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ドクター、医学をする

5月8日(土)

合気道のお稽古の後、研究会に参加。

インスリン依存性糖尿病に対する心停止ドナーからの膵島細胞移植の話を聞く。

ばらばらにした膵島細胞(膵臓でインスリンを産生する細胞)を肝臓の門脈に注入す
るという非常に低侵襲な治療。お腹を開かなくて良いんです。

ニュースでも大分取り上げられていたようだが、恥ずかしながら知らなかった。

世界中ではすでに200例以上の患者さんに行われているそうである。

長期間にわたる有効性についてはこれから検討が必要であるということですが、大き
な可能性を持った治療法なのだと思います。

5月7日(金)

今回の治療は相当しんどかったです。でも、だいぶましになりました。今度は随分き
つい薬が入っていたんじゃないですか?

前回の治療で使った薬の他にもうひとつ薬が追加になっていますからね。それで前よ
り少し大変だったのかもしれないです。先週は抗癌剤の影響で白血球も少なかったで
すし、熱も出ていてかなりしんどそうなご様子でしたが、大分お元気になったみたい
ですね。顔色もいいですよ

いま丁度お風呂に入ってきたところなんです。やっぱりお風呂はいいですわ。先週ま
では体を拭くだけでお風呂にも入られなかったから

西川さん、入院して3か月くらい経ちますが、そろそろお家に帰りたいと思うことは
ありますか?

うーん、家もいいんですが、もう病院での生活に慣れちゃいましたねえ。それに、家
に帰ってももう仕事はできないと思うんですよ。私はパンの小売りをやっていまして
ね、製造業者のところにパンを取りに行って、それをスーパーの柵に並べるんです。
朝5時くらいにメーカーにパンを取りに行って、売り場をやっているスーパーに運ぶ
んです。ヤマザキとか神戸屋とかあるでしょう、そういうところにパンを取りに行く
んですよ。今は家内と娘が代わりにやってくれています。家内はそのスーパーで、た
こ焼きやお好み焼きの出店をやっているんです

売り場のあるスーパーは何店舗かあるんですか?

いえ、ひとつだけです。でも、運ぶ量が結構あって大変なんですよ。まあ、一度売り
場にパンを並べてしまえば、販売はスーパーのレジでやってくれますから、後は時々
売り場を覗いて、少ないものを補充すればいいんですがね。スーパーの前は市場でパ
ン屋をやっていたんです。数年前に市場全体を潰して、組合でスーパーをやることに
なりまして、今はそのスーパーで小売りをやっているんです。でも、わたし元々は違
う仕事をしていたんですよ。先生、私が何をやっていたかわかります?

いや、ちょっと分からないです

履物屋です。元々はその市場で履物の店をしていたんですよ。履物屋は楽で良かった
です。パンみたいに賞味期限があるわけじゃないから仕入れが楽なんですね。品物は
春から夏とか、秋から冬の間に売れば良いんですから。それに、売れ残ったとしても
安売りをしたりで在庫を処分できるんですよ。でも、市場の近くにダイエーや他にも
たくさんスーパーができましてね、そういうところで同じものを安く売ってるんです
よ。それで、もうこのまま履物ではあかんなあ、と思いまして、ちょうどその頃、市
場のパン屋さんが店を辞めることになりましたんで、それでパン屋をやることにした
んです。でも、結局、近所のスーパーに市場のお客さん全体を取られちゃいましてね、
それで、市場をやめてみんなでスーパーをすることになったんですわ

出張に行っている病院で、週に一度だけ会う西川さんは、マントル細胞リンパ腫とい
う、悪性リンパ腫の患者さん。

多くの場合は、標準的な抗癌剤の治療を一回行っただけで、腫瘍のサイズは随分と小
さくなる。点滴の治療をすると、もう翌日には腫瘍がすこし小さくなっているのも珍
しいことではない。しかし、西川さんのお腹の中の大きな腫瘍は、治療をしてもほと
んど小さくならなかった。

そのため西川さんは、別の種類の抗癌剤の組み合わせによる治療を受けている。


西川さんは履物屋がうまく行かなくなってきた頃どういうことを考えていたんだろう
か。パン屋に仕事を変えることにした時はどういう気持ちだったのだろう。

語り口がのんびりとした老人で、失礼ながら「機を見るに敏」というふうにはあまり
見えない。たこ焼きの出店とパンの両方をきりもりしている奥さんにせっつかれて、
商売替えを決めたのだろうか。

パンの仕入れは難しいと西川さんは言っていた。お店に並べるパンは三日前に注文し
なければならない。三日後にどのパンが売り切れてどのパンが残っているのか予想し
て注文するのだそうだ。

パン売り場で品物を物色しているお客さんたちを、遠くの方から心配そうに眺めてい
る西川さんの姿が目に浮かんでくる。これまた失礼ながら、あまり仕入れの予想もう
まくなさそうである。

病気を完全に治すのはかなり難しいと思われる。少し元気を取り戻せば、パン売り場
の様子を眺めに行くくらいはできるかもしれない。

来週は、菓子パンと、食パンなどの食卓用パンの売り上げ比率および季節による売れ
筋の変化などについて話を聞いてみたい。

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2004年5月10日 09:01に投稿されたエントリーのページです。

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