スーさん、医者にプチ切れ

8月7日(火)

弟のその後のことを、ご報告しておきたい。

昨年末に熱傷三度の重傷を負った弟も、その後数回の手術を経て、何とか一命は取り留めることができ、傷の回復と並行しながらリハビリに励む毎日を送っていたのだが、この4月に担当医から、「このまま入院されていても、リハビリの進捗状況も改善されないし、何よりご本人に治そうという強い気持ちを持ってもらうためにも、一度退院して通院しながら治療することをお勧めします」という説明があった。

その当時の弟の状況は(今もそう変化はないのだが)、歩行器を使用しても自力歩行が困難な状況であったから、それを聞いた両親は慌てた。
「通院って、どうやって…?」
「介護タクシーを使えばいいんですよ」
「でも、家も車椅子とかが出入りできるようにはしてないし…ベッドの用意も…」
「とにかく、そうやって本人が“周囲に迷惑をかけているから、今以上にリハビリをがんばらなくては”という気持ちになってもらうことが肝心なことなんです」

どうも腑に落ちない説明だったので、手前は以下のように質問した。
「ってことは、もうかなり治癒していると考えていいのですか?」
「そうなんです、あとは食事をしっかり取って栄養をつけ、リハビリをがんばってもらうだけなんです」
ホントにそうなのか、どうも母から聞く弟の様子と、医師の説明の状況とが一致しないように思われて仕方がなかった。

毎日病院に通って弟の様子を見守ってきた母は、その説明がどうにも納得いかないようであった。帰宅後、「あんな医者ってないよ。ひどい。まだろくに歩けもしないのに、病院を追い出すようなことを言う。足の傷だって、毎日ガーゼを替えたりしないといけないし、車椅子にだって一人では乗れないのに。それを全部家でやれっていうのかね!」と憤懣やる方ない様子であった。手前も同様の思いであった。

困った両親は、病院の相談窓口に出向き、一部始終を話した。話を聞いた窓口でも、「それはちょっとひどい話ですねえ」ということになり、担当医に話をしてくれた。すぐに退院して通院加療するという話はそれで終わった(と思った)。ところが、それから2ヶ月後、またしても同様の話が担当医から持ち出されてきた。さすがに今回は父親も堪忍袋の緒が切れたらしく、労災の関係者等に相談を持ちかけた。それら関係者からは、「前代未聞の話だ」と言われたそうだ。「そんなの、体のいい厄介払いじゃないか!」と。これで、話は別の病院を探す方向で進んでいった。

幸い、市内で内科医を開業している母親の甥っ子に相談したところ、自分が以前勤めていた総合病院に話をしてくれた。最初は受け入れを渋っていたようなところもあったのだが、院長先生のご厚意もあり、何とか受け入れてもらえることで話が決まった。

7月、浜松K病院へ入院が決まった。転院後は、弟もがんばって食事をとるようになり、体力を示す数値も徐々に高まっていった。7月中は大会が続いたこともあり、弟のこともしばらく無沙汰になっていたのだが、先日母が家に来て「今度6日に手術するから」と言う。「はあ?手術ってどういうことよ?」と尋ねると、どうやら手術に耐えうるだけの体力もついてきたので、臀部に残っている大きな傷に植皮の手術を施したいとのことで、それは現在入院しているK病院ではなく、浜松医大で行うとのことであった。

その手術が昨日行われた。午後2時から行われた手術は、7時近くになってようやく終わった。終了後に、医大形成外科の担当医から説明があった。比較するわけではないが、それまで入院していた浜松S病院の担当医よりは数段真摯な印象を受けた。とにかく、事故直後に運ばれたときからそうであるが、何につけS病院の医師たちはどうも居丈高な印象が強かった。そういう病院なのであろう。

浜松S病院は、人的、物的リソース豊かな、全国でも指折りの病院だそうだ。しかし、肝心なことを忘れてはいけないのではないか。言い古された言葉ではあるが、「医は仁術」である。豊かなリソースも、それを活用する「人」があってこそのことである。その「人」は、患者及びその家族から、「あの先生なら…」と信頼を寄せられるような人間性の持ち主でなければ困る。それは実際に患者やその家族と応対する際の身振りや言葉づかいに端的に表れてくるものなのである。少なくとも手前は、入院の必要に迫られても、絶対にS病院だけは選択肢の中に入れたくはない、ということを明言しておきたい。

弟も、これで8ヶ月以上に及ぶ入院となる。火傷の傷も癒えていないことから、リハビリも順調には進んでいない。思うように足も動かせないことから関節の拘縮も懸念され、最悪の場合、生涯車椅子のお世話になることも考えられるそうだ。でも、一度はなくなってもおかしくはないと思った命である。まだ生かされているのだから、そのことに感謝してこれからを生きていってほしいものだ。生きてりゃ、つらいこともあるけど、うれしいことやいいことも多いから。そうやって励ましていこうと思う。