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セッションの終わり、一年の終わり

12月24日。マディソンは記録的な暖冬による穏やかなクリスマスイブだが、私は家で寝たきりである。おととい、三度目の語学学校のセッションが満身創痍のうちに終了した。セッションのファイナルテストを控えていた最後の週末、人生で二番目にひどい口内ヘルペスを発症し、歯茎、唇、リンパのすべてが腫れあがる事態に陥ったのだ。こちらは日本と違ってあまりマスクをつける習慣がないので、ファイナルテストに仰々しいスカイブルーのマスクを付けてテストに臨む私は、クラスメイトに最後の最後で鮮烈な印象を残したに違いない。カザフスタン人のアディルは、遅刻して現れてきたくせに無言で私のマスク姿をまじまじと遠くから見ていた。

 11月から始まったセッションで、私はまた一つ上のレベルのリーディングとライティングを受講し、週五日のハードワークに挑戦した。このレベルはアメリカのカレッジレベルを想定して作られているプログラムなので、アカデミックな記事を読み、メインアイデアを読み取る能力と大学生レベルのエッセイを書く技術を習得できる(はずな)のである。半年前に中学生レベルのクラスから始まった私にとって今期は大きな挑戦であり、二度と書きたくはないけれど、私はこの授業で『日本におけるうつ病問題』と『日本における被差別部落問題』と『日本における原発問題』の三本のエッセイを書いて提出した。

エッセイとはいえ、ここではアカデミックな論文を視野に入れたものを書かされるので、書く際はたくさんのルールを定められる。まずイントロダクションにはホックと言って読み手を惹きつけるワンセンテンスを必ず入れ、状況説明と論題の要約を入れること。各章にはメインアイデアの一文と専門家による引用文、論証を強めるために反対意見を入れ、それを論破すること。最終章には再びファイナルホックとメインアイデアの要約を入れるがイントロダクションや他の章で要約に使った同じ単語を使ってはいけない。引用する際は、全単語と文章の構造を変えること。エッセイの最後には引用元の添付を定められたルールに沿って行うこと。引用文はすべてアカデミックなものであること。他に「比較文」や「原因・結果」などの技術を使うこと、などである。

このルールを一つ一つ授業で習い、実践するのである。しかもお題はだいたい社会問題である。エッセイの宿題が出た週、私は何本もコーラを飲んで脳を刺激して資料集めと問題提起に夜ごと費やし、結果、首を痛めた。ある日は家のインターネットが急に二時間ほど使えなくなることがあり、このままエッセイを完成できないという不安で久しぶりに胸がドキドキするのを感じた。原発問題について調べているうちに東日本大震災の記事を読み、号泣してエッセイどころじゃなくなった日もあった。そうこうしているうちに、そもそも大学に入る予定のない三十過ぎの私がこんなアカデミックなエッセイの能力を習得する必要があるのだろうかという根源的な疑問にむせび泣いた日もあった。そして最後の最後に三本目のエッセイを提出し、その夜口中が腫れあがったというわけである。

だけど、いいこともあった。文学畑の私にとって、社会問題を扱わなければいけないというのはとても刺激的だったという点である。クラスメイトにはコートジボワール出身の美しい黒人のアリアナという女の子がいて、彼女とフランスのテロについて話した時、彼女はテロなんて怖くないわよ、と私に言った。「私は人が死ぬということがどういうことか知っているし、殺されている所も見たことがあるもの。」そう話す二十歳のアリアナの国は、クラスで水道料金の比較をした際、ほかの国の三倍くらい高かった。彼女自身も驚きながら、「うちの国はフランスの会社から水を買わないといけないのよね。」と言っていた。サウジアラビア人のモハメドは「うちの国は水がないからさ、他の国から買ってるんだけどねぇ、ははは。」と言ったくせに水道料金はほぼ無料だった。お気楽な奴である。

クラスの始まりに自己紹介をしなかったのはこの授業が初めてだったけれど、そんなものは必要なかったのだと終わってから気付いた。毎日会ううちに私たちは家族のように仲良くなって皆で一丸となって社会問題について話し合ったり記事を読んで発表したりしていたのだ。面白くて刺激的で大変な日々が、私の体の中で一気に爆発したような、今期はそんなセッションの終わり方だった。 

最後の日、廊下で立ち話をしていると職員室からトム先生がふらりと現れて、ウィスコンシン州の分厚いガイドブックを餞別のように手渡してくれた。「よく頑張ってたからあげるよ。」著者名を見るとトム先生の名前だったので(彼は物書きなのだ。)、「サインをください」と私が言うと、トムはすぐに汚いつぶれたようなサインとともにアイルランドの古い祝言を書いてくれた。「May the wind be always at your back!」いつもあなたに追い風が吹きますようにという意味でこれは旅人へ送る言葉だそうだ。まだあと一年以上もここにとどまる予定だとトムは知らないのだろうが、なんだか旅立ちを促されているような、一年の終わりにふさわしいような、そんな最終日だった。