9月25日(土)
やや二日酔い気味なるも、朝からちょっとだけ研究室へ行き、久しぶりに会ったT先輩
に実験の相談をする。
お昼から芦屋の体育館で行われたお稽古では、久しぶりに高雄さんにお会いした。
合宿も暑かったけど、芦屋の柔道場もまだまだ暑い。
合気道のお稽古の後は、梅田で開かれた研究会に出席。
昨日久しぶりに江編集長にお会いしたら、今日もまた岸和田の人に出会ってしまった。
一般演題5題の発表の後に行われた府立成人病センターのK野先生による特別講演は、骨髄移植における感染症のマネージメントに関するものだった。
講演の初っぱなに映し出された一枚目のプレゼンテーションが、いきなりだんじりの
遣り回しである。
「私は岸和田の出身で、だんじり祭りをしております。今年も何とか無事に祭りを終
えることができました。だんじりの見せ場の一つは、コーナーを速いスピードで駆け
抜けていくこの遣り回しです。遣り回しでは、前梃子と後ろ梃子の絶妙なコンビネー
ション無くしては、腰高の構造のだんじりはあっさりと倒れてしまい、死人が出るよ
うな惨事も起きかねません。骨髄移植における感染症の合併は、ときに患者さんの死
につながるものであり、移植の安全な曳航のためには、移植治療と適切な感染症コン
トロールのコンビネーションが必要不可欠なのであります」
と、K野先生のつかみはいきなりだんじり話である。
府立成人病センターは、日本にいち早く骨髄移植を取り入れた施設である。長年にわ
たって蓄積されたデータを元にしたK野先生の講演は、非常に興味深くかつ勉強になっ
た。
特に興味をもったのが、移植後の患者さんにおけるアスペルギルス感染症の地域によ
る発生頻度の違いの話。
アスペルギルスというのは、真菌(カビです)の一種で、普通の免疫力を持った人たち
には何ら病原性を持たないが、移植後などで、免疫抑制状態にある患者さんにおいて
は、ときに命を奪うほどの重症感染症を引き起こすことがある。
全国調査の結果、そのアスペルギルス感染症が、九州沖縄地方に多く東~北日本ではそれ程多くないという結果があるそうで、これは地域の降水量とかなり大きな相関があるらしい。
以前、アメリカのシアトルとヒューストンにある大きな病院間で、骨髄移植時のアス
ペルギルス感染症の発生頻度を調べたら、雨が多いシアトルでは発生頻度が高く、雨
が少ないテキサスではほとんど発生していなかったという話を聞いたことがある。
おそらく日本でも同じような傾向があるのだろう。
雨は結構多いと思うのだが、どういうわけか関西のアスペルギルス感染症は少ないの
だそうだ。雨以外にも発生頻度を左右する重要な因子があるのかもしれない。
いろいろなことを考えながら聴いていた50分間の講演はあっという間に終わってしまっ
た。
終了後、熱心な聴衆からいくつかの質問が出る。
そこに混じって、「だんじりのドビといわれる軸受けは各町によって様々な工夫がな
されており、そこにはときにF1カー並みのハイテクが導入されているという話を聞い
たことがあるのだが、先生の町ではどの様な工夫をなされているのでしょう?」と、質
問しようかとちょっと思ったが、そんなことを言ったらたぶんクビになるので我慢し
た。
クビになったら困りますもんね。マリちゃんの話も村上春樹に先に書かれちゃったし。
なんちゃって。
9月24日(金)
先日、「街のいけないうなぎ屋を正す会」(うな正会)というのを、ささやかだが確固
たる意志をもって設立した。
会のメンバーは江編集長(会長)、そして僕(副会長)の2名である。
この会の主な目的はふたつ。
1. 巷に流布している「脂ぎとぎと巨大ドーピング鰻」を戒める。
2. 近年忘れられつつある、うなぎに対する節度をもう一度世に問う。
以上。
そしてこの日、記念すべき、うな正会の初会合が肥後橋の「だい富」において開かれ
た。もちろん節度を持ってとてもささやかに開かれた。
「だい富」は、江編集長の『ミーツ』編集部がある京阪神エルマガジン社から歩い
て50歩のところにある江戸前うなぎの名店だ。
世間のいけないうなぎ屋に説教をかます前に、まずは「正しいうなぎ&正しいうなぎ屋」をふまえておく必要性があることから、会長はかねてからその実力を高く評価していたこの名店を初会合の場所として選定した。
マッチ売りの少女のように女の子が栗饅頭を売っている帝人ビルの前で会長と待ち合
わせた後、そこから徒歩30秒の「だい富」へ向かう。
ぼーっとしていたら、通り過ぎてしまいそうな程小さなお店だが、不思議な存在感が
ある。白い看板にかかれた「○に鰻」のマークがとってもシック。
引き戸を開けてお店に入ると、中にはテーブル席が四つ。もしかしたら2階にも席があ
るのかもしれない。
時分どきにも関わらず、先客は初老の男性4人連れがいるだけだった。客層といい人気の少なさといい、まさに「正しいうなぎ屋」という感じである。
清潔感があって上品なのだが、どこか気安い感じがするのは関西ならではのものだろ
うか。
接客は40代くらいのとても感じの良い女性。水色のTシャツとスカートの上から白いエ
プロンをしている。くるぶしが隠れるくらいまでの真っ白な靴下がとてもよく似合っ
ていた。
上着を脱いで、白いシャツとネクタイ姿でうなぎのコース料理を食べながら酒を飲ん
でいる4人のおじさん達は、ちょっとだけ小津映画の「若松」みたい。
うなぎの「竹」を頼み(注文内容にも節度が重要なのだ。うなぎのフルコースを違和感
なく頼めるようになるまでには相当の年期がいる)、ビールを飲みながら到着を待って
いると、15分から20分ほどで待望の「竹」が登場。
蓋を開けると、ほんの少しだけ透き通っているように見える艶やかな白いご飯の上に、
過不足ない大きさと厚さをしたうなぎの蒲焼きが静かに横たわっている。
ドーピングうなぎは肉厚で、蒲焼きの表面もまるでポマードでも塗ったかのようにき
らきらと光っているのだが、「だい富」の蒲焼きは、光り方に気品がある。表面がつ
や消しっぽくなっていて、張り替えたばかりの畳に少し似ている。
小さい頃、祖父の家でときどき食べさせてもらったうなぎの蒲焼きは、サイズといい、
色合いといい、こういううなぎだったような気がする。
一口食べてみると、一瞬で口いっぱいにうなぎ特有の香りが広がる。
しっかりした味付けなのにどこかさっぱりしていて、まったく嫌みがない。噛んで飲
み込むと、すぐに次の一口が欲しくなってしまう。
欲しいままに食べているとあっという間に無くなってしまいそうなので、会長に「た
まらんですなー」などとつぶやきつつ、ときどき肝吸いもすすったり、漬け物を囓っ
たりして間を取る。
うなぎと共に口に入るご飯がまた美味しい。丁度良い温度に冷ましてあるご飯はそれ
だけでも甘みがある。そして、そこにうなぎのタレが絡まるといっそう美味しくなる。
会長によると、この店では釜でご飯を炊いているそうである。
いやー、ホント旨かったです。会長ありがとうございました。
幸せの余韻に浸りながら店を後にして、江会長とともに四つ橋筋を南下。会長が会う
約束していたという、UFJ総研の川崎さん日隈さんと初めてお目にかかる。
4人で阿波座駅付近の和食のお店に移動し、さつま白波をかぷかぷと飲んだ。
大らかで行動力あふれる印象の“親分”川崎さんと、ポールスミスのシャツがよく似合
う、優しさとクールさが同居した“美男子”日隈さんは、風貌も、会話をつなげていく
発想もともに柔らかで、およそ普通の会社勤めの人たちには見えない。
江さんとお二人の仕事の話から始まった会話は、いつの間にか街レヴィ方面へ突入し、初秋の夜はあっという間に更けていくのであった。
翌日はちょっと二日酔いでした。