« 年の瀬のバーで始まる物語 | メイン | ルージュと明かりはつけたまま »

気になるのは煙草よりドクターの行方

9月6日(月)


シクラメンに香りはない

突然そういうと、女の子は新しいたばこを箱ごとくれた。

思考が連なってどんどん飛んでいく状態を観念奔逸という。

学生時代に読んだ精神科の教科書にそう書いてあったが、まさに彼女はそんな感じだっ
た。

突然変な話を思い出して口にしてみたり、脈絡もなく小椋佳の歌に文句をつけ始めた
りしているこの女の子は、形のきれいな頭の中でいったい何を考えているのだろうか。


夜の嫌いなおばあさんの話は、僕も小さな頃どこかで聞いたことがある。

夜の嫌いなおばあさんは、夜をどこかへやってしまうために箒で追い払おうとしたり、
煙で燻そうとしたりと、一晩中手を替え品を替え奮闘するのだが、当然夜はどこへ行
くわけもなくて、ずっと空を覆っている。

それでもおばあさんがなんだかんだと一晩中頑張っていると、時が経って夜が明け始
める。ようやく白んできた空を見てほっとしたおばあさんは、疲れのためにいつの間
にかぐっすりと眠ってしまう。そして目が覚めた時、おばあさんの目の前には次の夜
がもうそこまで来ている。

というのが、だいたいのストーリーだった。

その女の子にもらったたばこが、冬物の上着かコートの中に必ずあるはずなのである。
でも、どこを探してもまったく見つからない。

ポケット探しも三まわり目くらいに入っているのだが、出てくるのはガムとかボール
ペンとか有効期限が過ぎたタクシーチケットとかそんなものばかり。

そろそろあきらめようかと思い始めた頃、ある上着の内ポケットの中から口紅が出て
きた。どうしてそんな物がここにあるのかまったく記憶にない。

キャップのような部分を取ってみると、その口紅は、茶色というかベージュというか
赤というか、中間色としかいいようのない色をしていた。ほとんど使われた様子もな
い。

いずれ僕には用のない代物なので、キャップというか鞘のようなものを付け直して、
ゴミ箱に捨てた。

すると、どこかから「塗ってみろよ」という声が聞こえてきた。

気のせいかと思って無視していると、もう一度「試しに口に塗ってみろよ、さとうく
ん」と言う声が確かに聞こえた。

もしかしたらと思ったが、やはりそれは腹の中のジャムパンの声だった。

About

2004年9月 7日 23:28に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「年の瀬のバーで始まる物語」です。

次の投稿は「ルージュと明かりはつけたまま」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。