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福祉について考える

11月18日。「もし仕事を辞めた場合、あなたの国では、人々は何をしますか?」これはグループディスカッションで配られたお題である。しばし沈黙が流れ、コロンビアからきた老け顔のブライアンが、おもむろに「泣く。」と言った。まあ、泣くよね。と私は笑ったが、ブライアンは「泣く以外に何ができる?」と続ける。「仕事を探す。」と韓国人のボラが言うと、「泣いた後にね。」とブライアンは食い下がる。社会経験のない若い二人がそう答えるのも無理はないと微笑ましく感じた私は、「いやいや、ハローワークが最初じゃない?」と、大人らしく二人を制した。自慢じゃないがこれでも大学を卒業してから数々の職を転々とし、辞める度にハローワークのお世話になった私である。ブライアンが不思議そうに尋ねる。「それなに?そこで何するの?」私は得意気に答える。「ハローワークでは仕事を紹介してもらったり、自分で探したり、職業トレーニングさせてもらったり、2~3か月お金がもらえたりします。」何を隠そうそのハローワークで私は数か月アルバイトした経験もあるのである。いろんな失業者を見たことを懐かしく思い出していると、「WHAT?」ブライアンが叫んだ。「お金がもらえるの?」今度は私が驚く番だった。「もしかして貰えないの?」「NO」ブライアンが即答する。「お金がもらえなかったら、仕事辞めたらどうするの?」日本でももちろん、すべての失業者が失業保険を受け取ることができるわけではないけれど、少なくとも私は結婚生活6年のうち3回は失業保険を受け取ったことがあり、その間に「ゆっくり自分に合う仕事を見つけよう」というスタンスで就職活動をのんびり楽しんでさえしたことがあった。「だから、泣くんだってば。」ブライアンがにやりとして言う。「仕事がない間のつなぎの生活費?親に頼るか、自分の貯金しかないよ。」とブライアンは続ける。それを聞いて、貯金なんて自分で一度もできた試しのない私は恐ろしさに震えた。放心している私に韓国人のボラが言う。「日本は世界でも福祉が恵まれている国だと思うわよ。」

 そういえば、と私ははたと思い至る。ハローワークに限らず、日本の福祉の充実さにここアメリカに来て気付かされたことが何度かあったのである。ウィスコンシン州から車で3時間のシカゴに遊びに行ったとき、若年の浮浪者の多いことには心の底から驚いた。また女性の浮浪者がアメリカでは珍しくなく、中には本当かどうかはわからないが、夫からのDV被害を訴えて座っている若い女性も多くいて「私も日中はああやって座って小金を稼ごうかなぁ。」なんて白井君に冗談で話したものだ。しかし普通の若い白人女性が物乞いをしているのはまだいい方で、一番衝撃的だったのは、足に傷を負った若い働き盛りの男の人が傷口をあらわに座っているところだった。流血はしてないものの、足の肉がえぐられ少し腐りかけているが、医療費が払えないから治すすべもなく路上に座り込んでいるのである。さすがに道行くアメリカ人たちも彼の傷口にショックを受け、顔をそむけて歩く人が多く見られたが私はこれは彼らにとって「明日は我が身」の出来事なのではないかと考えさせられた。
アメリカの医療費の高さは有名だが、無知な私は医療費がこんなに高いのは自分が外国人だからだと勝手に思い込んでいたのである。けれど、ときどきネイティブの先生たちの言葉の端々から、医療費や福祉のずさんな現状を感じることが本当によくある。副業で作家をしているトム先生は、はっきりと「アメリカで金持ちになりたかったら、医者になれ。」と授業中に発言した。「オバマ政策は改善への一歩かもしれないが、わずか過ぎるほどわずかだ。」と。だからなるべく健康でいろ、怪我をするな。「ああ、それからもう一つ。」トムは皮肉を込めて私たちにこう教えてくれた。「兵役に行ったらお金がいっぱい貰えるよ。特に死んだら跳ね上がるね!」笑えないジョークだった。アメリカという先進国はお金のない者はのたれ死ぬか兵役に行くしかない、そんな社会なのだということを、改めて感じさせられる出来事だった。