敗軍の将、教育を語る

8月1日(月)

あっという間に7月が終わって、早8月。

練習での手応えを感じながら臨んだ県大会であったが、昨年と同様に団体戦は準々決勝にて敗退してしまった。

2回戦で第2シードとの激突が予想されていたため、大会前の練習はその対策を中心に行ってきた。

初戦を無難に勝って、その2回戦。相手は、やはり予想どおり第2シード校であった。しかも、相手は昨年本校が敗戦したチームであった。

同一校との対戦とあば、いきおい「よおし、昨年の借りを返したるわい!」という気持ちにさせられるというものである。それは、もちろん選手たちとて同様であったろう。

やや苦戦しつつも、相手大将ペアを倒し、2番手ペアも難なく倒して、昨年の雪辱を果たすことができた。

そして、準々決勝。相手校は、ちょうど隣のコートで試合をしていたので、本校の試合の合間にちらちらとその様子も窺っていたのだが、速いボールも打てる代わりにミスも多かったりしたので、「まあ何とかなるのでは」という予想であった。

ところが、本校との対戦では、相手はほとんどノーミスで厳しいコースに次々とスピードボールを打ち込んできた。本校選手たちは防戦一方である。

何とか流れを変えようと繰り出した技も、ネットに掛けたりコースが甘くなったりしてうまくいかない。

結局、そのまま2組ともストレートで敗戦してしまった。

相撲で言うならば、「横綱相撲電車道一直線」という感じであった。

こういう言い方は適切ではないのかもしれないが、こうも一方的にやられてしまうと、「まあ力負けだわね」と案外さばさばした気持ちであった。

昨年は競り合いの末の敗戦であったから、何ともやりきれない思いが残ったが、今年の敗戦はそんな思いがなかった。

「負けて悔しい」とあんまり思えないようになったということは、やはり監督を引退する時期が来たということなのかもしれない。

翌日行われた個人戦では、本校選手5組のうち3組初戦で敗退。2回戦に残った2組も、善戦しつつ敗退してしまった。

3年生の夏が終わる。

小学校からの競技経験がある選手と、中学校から競技を始めた選手との差はますます拡大している。

もはや、中学校からソフトテニスを始めた選手が、県以上のレベルでジュニアの選手たちに対抗するのはほとんど不可能に近いのではないかと思う。

唯一、対抗できるのは団体戦しかないであろう(しかし、その団体戦もジュニアの選手たちが複数組いる学校にはなかなか勝てないであろう)。

気になったことが一つあった。

個人戦初戦で敗戦した選手が、本校のテントに戻ってきてもずっとその場で泣いていた。

隣にはまだこれから厳しい2回戦(団体優勝した学校の大将ペアとの対戦)を戦わなくてはならない選手が座っている。

次の対戦を控え、対戦相手への自らのゲームイメージをつくって集中するよう指示しておいた選手の、そのすぐ隣で泣いているのである。

自分たちが負けて悔しい悲しい気持ちはわからないではない。しかし、少しでも周囲のことが考えられるならば、そこで泣いてはいけないということに気づかないのだろうか。

いつもなら、「どこか他へ行って泣いてこい!」などと言うのであるが、その場にはその選手の保護者もいて、わが子をつらそうに眺めていたため、そんな冷たい言葉も言えずに黙っていた。

「自分のことにしか関心が向かず、周囲のことなどお構いなし」という言動の傾向は、授業場面のみならず、こと部活動指導の場面でも頻繁に見られるようになった。

こういう傾向は、これからもさらに目立つようになっていくのだろうか。

私たちを含めた多くの人たちが、子どもに「それぞれの場面に応じたふるまいの適切さ」というものを一つ一つ丁寧に教えていかなければならないのではないか。

敗戦の原因を考えながら、この光景がどうも気になって仕方がなかった。敗因の一つは、こういうところにも存していたのかもしれない。