« 詩人はパンツをはかない | メイン | Julio is back »

十本木ヒルズ族

10月22日(土)
根がなまけ者の性質である。
どこか自分を信用していないので、慌しくいつも何かしている。でも、そんなことばかりしていると疲れてしまうので、時々は息抜きをするようにしている。息抜きは気持ちがよい。だから、息抜きの時間は少しずつ長くなってしまう。
大学の中で息抜きをしていると、かなりの確立でNの先生にお会いする。忙しく働いている僕のささやかな休息時間に、Nの先生とよく遭遇してしまうのである。今日の午後だって、図書館の帰りにちょっと生協に足を延ばしたら、丁度タイミングよく(いや、悪く)Nの先生に会った。

Nの先生は、日本を代表するバイオサイエンスの研究者の一人である。お仕事にはとても厳しい先生であるが、ユーモアにあふれた気さくな方で、やさしく接してくださるのを幸いに時々お話をさせていただいている。知り合って最初の頃は、少しでも賢そうに見えるように取り繕ってみようかとも思ったのだが、先生は僕の日記を読んでくださっていて、僕が医者や研究をしながら、お能や合気道や、最近では麻雀までやっていることも全部知っていらっしゃる。これでは、どうあがいてみても仕方がない。先日は、堂島界隈の美味しいお店で(ちなみに『うち田』というお店でした)、美味しい料理とお酒をご馳走していただき、いろいろなお話をした(研究におけるエディプスコンプレックスとか、そういう刺激的な話も入っていた)。

生協で挨拶をすると、Nの先生は、開口一発「よく会うよなあ」「お前はいつも暇そうだなあ」などとおっしゃる。「真面目にやってんのか」と、首をかしげたりもする。

このくらいの攻撃で怯んではいられないので、「当たり前じゃないですか。いまも図書館で論文をコピーして、帰りにちょっと生協に来ただけですよ(CDを見に来たんだけど)」と言い返す。

すかさず先生は、「なんだかんだと口実を作って、その辺をうろついてるのとちゃうんか」と、たたみ掛けてくる。だいぶ疑わしそうな目をしている。けっこう怖い。ラボの研究員はきっと大変だと思う。
息抜きをしている手前、言い訳を繰り返すのもみっともないので、挨拶もそこそこに踵を返して、研究室へと戻った。生協と、壁の改装工事をしている図書館の間の道を通りながら、Nの先生との一連のやり取りを思い返してみた。確かによく考えてみると、自分が忙しいのか暇なのかよくわからなくなってくる。
本来、金曜日である今日は、一日実験に使える貴重な日なのだが、午後からは病院の注射当番が入っているし、6時からは関連病院の当直に行かなければならない。僕は、普段は当直の出張はしていないのだが、この出張は医局員の義務として当番がまわってくるのでどうしても行かなければならない。そうすると、せっかく一日実験できる金曜日でも、やれることは限られてしまう。限られた時間でやれる実験をしてしまえば、当然細切れの時間が余る。時間ができたら最初にすることは息抜きである。生来のなまけ者なので、これはどうしたって仕方がない。
細切れにできた時間を有効に使って何か生産的なことをすればよいということは、もとより承知している。しかし、そんなことが昔からできていたら、今頃僕は、十本木ヒルズ族である。単純計算でも、六本木ヒルズ族の1.6倍以上はお金持ちである。
言い訳はすまい。でも、よく考えてみると僕に対して、「お前はいつも暇そうだな」と意地悪を言うNの先生だって、僕に会っているときは外を歩き回っている最中だということになる。大人はいつだってずるいのだ。

世の中には私のように『暇いそがしい』生業に忙殺されている方も多いことと思う。出張の多いお仕事をされている人なんて、暇いそがし族の典型だろう。世界中の暇いそがし族の皆様、みんなで長生きを目指してがんばりましょう。


夕方からは、研究室から自動車で30分ほどのところにある、関連病院へ出張に行った。ここの当直は、ほとんど呼ばれることがなく、余程のことがない限り、一晩の時間を有意義に使うことができる。朝、家を出るときには、当直室で『風とともに去りぬ』を読もうと思っていた。年末にアトランタで開かれる学会に行くことになっているので、その前に読んでおこうと思ったのである。アトランタの街には『風とともに去りぬ博物館』まであるらしい。しかし、Nの先生のジャブで刺激を受けた僕は、当初の予定を変更して当直室で勉強をすることにした。動機はみっともなくても、する気になった勉強をしない手はない。
大学から細胞周期制御分子についての論文をいくつか持っていき、興味あることについて、現在分かっていることと、分かっていないことを整理した。2時間ほど勉強するとお腹が減ってきたので、病院食の検食をしながらテレビを見た。テレビには、細木数子が出ていた。油断が過ぎたのか、細木数子のアドバイスを聞いてほろっとしてしまった。

近くの老人保健施設に入所中のおじいさんのバルーンカテーテルの入れ替えと、糖尿病で入院中の患者さんの低血糖に対応して、1時に就寝。7時までぐっすりと眠ることができた。大学に戻って少し仕事をして、昼からは合気道のお稽古である。
お稽古の前に軽く食べるものでも買おうとコンビニに寄った。おにぎりを買って外に出ようとすると、本棚に並んだ数冊のマンガの単行本が目に入った。タイトルは『常務 島耕作』。
僕が、のほほんと馬齢を重ねているうちに、島耕作はいつの間にか課長から常務になっていたのである。ああ、恐れるべきは大殺界と色男。

About

2005年10月23日 09:53に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「詩人はパンツをはかない」です。

次の投稿は「Julio is back」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。