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「おっかあ、寒くねが」とじゅんさんは言った

1月24日(月)

「新しい友達ができた」
エンリケはヘッドラインニュースの一行のように言った。冬の空はびっしりと雲に覆われていて、青いところが全然なかった。風がないから、コートの前を開け放っていてもそれ程寒くなかった。

「親父が再婚した」
これがヘッドラインニュースの二項目だった。

「年明け早々に痛風発作を起こした。数の子の食べ過ぎがたぶん原因」
ニュースの三つ目は僕が加えた。

ヘッドラインニュースのそれぞれの項目は独立したニュースだった。それぞれのニュースはそれぞれの経緯があって存在する。そして、その一つひとつが、ぷつりぷつりと、尚かつ淡々と発せられる。

一つひとつのニュースにはそれぞれの経緯がある。だから、一つひとつが違うニュースになるのだった。けれど、もしそれぞれのニュースを遠い空の向こうから(あるいは宇宙から)誰かが眺めたら、その違いはわからないかも知れない。宇宙から眺めたら、もしかするとこれらは「全く同じニュースだ」と、言われてしまうのかも知れない。

それは僕らのヘッドラインニュースが、宇宙人によって「地球という星の人間という生物の小さな出来事」としてひとくくりにされると言うことではなくて、宇宙人の概念からすると、それらのニュースが完全に同一のものになってしまうということだ。

宇宙人にとっては、新しい友人ができることも、父親の再婚も、数の子の食べ過ぎによる痛風発作も、すべてが、

「もげぽろん(プリンス)」

という、言葉とも違う情報伝達ツールによって表現される、同一のニュースということになるのだ。

エンリケには新しい友達ができたらしいが、僕には友達があまりいない。エンリケはたぶん友達だと思うが、僕はエンリケが誰なのかよく知らない。携帯電話の番号も知らないし、どこに住んでいるのかもわからない。第一、エンリケが一体何国人なのか知らない。

エンリケは日本語を母国語のように話す。でも、肌の色や、顔。あとは手足の骨格に洋風なところがあるから、西洋人の血が混じっているのかもしれない。

彼が何国人でも全く構わない。でも、関心が無いわけではない。どちらかというと、エンリケが何国人なのか僕はちょっと気になる。ただ、彼にどういう風に尋ねたら良いのかわからない。

エンリケには偶然会った。昼飯を食べるのにどこか適当なところはないかと岡本の駅近くをふらふら歩いていたら、自転車でこちらに向かってくるエンリケを見つけた。

エンリケは狭い道の真ん中をゆっくりとこちらに近づいてきた。道は結構人通りが多くて、自転車はゆっくりとしか前に進めなかった。人の間をくの字くの字に縫うように彼がハンドルを切ると、後ろの荷台に乗った女の子の真っ黒い髪がふらんと横に広がる。

20メートルの距離に近づいたところで、エンリケは僕に気がついた。そして、ハンドルから右手を離して「おっす」という感じで手を振った。手を離した瞬間、二人乗りの自転車はバランスを崩して左に倒れかけた。エンリケが慌てて左足を地面に降ろしたので自転車は倒れなかったが、荷台に乗っていた女の子がごろんと地面に投げ出された。そして、彼女の頭が、通りがかったおばさんの買い物袋にぶつかった。

二人はもう一度自転車に乗り、勢いをつけてから走り出した。

自転車が、ききー、と僕の前で停まり、そうしてエンリケは、「新しい友達ができた」と言うのだ。

エンリケの「新しい友達」は、荷台に乗っている女の子のことではなかった。

エンリケの新しい友達はちょっと変わった仕事をしている。元々は相撲取りで、一場所だけ十両に上がったことがある。だから元関取である。得意技は「けたぐり」だった。相撲をやめてからは、俳優になった。映画にも何本か出ているらしい。

元相撲取りは、幸運にも初めて映画に出たときからちゃんと科白のある役をもらった。それは、マッサージ店の店員の役だった。ホテルのマッサージサービスの下請けをしている出張専門のマッサージ店で働く元相撲取りの役だった。

映画の中の元相撲取りは、宿泊客からマッサージの注文が入ると、按摩師を車に乗せてホテルに向かう。ホテルに着くと、盲人の按摩師の手を自分の肩に載せて、フロントまで誘導する。そして、ホテルマンに「毎度ありがとうございます。山田治療院です」と挨拶をする。

二度目に出た映画は時代劇だった。そこでは圧政に苦しむ貧農の役をもらった。年老いた母親と二人でぼろ小屋に住む農民の役だった。「おっかあ、寒ぐねが」というのが、このときの科白。優しい息子の役だった。

エンリケの新しい友達は、じゅんと言った。じゅんは食べていくために映画以外の仕事もしている。ビデオ映画に出演したり、アダルトビデオにも出ている。

体が大きくて色白で太っているじゅんは、アダルトビデオの女優さんたちにとても人気がある。

じゅんの大きい体は画面に栄えるから、監督も積極的にじゅんを男優として使うようになってきた。だから、実は最近の仕事はアダルトビデオの出演がほとんどだった。

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2005年1月25日 21:51に投稿されたエントリーのページです。

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