丹波路快速は終点の大阪駅に着いた。大阪駅で京都線の快速に乗り換えて、新大阪の次の茨木で降りた。茨木に着くと、午後1時50分だった。朝からチョコレート2個しか食べていないので、腹が減っていた。温かいラーメンが食べたかったが、近くにラーメン屋が見当たらなかった。しかたがないので、マクドナルドに行って熱いコーヒーを飲むことにした。大きなバス乗り場の上にかかっている歩道橋を通り、マクドナルドの入ったビルの前まで来た。この場所にマクドナルドがあるのは知っていたが、実際に入るのは初めてだった。店の前まで来ると、隣にラーメン屋があった。玄関に「チャーシュー麺専門店」と書いてある。少し迷ったが、あまり食欲をそそる店構えではなかったので、やはりマクドナルドに入ることにした。トマトチキンフィレサンドのセットを買って二階に上がった。吹き抜けになった柵の横に、一つだけテーブルが空いていたのでそこに座った。銀色のパイプでできた柵の下を覗くとそこはレジになっていて、ビジネスバッグを持った会社員風の男性や、主婦らしき女性が列を作っている。僕が座った席の右隣には、金髪で化粧をした女の子と、私服の若い男が座っている。女の子は制服を着ているので、どこかの高校生なのだろう。男のほうは、同い年か、いくつか年上のように見えた。4人がけのテーブル一杯にいろいろなものがのっている。携帯電話、食べかけのハンバーガー、ストローがささった紙コップのジュース、ペットボトルのお茶、煙草、ライター、灰皿などがある。二人は煙草を吸いながら、「○○と△×が付き合おうてるらしい」「え、ほんまに」などという会話をしている。僕の正面のテーブルには、右隣の制服とは違う制服を着た女子高生が4人で座っていた。全員が紺色のスカートの上にウールの白いセーターを着ている。そして、全員が太っている。僕の目の前に背を向けている二人は、腰掛けた椅子からそれぞれの体が完全にはみ出しており、そのはみ出したお互いの体が、肩から腰にかけての広い面積で密着している。ポテトをかじりながら話を聞いていると、右隣の女の子は、『付き合う彼氏を変えるときはどういう仁義を切るべきか』というようなことを男に話している。男のほうも大筋で女の子の意見に賛成らしく、自らの経験を参照しながら、何らかの意見を述べている。女の子は目が大きく、可愛い顔をしていた。一方、前方の4人組女子高生は、お世辞にも可愛いとはいえなかった。こちらは体の大きさに似合わず話し声が小さい。結局最後まで、何を話しているのか聞こえなかった。すべてのものを迅速に食べ終え、20分くらいでマクドナルドを出た。
歩道橋の階段をあがって病院行きのバス乗り場へ行き、バスが来るのを待った。バスが来るまで15分ほど時間があったので、郵便物の宛名を書いた。年明けに引越しをするので、実家にマンションの契約書を送り、保証人のサインをしてもらう必要があった。近くに茨木郵便局があるので、このまま出してしまおうかと考えて、止めた。後で電話を入れてから送ることにした。宛名を書いたり、色々考えているうちにバスが来た。後ろの方の席が空いていたので、最後列から一つ前の席に座った。席に座った瞬間に、後ろからバスの中を駆けてくる足音がした。知的障害がある若い男の子だった。痩せているが背が大きく、10代後半か、もしかしたら20代になっているのかもしれない。彼は、嬉しそうに微笑みながら、バスの最後列を目指して走っていた。その後ろから母親らしき女性がゆっくり歩いてきた。
バスが出発するまですこし時間があった。出発するまで男の子は静かだったので、僕は、彼と彼の母親がいることを忘れていた。大学に行ってからの今日の予定を考えていた。バスが走り出して、ロータリーを出ると。
「現実じゃなくて、綺麗ごとをするんだ!」
という、大きな声が聞こえた。後ろの男の子が叫んだのだった。その瞬間、母親が「静かにしなさい」と、注意した。
少しすると、
「静かにしていないといけないんでしょ」
という男の子の声が聞こえた。母親の返事は聞こえなかったが、頷いたような雰囲気だけが伝わった。バスは、大きな郵便局を通り過ぎ、万博公園に向かっていた。男の子はそれからずっと静かだった。万博公園の外周を周り、病院の入り口に入ったところで、男の子が
「お母さん、あのスープ美味しかったね」
と言った。
「美味しかったね」
お母さんはおだやかに返事をした。それはきっと、お母さんにとっても美味しいスープだったのだ。病院前のバス停を通り過ぎても、男の子と母親はバスに乗ったままだった。僕は、研究棟の前のバス停でバスを降りた。