至福の旅

11月24日(金)

休暇の前半、伊豆旅行が終わった。

何と贅沢な旅行であったろうか。「贅沢」とは、こういうことを言うのかと改めて実感させられた。

今回訪れたのは、伊豆の松崎から那賀川沿いに少し山間に入ったところにある「大沢温泉ホテル」である。正直申し上げて、今回の止宿で手前の「温泉宿」に対するイメージは一変してしまった。とにかく、すばらしい宿だったのである。

浜松から松崎へはおよそ250キロ弱。通常ならば東名沼津インターで下車して伊豆方面へと向かうのであるが、せっかくETCを装着しているのだから「通勤割引」を利用しない手はない(だって高速料金が半額!ですよ)と、ちょうど浜松西インターから100キロ弱の清水インターで降り、そこから国道1号線のバイパスを走ることにした。

別に急ぐ旅ではなし、「まあ、お昼を松崎で食べるくらいで行こっか」ってな旅である。助手席に乗った妻は、しきりとガイドブックを見ている。「へ〜え、美術館とかあるんだ、見てみたいな」とか、「ここ景色よさそうだな〜」などと独り言ちている。楽しそうで何よりである。

手前はと、運転する身には好きなバックミュージックが必要だと、出発前にあれこれ考えた末、ちょうど3時間ほどの音楽といえばこれしかない!とバッハの「マタイ受難曲」のCDをセットしてきた。何もねえ、妻と二人のドライブに、よりによって「受難曲」をかけていかなくてもいいだろうにとも思ったのだが、これがまた何ともいい雰囲気なのである(妻はどう思ったか知らないが)。

さて、沼津、三島を抜け、韮山から伊豆長岡を通って修善寺へ。天城越えの手前から船原峠を通って土肥へと降り、そこから西伊豆の海岸線を走る。途中、駿河湾越しに富士山が見え隠れする。岩場の多い景勝の地堂ヶ島を経由して松崎へ。ようやく昼食である。

ここでは、ガイドブックに載っていた地魚料理を食べることにしていた。長八美術館のすぐ向かいにある「さくら」というお店である。ここのお薦めは「鰹のまご茶漬け」。料理が出てくるまで、地元のさらし天草の心太(無料)を肴にビールを飲んで待つ。

ちょうど1本飲み終わったころに、件の「鰹のまご茶漬け」が出てきた。明日葉の天ぷらとご飯、味つき玉葱のスライスの上に丼を埋める鰹が乗っている。「玉葱がしなっとするまで、鰹と一緒にまぜてくださいね、で、半分だけご飯にかけて食べてください。食べ終わったら、残り半分をまたご飯にかけて、カウンターまで持ってきてください」とのことである。それにしてもすごい量だ。

言われたとおりに、鰹と玉葱をわしわしとまぜ、ご飯を半分だけよそって、その上にかけて食べてみる。う、う、うまい!あっという間に平らげてしまう。さらに残り半分をセットしてカウンターまで持っていくと、何とあつあつの魚スープをかけてくれた。これで「茶漬け」にするのである。鰹はあつあつスープで表面がやや白んでいる。刺身で食べるのとはまた違った味が楽しめるというわけだ。「こんなことならビールなんか飲まなきゃよかった」と後悔するほどお腹が満たされる。「これって、漁師さんたちが船の上で食べてたような感じの料理だよね」と妻。

飲んだら車の運転はできない。ここからホテルまではそんなに距離もないので、妻とドライバーを交代。「うう、食べ過ぎて、く、苦しい」と助手席に乗り込む。妻はプリウスを運転するのが初めてである。「ちょっと恐いなあ」と言いつつ、ナビに導かれてホテルまで。そのナビが「目的地周辺です、音声案内を終了します」と宣わった。「って言われても、ホテルらしきものないよねえ」と妻に言われるままに辺りを見回す。確かに普通の民家が建ち並んでいるような場所である。と、ちょうど土塀が切れたところにホテルの看板が見えた。「ここだここだ!」と左折したとたん、大きな水車が目に入る。そこが、目指す大沢温泉ホテルであった。

駐車場らしい駐車場もない。
「入口、どこ?」
目の前にある建物には「歓迎」と書かれている。
「あそこから入るんじゃないの?」
大きな木戸の一隅に、障子の戸があった。そこをくぐって中に入ると、大きな土間であった。右手がフロントである。誰もいない。呼び鈴が置いてあった。ちりんと鳴らすと、奥から人が出てきた。
「こんにちは、浜松のスズキです、あのお、車はすぐ前に停めておけばいいですか?」
「ようこそいらっしゃいました、今ご案内いたします」
こうして、贅沢な時間が始まったのである。

フロントを抜けると中庭である。廊下伝いに部屋へと案内される。静かである。部屋を案内してくれた従業員からいろいろとお話を伺った。荷物を置いてお茶で一服したあとは、まずお風呂。大きな浴場は二つ。日によって男女を分けているとのことである。この日は、男性用がより大きな浴場(「庄屋の湯」)、女性用はやや小さめではあるが露天風呂付きの浴場(「化粧の湯」)であった。また、宿泊している棟の屋上は露天風呂になっていて、これも日によって男女の使用が分けられていた(この日は女性用)。

その「庄屋の湯」、総檜造りの湯船が二つある。高い天井の天窓からは自然光が零れてくる。先客が一人入っていたがほとんど貸切状態である。「ここの温泉はあんまり熱くないんですよ、ですから熱いお湯がお好みですとちょっと物足りないかもしれません」と従業員の方がおっしゃっていたが、確かに湯はあまり熱くはない。熱い湯が苦手な手前には、ちょうどいい湯加減である。これなら、多少長い時間湯に浸かっていても上せるようなことはない。それにしても贅沢である。大きな湯船にそれぞれ一人ずつ、湯は源泉のかけ流しである。たった二人で、この湯を独占していいものなのだろうかと思ってしまう。

たっぷり時間をかけて風呂に入り、部屋に戻ってしばし休憩。
「女性用はどうだった?」
「いやあ、よかったわよお。あなたがなかなか来ないから、屋上にある露天風呂にも入って来ちゃったわよ、夜だとたぶん星空がすごくきれいに見えるわねえ」
相当にご満悦の様子である。

などと話しているうちに夕食である。このホテルでは、すべて部屋食とのことで、仲居さんが部屋まで運んできてくれる。部屋にはテーブルも兼ねた囲炉裏がある。その上に料理を並べてくれるのである。ちなみに、メニューは以下のとおりであった。
(食前酒)蜜柑ワイン
(光付)海鼠ポン酢和え
(前菜)杉板敷き(海老の手綱巻き、秋刀魚の祐庵焼き、いが栗、鳥の二色巻き、むかご寄せ)
(造り)地魚、鮪、烏賊、甘海老、山葵の花、天城山生山葵
(鍋物)伊勢海老の宝楽焼き
(洋皿)駿河湾金目鯛燻製
(蒸し物)茄子・鶏ロール巻き、冬爪
(焼き物)太刀魚の柚香焼き
(飯物)桶寿司
(吸い物)白子豆腐・まいたけ・小メロン・柚子
(お新香)自家製大根味噌漬け等
(水菓子)柿・メロン・桃のゼリー寄せ
どれも残さず食べてしまうほどおいしい料理ばかりであった(ちょっと間をおかないととても食べきれなかった)。昼に食べ過ぎたことを後悔した。

食事の後は、入口の土間のところで餅つき。こういうことになると、不肖の妻は俄然やる気を見せる。「どなたか…」と誘われるままに杵を振り上げている。やれやれ。そのつきたての餅を賞味しながら、宿泊客が全員ロビーに集まって、このホテルの由来等についてお話を聞く。何と、フロントのある母屋は築300年だそうで、今は重要文化財に指定されているとのこと。中庭を隔てた土蔵の一部は資料館になっている。この宿全体にゆったり流れている時間は、そんなところから醸し出されてくるのだろうと思われた。

それにしても、この日の宿泊客は全部で13人。休日前ということを考えれば、決して多くはない客であろう。何よりいいのは、こういう雰囲気の宿であるから、若いお姉さん方がいないこと。「ウッソー、ホントにい?マジでえ?すっごーい!」とかいう声が聞こえないのがうれしい。と言うか、宿泊の値段を考えれば、若い方たちはそうおいそれとは泊まれないのであろう。

お話の後は、再びお風呂へ。もう、何度でも入りたくなってしまうのである。今度は一人で貸切。言葉が出ない。ややぬるめの湯であるのだが、湯上がりに湯冷めすることがないのが不思議である。体が芯から温められるという感じである。運転の疲れもあり、そのまま布団に入って朝まで熟睡。

翌朝、天気予報では朝から雨とのことであったが、雨は降ってない。「おーし、露天風呂行ってくるぞお」と、昨日入れなかった屋上の露天風呂へ。やや寒かったが、なあに入ってしまえばこっちのものと、エイヤっと風呂に飛び込む。極楽である。湯上がりに食べる朝食もまた格別であった。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。入口のところで妻と記念撮影をし、後ろ髪を引かれる思いでホテルを後にする。
「また来たいね」
「これから、毎年この時期に泊まりに来よっか」
ということで、11/22〜23を「大沢温泉の日」とすることが決定された。めでたしめでたし。

帰り道は早い。途中、沼津港の魚市場内にある「双葉寿司」で昼食(ここのお寿司も絶品!)をとったあと、今回の宿を紹介してくれたK学園高のスガイ先生へのお礼を兼ねて、雨天順延となった県高校新人大会個人戦をやっている会場に立ち寄る。妻も「どうしてもお礼が言いたい!」と言っていたのだ。教え子たちがベスト8をかけて敗戦したところで帰途に就く。

いい旅であった。生涯の思い出に残る旅の一つになるであろうことはまちがいない。何より、妻が「あ〜ホントに幸せ〜」としみじみ言ってくれたのがうれしかった。行ってよかった。

さて、明日からは神戸・大阪行きである。明日の夜は、久しぶりに大迫力くんたちとミナミで宴会。これも楽しみである。そうして、日曜日はフットボール観戦、終了後は内田先生宅にて開かれているゼミ卒業生たちの宴会に合流することになっている。いやあ、後半も充実した休暇になりそうである。