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マディソン恋愛事情

2月8日。サウジアラビア人のラカンはプレイボーイである。エキゾチックで整った顔にオイルマネーを存分にきかせて、語学学校で二人目となる大人っぽい彼女を作った。しかし、そんなラカンを除けば、語学学校のティーンたちの間で色恋沙汰が持ち上がることはあまりない。女の子も男の子もまだまだ子供なのである。クラスの最年少、15歳の中国人のトムは、「ガールフレンドなんていらない」と言っていた。その割にはエクアドル人のステファニーのことを「太った猫」と呼びながら、授業中にいつも彼女の写真を盗み撮りしiPadで加工して遊んでいた。が、そのうちステファニーから相手にされなくなり、ついには虫の居所の悪かったステファニーから「I hate you(大嫌い。)」と言い放たれてしまった。可哀想なトム。嫌われてしまったショックを必死で隠そうと、彼はひきつった顔で私に向かって「全然気にしない。だって女ってやつは今日は嫌いって言っても明日には好きって言うことがあるから。これは本当によくあることだ。まったく気にならない。」と聞こえよがしに言っていた。「あ、そう」としか言いようがない。(というか、ステファニーもトムがステファニーのことを好きで嫌がらせをしてくるのだということに気付いてあげてもいいと思うのだが。)結局びびったトムはそれ以来、ステファニーに近寄らなくなり、私の服の毛をむしったり葉っぱを投げてくるようになった。

なかなか需要と供給が難しいのが現実である。トムに一撃を加えた色っぽくて肉感的なステファニーは、二人で遊びに行ったときに「これまで男の子とは、手をつないだ所までしかないわ。」と21歳とは思えない美しい顔立ちで独自の恋愛観を語ってくれた。自撮りが好きな韓国人の美女アイリーンは「私は理想が高いから彼氏はいないの。」と言って中国人をアッシーにしてシカゴへ遊びに行った。(もちろん携帯の待ち受け画面は自分の顔のドアップだ。)中国人のスカイラーはいつも連れ立っているジャクソンのことは「弟みたいだけど、好きじゃないわ。」と言ってからかっている。(お似合いなのに。)コロンビア人のアリアドナは「アメリカ人の恋人が欲しかったけど、出会いがなかった」と言う。韓国人の男の子のバキは、日本の女の子に恋をして猛アタックしたものの玉砕。どうせ国に帰ったら別れるから、というのも理由の一つだそうだ。アラブ人のアハメはアハメで、「将来は火星人の女の子と結婚する」と授業で発表して先生に褒められていた。

 そんなティーンの恋愛事情の中、私はというと、実は、既婚であるにも関わらずこちらに来てからたまに中国人や台湾人にモテることがある。(一人っ子政策が終わったからか中国人はけっこう積極的だ。)一度はバスの中でウィスコンシン大学の中国人学生に声をかけられたことがあるが、彼は日本に留学していたことがあると言ってカタコトの日本語を話した。そしてそれ以来しつこいメールが来るようになった。他にも台湾人のオタクの男の子は、私のLINEが既読にならないとわかるとメッセンジャーでメールをしてきたが、それも開封されないとわかると図書館で待ち伏せをしていたこともあった。また、他の台湾人の男の子は私が既婚だと言っても積極的にメールを送ってくるので、「もう送ってくるな」と送ると、今度は学校に来なくなった。

けれど、甘酸っぱいこともあった。前のセッションでのことである。同じクラスになったことはないけれど、中国人のサイモンは時々廊下で「ハイ」とあいさつをする程度の仲の男の子だった。サイモンは長身で細見、サブカルな女の子が好きそうな黒縁メガネをかけたちょっと文学青年の雰囲気を持った19歳の男の子だ。ある日、授業中の10分間の中休みのことだ。私が一人で学校内にある中庭のようなところに座っていた時のことである。気が付くと違うクラスの休み時間に入ったサイモンが隣りに座っていた。「ハイ、サイモン」と声をかけると、サイモンは無言で、持っていたスマートフォンのイヤホンの片方を私に差し出した。何やらクラシックのピアノの音楽が流れている。「これ何?」私が聞くと、サイモンはI don’t knowと小さく言った。「素人の人のサイトだから、誰の曲か分からないんだ。誰かが投稿した曲なんだ。」これがブリトニー・スピアーズなどではなくて良かった。と思いながら、私はその名もなき美しいピアノバラードに耳を傾けていた。サイモンが言う。「これ、僕が好きな曲なんだ」。沈黙…。それだけのことである。何も話さなかった。10分間、朝一番の休み時間の静けさの中で、私たちはただその美しい音楽をひたすら二人で聞きながら座っていた。そしてその後二回ほどそういうことがあった。とがめられるべき何かがあったとすれば、それはサイモンが私の年齢を知らなかったということに尽きるだろう。彼はまさかあの静かな美しい中庭での時間を、三十路の既婚女と寄り添いながらお気に入りの音楽を聴いていたとは思いもよらなかったのではないかと思う。(そしてその秘密は、彼がマディソンを去る日まで守られた。)

なぜサイモンのことを思い出したかというと、今朝、雪の中をバス停まで歩いていると二日前にしつこくメールを送ってきた中国人の青年と出くわしてしまったからだ。メールを開封してない上に、顔も名前も覚えてなかった私に、彼は怒っているような悲しそうな顔をしてこちらを気にしていた。とても気まずい時間だった。結局、一度しか会ったことのない人にいちいち弁明するのも面倒くさかったので、そのまま私も無視を決めこんだ。なんとなく、嫌な時間だった。その時にふと思ったのである。サイモンはロマンチックだったなと。あれは、マディソンのちょっとしたロマンチックな出来事だったかもしれない。

あれは偽物の英語なのか?

 2月4日。台湾人のジエルが首をかしげている。私の通う語学学校には「先生育成プログラム」というものがあり、そのプログラムの一環で「英語を教える先生になりたい生徒」が「英語を習いたい生徒」に無料で毎週二日間、2時間ほどカンバセーションクラスを開講しているのである。そのプログラムに参加してきたジエルが、同じく参加してきた日本人のキクちゃんと何やら神妙な面持ちで話し込んでいるのである。「なぜだか分からない。」とジエルは言う。彼女はカンバセーションクラスの先生の話が全く聞き取れなかったのだそうだ。「使われている単語は一つ一つ聞いたことのある単語なのに、先生が何を言っているのかさっぱり分からなかった。」とジエルは言う。キクちゃんはそんなジエルに対して、「あれがネイティブの英語なのだ」と優しく励ましている。「きっとあれが本物の英語なんだと思うよ。」ジエルは驚いてキクちゃんを見る。そしておもむろに職員室の方を指さして聞く。「じゃあ、あれは偽物の英語なのか?」
 
 確かに、語学学校のベテランの先生の英語は信じられないほど聞き取りやすい。彼らはプロだ。幼稚園並みの英語力の生徒たちに二時間英語を教えるだけの特別な英語力を備えている。しかも彼らはチャングリッシュもジャングリッシュも聞き分ける耳を持っている。時には手ぶり身振りで生徒が伝えようとした言葉を言い当てるし、ジム先生は台湾人の男の子が私に「アニメで、日本で人気で、小学生…」と言っただけで、「クレヨンしんちゃんの事ではないか?」と言い当てた。先生たちがそれほどゆっくり丁寧に私たちに接してくれているのだということに普段はなかなか気付かないが、まだ先生になりたてのネイティブの授業に出ると、その差は歴然としている。

 前の秋のセッションで私も一度そういう経験をしたことがある。新しく先生になったばかりのケリーというハンサムな先生の授業でのことである。初めての授業でケリーもとても緊張していたが、彼の言葉が全く聞き取れない私たち生徒もかなりの緊張感を毎回要した。時には、出された宿題が何かすら分からなくて、生徒同士で相談し合ったこともあった。しかもケリーの英語は少しなまっていて、複雑な言い回しを好んだ。さらに悪いことに、ケリーはケリーで私たち生徒のジャングリッシュ(日本語英語)やチングリッシュ(中国英語)、スパングリッシュ(スペイン英語)を聞き取ることが出来ないのである。
コロンビア人のマリアはそんな新米のケリーにはやばやと見切りをつけて、クラスを変えてしまった。私はというと、あまりにも授業が分からないのでよくケリーに宿題の質問のメールをしたが、ケリーはケリーで、イエスかノーで答えればいいのに、「It is not just OK but*▽●×☆…」という構文でだらだらと何行も返事を書くので、「結局NOなのか?」ともう一度確認のメールを送ると、「青子、OKだよ。」というため息をつくしかないような一文をもらうこともあった。(それはそれでいい思い出である。)だから、ジエルの言っていることはよく分かる。語学学校だけに通っていると、壁の外から聞こえてくる「本当の英語」というものの迷宮に迷い込むことがあるからである。(外人が東北弁や播州弁にぶち当たるようなものかもしれない。)

今期もそうだ。私は、この1月末からまた新たにウィスコンシン大学の『ソビエト・フィルム』という講義へ聴講に行けることになった。前回もぐりこんだ『映画学への招待』の講義が終わったからである。新しいこの『ソビエト・フィルム』の授業は大学院生などが受講する20人ほどの小さなクラスだ。毎週二日、ソビエトの歴史的地理的背景をなぞりながら映画史を紐解いていくこの授業はとても面白くてマニアックだが、なかなか教授の英語の聞き取りも難しい。時に教授が生徒に質問を投げかけるが、悲しいことに私は質問そのものがわからないのだ。だから、授業開始の初日、私はクラス全員に配られた紙に何を書いたらいいかわからなかった。大きな円卓を囲んで、一緒に座っているクラスメイト達はさらさらと紙に何やら書き、次々と教授に手渡して教室を去っていく。私はもうどうしていいのか分からず、とりあえず「私の名前は青子です。私は日本から来ました。聴講の許可を下さりありがとうございます。私は映画が好きで、特にソビエトフィルムに興味を持っています。特に好きな映画監督は、レフ・クレショフ、カネフスキー、アンドレイ・タルコフスキー、ソクーロフ、アレクセイ・ゲルマン、ボリス・バルネットなどです。授業がこれから楽しみです。」と書きなぐって提出した。

あれで良かったのかは謎である。私だけ指示が聞き取れなかったのだから仕方がない。そのうえ、実は「Looking forward(楽しみです。)」と書いたつもりが、後で思い返してみると、「Looking for(探しています。)」と書いてしまっている。(つまり、どっちにしてもあれでは良くはなかったということになる。)全くもう、ネイティブの英語は難しい!早く聞き取れるようになりたいものである。