420

「今ボストンに遊びにきてるの!」
 そう嬉そうにスナップチャットからメールをくれたのは、マディソンのカレッジに通う韓国人の友人ヘジンだった。春休みである。
 ボストンはどう?と聞くと、ヘジンは何もかもが素晴らしい!と答える。見るべきものが多すぎると嬉々として語る若いヘジンにとって、大都会であるボストンの一人旅はとても刺激的なようだった。
「だけど...オーマイガー!」
 ヘジンは言った。「ここでは誰もがマリワナを吸ってる。どこでも!誰も彼も!」

 そう、ボストンのあるマサチューセッツ州はカリフォルニアやワシントン州同様、アメリカで大麻使用が合法化されている州の一つなのだ。そしてそういう州ではマディソンに比べると白昼堂々とそういう光景を目にすることがある。だから韓国から大学進学のためにやってきたばかりの若いヘジンにとっては、それもまたボストン旅行で見るべきものの一つだったようだ。

 とはいえ隣接するイリノイ州やミシガン州でもマリワナは合法化されているので、マディソンも日本では比較にならないくらいドラッグは身近なところにあったと私は思う。街を歩けばマリワナの匂いを嗅ぐことはよくあるし(だからマリワナの匂いはすぐに覚える)、警察ですら売買さえしなければ、注意喚起にとどめていちいち捕まえたりはしない。デルタ8と言ってギリギリ合法の大麻を堂々と売っているお店も、ダウンタウンのオシャレな通りで見かけたことがある。毎年4月20日になるとカナダで大麻を合法化させようという運動があることから、ルームメイトを探すサイトやマッチングアプリに「420 Friendly」などという隠語を記載し、自分は大麻使用オッケーだと自己紹介を記載する人なんかもいる。そして使用するしないに関わらず、「マリワナは中毒性がないからタバコよりも安全」というのはどこでも人の口から漏れ聞く話だった。

 少し極端なところになると、マリワナを始め、ある種のドラッグは自然界から人間への「贈り物」であり、精神病などに対するセラピー的な効果があるとして積極的に礼賛する人々も少なからず居た。ハリウッド女優のグイネス・パルトロウは自身が企画する番組でスタッフを南米へ派遣すると、幻覚剤セラピーを受けさせ、その効果をネットフリックスで実証したこともあった。アメリカ人の菌類学者であるポール・スタメッツもまた、その手の人々にとってはスターのような存在であり、ドキュメンタリー「素晴らしき、キノコの世界(Fantastic fungi)」では、マジックマッシュルームによる自身の身に起きた神秘体験について語り、セラピーとしてのマジックマッシュルームの素晴らしさを様々な場所で力説している。
 もちろん、一概にアメリカ人全員がドラッグに寛容というわけではない。語学学校のマイケル先生は「中毒性がないという説は嘘だ」と言う大麻反対派だったし、「誰が吸おうと自分は絶対に吸わないし、吸ったことがない」という人も居るので、アメリカにおける薬物というのは、白であり、黒であり、グレーであり、その向き合い方は十人十色だった。
 だけど、日本で大麻関係で人々がこぞって失望したり憤慨したりするのを見ていると、私はつい「面白いな」と思ってしまう。中毒性があるかどうかの真偽は別にしても、誰が大麻を使用して人生を失敗しようが、アメリカ人はここまで熱心に怒ったり嘆いたりはしないからだ。人格が否定され、謝罪を求められることもなく、そういう意味でアメリカという国は、割と誰もが「精神的に420Friendly」なのである。

 ところで薬物という言葉で私が思い出すのは、アメリカで産後に病院で処方されたモルヒネの成分を含むオピオイドという強い薬の思い出だ。オピオイドクライシスという言葉があるほど、アメリカではこの医療用ドラッグによる中毒者が社会的な問題になっているのだが、そんな言葉も知らない頃にオピオイドを処方された私は他に漏れずすぐにこの薬の虜になり、出された薬を飲み切った次の日に、「もっと処方して欲しい」と医者に懇願しに行ったのを昨日のことのように覚えている。そして「中毒性があるから処方するのはこれが最後よ」と、前回に処方された数の半分の量の処方箋をナースに手渡された時の強い絶望感も...。
 あの時、産後の疲れ切った体に、オピオイドはよく効いた。頭は冴え、恍惚とした万能感に包まれた数時間、身体中に力がみなぎり世界は優しくうっとりと私に微笑んでいたが、薬が切れた途端に動くこともできなくなるほどの底知れぬ疲労感に襲われると、私はすぐに「オピオイド」という薬は素晴らしい薬だと思い込んだ。そして、二度目に手渡された前回の半分の量のオピオイドを一つ一つ、大事に大事に飲んだものだった。
 この話を、タイ人のパニカにしたとき、パニカは「あら?私の時は医者はもっと薬を勧めてきたわよ」と驚きながら言ったことがあった。私と同様、産後に手術をしたパニカも同じようにオピオイドを処方されたが、医者はパニカに「もっといるか?」と毎回勧めてきたのだと言う。あの頃の私なら、そんな風に進められれば有り難く飲んでいたと思うのだが、パニカの夫でありアメリカ人のトニはこの手の医者による薬の過剰な処方を問題視していたので、すぐにパニカは服用を自粛したと言う。少し事情が違えば、私もパニカもアメリカのメジャーな薬物中毒まっしぐらだったというわけである。
 薬物との付き合い方は人それぞれの「自由の国アメリカ」とはいえ、今思うとちょっと怖い話である。