で3番を任せたペアをトップに起用してみた。ところが、これがどうもピリッとしない。第1試合ということもあったのかもしれないが、それにしても低調な試合ぶりであった。これではとてもトップには起用できないと思った。続く大将ペアは難なく勝って3番。このペアの片割れが今回の新戦力である。どうかと思っていたが、まずまずどころか、落ち着いて上々の試合ぶりであった。安心した。

続く第2試合は接戦になった。トップは、第1試合で3番に起用したペアを出したところ、すばらしい試合ぶりでストレート勝ちしてくれた。これで団体のトップはほとんど決まりとなった。ところが、続く大将ペアが逆にストレートで敗退してしまった。相手がジュニア育ちのペアで試合巧者だったことを差し引いても、前・後衛ともにミスが多かった。やはり修学旅行明けで練習不足の影響があったのかもしれない。

3番勝負は、立ち上がりからテンポ良く2ゲームを連取したが、リードした気の緩みからか、続く第3ゲームを落として流れが悪くなった。第4ゲームがヤマ場になった。ポイントが行きつ戻りつしながらも、こちらが先にマッチを握る。左ストレート展開から、前衛がサイドにプレースメントされたボールをボレー、決まった!と思った。が、相手前衛選手のすぐ前にボールが落ち、それを切り返されて逆ポイント。このマッチを逃したのが響いてこのゲームを落とし、勝負はタイブレークへと持ち込まれた。

「最初の入り方が肝心だぞ」と送り出したのだが、その最初の2ポイントを落としてしまう。相手のミスにも助けられてポイントは取るのだが、どうしても2ポイント差が縮まらない。そのままポイントは3-5、そして4-6の相手マッチ。敗戦を覚悟した。選手たちの表情を見た。ところが、後衛選手は落ち着いていた。確実に1stサービスを入れて相手のレシーブミスを誘い、6-6の並行カウントまで追いついた。さらに次のポイントを前衛が決めて逆マッチ。最後は、後衛選手が相手前衛側のセンターにすばらしいバックハンドを打ち込んでゲームセット、崖っぷちから這い上がっての勝利であった。これで3番ペアが決まった。

決勝トーナメントは、各校の代表者がクジ引きをして対戦相手を決めることになっていた。6校しか残っていないのだから、当然2校はシードされる。ということは、シードくじを引けば、自動的にベスト4が決まるということである。「今日のラッキーボーイに引いてもらおう」ということで、相手マッチをしのいで3番勝負をものにした後衛選手に行ってもらうことにした。これが大当たりであった。ちゃんと第2シードを引いてきた。「運」ってあるんだと思った。これで次で負けても3位の賞状がもらえることになった。

その決勝トーナメント、相手は昨年末の東海ジュニアで負けている三重Y中であった。このY中、三重県内でも有数のジュニアの盛んな地区が学区である。当然、ソフトテニス部員は、そのほとんどがジュニア育ちの選手ばかりである。しかも、U-14の全日本チームに選ばれた選手もいる。3月末に行われた都道府県対抗戦でも、2組が三重代表として出場し、見事団体全国優勝を飾っている。そんな相手だから、前回の対戦でも、ほとんど為す術なく敗れていた。

あれから3ヶ月の余。こちらも、全国選抜等の試合を経験している。一方的にやられるにしても、前回とは多少違うところは見せられるのではないかと思っていた。事前に具体的な戦術の確認をして送り出した。互いに大将ペアががっぷり四つに組み合ってのオーダーである。試合は、2面同時進行で始まった。どちらのペアも健闘した。前回の対戦とは随分違う試合ぶりを見せてくれた。どのボールが通用するのかしないのかも、それなりに見極めることができた。

どのみち、夏に東海大会に出場できれば、再戦する可能性もある。Y中を破らなければ全国への道はない、と思っていた方がよいであろう。試合は、2組とも1ゲームを取るのが精一杯であったが、トップはかなり善戦できた。あわよくば、勝てるチャンスもあったと思う。でも、今は勝たなくてもいい。勝負は、あくまで夏である。

そんな本校とY中との対戦を、じっと見守ってくれていた先生がいた。かつて、自分がまだ顧問として駆け出しだった頃、練習試合に行かせていただいたことを契機にして懇意にさせてもらうようになり、指導のイロハをいろいろと伝授していただいた名古屋のM先生である。試合後、お気づきになったことをいろいろと教えていただいた。なるほどと思わせられることばかりであった。「先達はあらまほしきことなり」とは、まさにこのことである。おかげで、今後の練習のポイントもはっきりさせることができた。ありがたいことである。もしも夏にY中と再戦した暁には、勝ってこのご恩に応えたいと思う。

試合前に課題にしていたことが、ほとんど解決の方向を見出すことができたし、今後の目指す方向性もおぼろげながら見えてきた。有意義な大会であった。

さて、今月末は市の選手権である。いよいよ、3年生の中学校最後のシーズンが始まる。