スーさん、アメリカについて考える

2月25日(月)

先週に引き続き、本の紹介を。

『貧困大国アメリカ』(堤未果/岩波新書)のことである。

ふだん何気なく生活していると、「ふーん、今ではそうなっちゃったんだ」とか思うことがあるものだが、時にそれがどういうところから由来しているのかということを垣間見させてくれるものがある。この本は、そういう本だ。「垣間見える」のは、「市場原理」であり、「グローバリズム」であり、広く「資本主義」であり、さらにはそれらを担保しているであろうところの「一人歩きしている欲望」である。

本書は、アメリカの貧困層の生活ぶりにスポットを当てることで、それらの人々を喰い尽くそうとしている巨大で恐ろしい影を浮かび上がらせている。まさに、“「弱者」が食いものにされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、使い捨てにされていく”(9頁)人々がルポルタージュされている。

例えば、医療現場。全米医学生協会のジェイ・バット会長は、次のように述べる。
「自由を信奉するこの国では、一見、自由な医療システムが存在しているように見えるかも知れません。ですが実は政府の介入がないことによって医療費は増大し続け、不安定な医療供給が行われているのです。民主主義の国において、市場原理を絶対に入れてはいけない場所、国が国民を守らなければならない場所は確かに存在するのです」(94頁)
さらに続けて、
「民主主義であるはずの国で、持たぬ者が医者にかかれず、普通に働いている中流の国民が高すぎる医療保険料や治療費が払えずに破産し、善良な医師たちが競争に負けて次々に廃業する。そんな状態は何かが大きく間違っているのです」(95頁)

教育現場はどうなっているのだろうか。貧しくて大学に進学するための学資がない高校生に、「新兵リクルーター」たちが群がる。サインした新兵は、もちろんすぐにイラクへと送られる。「帰還兵センター」のスタッフであるティム・バートンの言葉は重い。
「若者たちが誇りをもって、社会の役に立っているという充実感を感じながら自己承認を得て堂々と生きられる、それが働くことの意味であり、「教育」とはそのために国が与えられる最高の宝ではないでしょうか?将来に希望をもてる若者を育ててゆくことで、国は初めて豊かになっていくのです。学びたいという純粋な欲求が、戦争に行くことと引きかえにされるのは、間違いなのです」(141頁)

これはアメリカの話なのだから、わたしたち日本人は「対岸の火事」として看過していればよいのか?日本でも、「規制緩和」・「自己責任」・「ワーキングプア」・「ネットカフェ難民」・「医療制度崩壊」・「派遣社員」・「教育格差」などという言葉が、メディアにはあふれている。筆者は、「役所がひどいから民営化」という安易な考えのもつ危険性を、アメリカ人から警告されたという。
“アメリカン・ドリームという言葉に弱いアメリカ人は、自由や競争=誰にも与えられる機会の平等だと思いこむふしがある。安易に民営化を支持したために、決して手をつけてはいけない医療や暮らし、子どもたちの未来にかかわる教育が市場に引きずり込まれてゆくことにブレーキをかけられなかったのだ(…)国が国民に対して持つべきこれらの責任を民間にスライドさせてしまうことが、いかに民主主義を破壊するかに気がつかなかったのだ”(198頁)と。

「相対性貧困率」とは、その国の格差レベルをあらわす指標だそうだが、「OECDにおける相対性貧困率ランキング」において、日本は栄えある第2位だったそうだ。もちろん、トップはアメリカ。これについて報じたメディアがあったのかどうかは知らないが、こうして日本においても急激に格差が拡大しているのは事実である。どうやら、わたしたちは範とすべき国を間違えてしまったようだ。アメリカの貧困の実態は、明日の日本の姿である。

では、どうすればよいのか。さしあたって、わたしたちにできることは何なのだろう?筆者は、「ガーディアン」紙コラムニストの言葉を引く。
“ジョージ・モンビオット・アレンは自著の中で、環境問題を救うのは技術ではなく、むしろ私たち一人ひとりが倫理観を変えることなのだと指摘する。賢い消費者ではなく、地球市民として、日々の自らの行動が世界全体にもたらす結果に責任を持つという倫理観が、一人の小さな行動を大きな力に変え、健全な地球環境を取り戻す一番の近道なのだと。”(195頁)
これは、環境問題のみならず、個がシステムに対峙していく際の基本的なストラテジーであろう。

「あとがき」の以下の言葉は、筆者の願いであり祈りでもある。
“無知や無関心は「変えられないのでは」という恐怖を生み、いつしか無力感となって私たちから力を奪う。だが目を伏せて口をつぐんだ時、私たちは初めて負けるのだ。そして大人が自ら舞台をおりた時が、子どもたちにとっての絶望の始まりになる。”(206頁)

少しでも多くの人に読んでほしい著作だ。