スーさんの三種の神器、ニコン・マック・プリウス

12月28日(水)

娘がヨーロッパから帰ってきた。

なーんて書くと、いかにもハイソな家庭のように思うでしょ?でもホントなのである。
修学旅行に行っていたのだ。

行き先は、ウィーンとプラハ。

娘の在籍している高校の音楽科は、毎年かの地への修学旅行を実施しているのである。

出発前は、その準備にそれこそ鼎の沸くような騒ぎであった。トラベラーズチェックはいくらにする?スーツケースはどんなのがいい?サブバッグはカギ付きにする?コートやブーツに防水スプレーかけてく?

そんなふうにして、旅行前日まで(前日はたぶん徹夜だったと思われるが)一人で黙々とスーツケースに荷物を詰めていた。

出発したのは、今月の21日。セントレアからルフトハンザでウィーンへと旅立ったのである。

出発の前に、「カメラはどうするんだ?」と訊くと、「撮りっきりを持ってく」と言うので、「せっかくヨーロッパまで行くんだから、デジカメとか持ってったらどうだ?買ってやるからさあ」と、その親バカぶりを遺憾なく発揮したのは父親であった。

実は手前も、恥ずかしながらウィーンへは行った経験がある。教員になって2年目、夏休みを利用してヨーロッパにいる友人に会いに行くという同級生に、「オレも連れてってよ」と同行させてもらったのである。

さすがにヨーロッパに行くとなれば、ちゃんとしたカメラを用意せねばなるまいと思い、「かくなる上は本格的な一眼レフカメラを買うのだ」と決意して、ニコンの一番安い一眼レフであるEMを購入した。そのニコンEMで、ありとあらゆる景色を撮ってきたのである。
今回の娘の旅行では、さすがにそのEMを持ってけよとは言えない。デジカメの時代なのである。

翌日、仕事帰りに「安値世界一のKジマ」に立ち寄り、デジカメコーナーで実際の品物を物色してみた。しかし、あまりにも品数が多くて、どれがいいのかよくわからない。となれば、あとは財布の中身との相談である。上限を決めれば、自ずと機種は限定されてくる。「まあ、高校生が持ってくんだし、そんなに高価なモノだと落としたりして壊されたりしては困るしねえ」などと独り言ちながらあれこれ見ていくと、「おお!」と思わず目にとまったものがあった。

ニコンのデジカメである。

「そう言えば、オイラが初めてヨーロッパへ行ったとき持ってたのがニコンだったよなあ。よおし、ニコンにするべえ」と決め、近くを通りかかった店員さんに、「このデジカメ性能いい?って言うか、高校生の娘が使うんだけど使いやすい?たぶん風景とか撮ることが多いと思うんだけど、画素数とか大丈夫?」などと、矢継ぎ早に質問を浴びせたのである。

応対してくれたのは、「主任」と名札の付いた方であった。分かりやすい説明であった。ヨーロッパへ行く旨を伝えると、「じゃあ、電池の充電器とアダプターがほしいですよね」とあれこれアイテムを揃えてくれたのである。「ああそうだ、ケースもあった方がいいなあ」と言うと、「お付けしますね」と反応がいい。「でもね、予算はここまでだからそれ以上は出ないよ」と言うと、「いいですよ、その予算内ですべて収めましょう」とのこと。話はとんとんと進んで、いよいよレジにて支払いという段になって、「あ、メモリーカード付いてないよね?それも付けてくれるの?」と言うと、さすがに「主任」さんも困ったような顔をして、胸ポケットから計算機を持ち出してカチャカチャと計算をしていたが、「まあ、いいでしょう、年末だしね、でもウチの儲けがないんですけど」と言いつつ、当初の予定どおりの予算内で収めてくれたのである。何ともタチの悪い客だと思われたことであろう。

娘は、そのデジカメで60数枚の写真を撮ってきた。

実は、自宅のPCは驚くなかれ「初代パワーPC」を搭載したパワーマック7100(イワモトさん、懐かしいでしょ?)であった。もちろん、USBのポートなど付いているはずがない。ということは、せっかく娘がデジカメで撮った写真も、帰ってすぐに自宅で見ることができない。

ということを妻に話して、「まあボーナスも出たことだしさあ、新しいPC買っちゃおうか?そうすれば娘が撮ってきた写真もすぐ見れるし、プリントアウトもできるよ」と言うと、色よい返事はなかったものの格別反対はしなかったので、「じゃあ決まり!」とばかりにすぐに注文することにしたのである。

MACとなれば購入先は決まっている。今まで、自宅も含めPCのメンテをすべて引き受けてきてもらってきたスズキさんである。昔はPCショップに勤めていたが、今は独立して「CPUワークス」なる会社を立ち上げている。電話1本ですぐに参上し、システムがダウンしたPCのハードディスクからも大切なデータをすぐにCDに焼き直してくれたりする「必殺仕事人」みたいな人なのである。

妻の気持ちが変わらぬうちにと思い、すぐにスズキさんのピッチに電話をかけた。「妻の許しが出たので、マックミニ買おうと思うんだけど、すぐに手に入る?できれば年内、それも27日までに何とかしてほしいんだけど」と頼んだのが娘の出発した日。「いいっすよ、じゃあ24日のクリスマスイブの午前中にご自宅までお伺いします」とのお返事。「おおお、何というクリスマスプレゼントじゃ、最新式のマックがついに自宅に見参とは!」とクリスマスイブを心待ちにしていたのである。

イブ当日、スズキさんがやってきた。「先生、クルマ替えたんですか?プリウスじゃないですかあ!設定すぐに終わるんで、あとで乗っけてくださいね」と、しきりにプリウスを眺めている。仕事そっちのけなのである。「わかったからすぐにやってよ」ということで、説明しながら作業すること2時間。

うーむ。手前の知らない間に、マックがこれほど進化していたとは。「だいたいね、先生このマックもう10年になるんですよ。コンピュータで10年って、人間世界に例えれば40年くらいの違いなんですよ」そうなのだ。スズキさんがあれこれ操作してみせるたびに、「おおお!」とか「ううう!」とか「げえ!」とかいう言葉にならない音声しか発することができないほどに、マックのOSⅩは優れものであった。

以前、この日記でもマックとウィンドウズとの違いを書いたことがあるが、やはり手前には圧倒的にマックOSの方がいい。デザインのセンスが違いすぎるのである。

インターネットも、自宅はADSLの回線を引いていたのだが、せっかくのADSLも今までの7100では宝の持ち腐れ状態であった。だが、マックミニに掛かれば、その筐体こそ7100の5分の1程度なのに、7100とは桁違いのスピードで接続してしまうのである。
わが家のIT環境も、マックミニちゃんのおかげで、ずいぶんと向上したのである。

おっと、デジカメのことだった。とにかく、これで娘が帰ってきたらすぐに写真が見られることとは相成ったのである。

娘の帰ってくる当日は、妻が仕事で迎えに行けないとのことで、手前が学校まで迎えに行くことになった。その日は休みを取っていたので、朝から家の掃除やら片付けやらをしていた。
娘の到着予定時間は午後3時半。成田から貸切バスで帰ってくるのである。掃除やら年賀状書きやらを中断して、お迎えに。

「どうだった?」と帰りの車中で尋ねると、「もー、ホントによかった!絶対にもう一度行きたい!」とのこと。ウィーンでは、かのムジークフェラインザールにてヘンデルの「メサイア」を聴いたり、フォルクスオーパーで「ヘンゼルとグレーテル」を聴いたりしたとのこと。「やっぱり日本とは聴衆が違うね、みんな音楽のことよくわかってる」と宣う。

もちろん、帰ってすぐにデジカメの写真を見たことは言うまでもない。よく撮れていた。さすがに、ニコンの700万画素は侮れないのである。

仕事から帰ってきた妻も加わって、あれこれと旅の話が途切れない。「とにかく、シェーンブルン宮殿にはぶっ飛んだ」との話に、「おお、あそこは広いよなあ」と父娘で盛り上がっていると、話題に乗れない妻は「いいなあ、ワタシも行ってみたいわあ」と不満げ。その妻も、デジカメの写真をスライドショーで見せると、「おおお」とか「うわあ」とか、言葉にならない声を出すのであった。

こうして、平和のうちにわが家の2005年の年末も過ぎていくのであった。

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ウィーンの「造形美術アカデミー絵画館」前にて