Amazonが殺した

9月14日 
母になったパニカは、日がな一日、家に子供とこもりっきりのようだった。パニカのアパートは私のアパートの三軒ほど隣りだったので、パニカは私がマディソンに戻ってから、よく遊びに来いと誘ってくれた。私の息子が遊びに行けば、パニカの娘のリアーナが喜ぶのだと言う。そして実際、私もパニカの家に出向くのはたいした仕事ではなかったので、私たちはよくパニカの家で子供たちを遊ばせていた。それにパニカの家には膨大な数のオモチャがあったので、私の息子もそこで遊べるのを楽しみにしていたのである。
だけどたくさんの高そうなオモチャに囲まれながら、最初に再会した時、パニカは「毎日とくに何もしていない」と眠たそうに私に語った。毎日リアーナとオモチャで遊びながら、パニカはトニが夕方に会社から戻ってくるのを待つ毎日なのだと言った。
「このマンションのエレベーター、止まってたけど知ってる?」と私が聞いたときも、パニカは「知らない」と答えた。一日中外に出ないので、アパートのエレベーターにすらパニカは乗らないのである。買い物はトニが帰ってきたら車で行ってくれるし、週末になれば家族でやれ湖だの公園だのに出かけて、それをSNSにいつもアップするのがパニカの楽しみの一つだった。そうでなくてもトニは高給取りである。パニカは家で一人、リアーナを育てて時々家庭菜園をしていれば何もする必要はなかった。トニと三人で穏やかな日々を送りながら、だけどパニカは確実に大きな幸せを手に入れたようだった。

「そういえばベビザラスは潰れたよね?」
オモチャに飛びつく息子を横目で見ながら、あるとき、私はそうパニカに聞いた。するとパニカは「そうね」と答えながら、「そういえば、あともう少しで潰れるおもちゃ屋さんがあるの知ってる?」と逆に私に質問をした。なんでも、その店は今閉店セール中なのだそうだ。それからおもむろに、部屋に置いてあるリアーナの食事用のハイチェアを指さすと、パニカは「これも、もう潰れた他のお店の閉店セールで買ったのよ」と得意気に言った。「何もかもすごく安いのよ」と。
だけど私は、パニカがそのハイチェアを廉価で手に入れたことよりも、マディソン中のおもちゃ屋さんがこの一年三か月で軒並み潰れていることにびっくりしていた。そもそもベビザラスが潰れたことにも人知れずショックを受けていた身である。
「じゃあ、オモチャはどこで買ったらいいの?」
そう叫ぶ私を見ながら、パニカはきょとんとして、大丈夫よ、とばかりにこう言った。
「アマゾン...」

そんなやりとりがあった後のことである。私は家から車で十分ほどの距離にあるウェスト・タウン・モールというショッピングモールに、家族で出かけたことがあった。ウェスト・タウン・モールは、マディソン最大級のショッピングモールで、今は亡きベビザラスも出店していたモールである。特に他に行くところがないので、私は昔から買い物といえばこのウェスト・タウン・モールに来るのが決まりとなっていた。何か買う時はいつもここに来たし、よく人に出くわすこともあった。土日などは特に賑やかなマディソン随一のショッピングモールである。ベビザラスはもう無いけれど、モールの中には他のおもちゃ屋さんもあったし、スーパーも本屋さんもアップル・ストアもある。だから、私たちは久しぶりにこのモールに出かけてみたのである。

ウェスト・タウン・モールに着くと、思った通りベビザラスはなかった。だけど、そこにあったはずのもう一つのおもちゃ屋さんも消えていた。
「確かここがオモチャ屋さんだったような...」
記憶をたどりながらふと振り返ると、シアーズという大手の小売店が不気味に真っ暗なのが私たちの目に飛び込んできた。モールを少し歩くと、今度はいつも甘い匂いがしていたはずのチョコレートの匂いがしてこない。ゴディバがいつまでたっても見えてこないのである。それからゴディバの近くにあったはずのスターバックス母体の紅茶専門店ティバーナも静かに死んでいた。その奥にあったはずのもう一つの大手小売店であるボストンストアズの入り口は、無情にシャッターが下りているのが見える。あったはずのJ.crewやアップル・ストアは泥船となったモールを見限ったのか、すでに撤退したようだった。
私たちはそんなスコスコになったモールをあっという間に通り抜けると、また同じ道を引き返した。よく見るとすれ違う人の量もまばらである。今度はもうはっきりと、私たちはウェスト・タウン・モールに何が起こっているのかを理解することが出来た。開いている店といえばだいたいがセールをしていて、もはや今後どうなるのか予測できそうなものだったからである。そうでなくても、私たちは最近、ダウンタウンの州議事堂の近くにあったオシャレなおもちゃ屋さんが潰れていたことに、ショックを受けたばかりである。
 
「アマゾン...」と、当たり前のように言ったパニカの声が聞こえてくるようだった。そういえば、パニカはいつ遊びに行っても、リビングにあるパソコンでネットショッピングをしていた。リアーナのオモチャだけではない。パニカが開いたままにしていたページには、ワンピースなどの服が見えている時もあった。だからパニカは、一日中家には居たものの、お買い物だけは楽しんでいたのである。
でもそんなショッピングのなんと味気ないことだろう...。私たちは、休日に訪れる場所が消えつつあることの寂しさを感じながら、今まさに巨大な廃墟と化そうとしているウェスト・タウン・モールを後にしたのだった。