劣化世論を叱る

 最近、私の記事に「劣化世論」という言葉がよく登場します。詳しい意味をご
存じでしょうか......「ハイ」と答えられた方はウソつきです。先月ごろ私が作っ
たことばだからです。この機会に定義しておきましょう。

1)事実認識や
2)論理展開に大きな欠陥がある
3)感情的な意見が、
4)何らかの形で増幅され、
5)大きな社会的影響を持ったもの

 こんなところですか。そして、たいていの場合、「もし実現したら、支持者に
とって利益にならないどころか破滅に繋がりかねない、過激で危険な主張」なの
です。あえて攻撃的な造語をしなくても、従来からある「衆愚」とか「デマゴ
ギー」という言葉で説明すれば良さそうなものですが、どうも我が国の世論の劣
化は、そういった概念とは違うようなものに思えます。
 「衆愚」というのがしっくりこないのは、「愚かな人々が多数いて、彼らがい
つもいつも馬鹿な意見を叫ぶ」という訳ではないからです。自分の周辺だけでも、
大先輩や先生方あるいは友人で、医師・研究者・法律家などとして立派な見識を
もっている人が、専門分野意外では、ある種の劣化世論の熱心な支持者で、極端
で暴力的な主張をサラっと言ってのけたりすることが増えたように思えます。常
識も教養も、そして専門分野の修羅場で研ぎ澄ましたはずの論理的思考も、まっ
たく機能していないようです。
 偉そうに言う私自身もやらかす可能性は常にあるので、SNSに長い文章を書
くことは避けています。「アゴラ」や「サキシル」に書いていたときは編集者が、
この長屋では大家さんが、掲載前に目を通して下さるので、あまり酷い記事を書
いて劣化世論の火だねや燃料になることは免れていると信じています。


劣化防衛力整備論

 ここで、最近の例でケーススタディーをしてみましょう。国会の場で立憲民主
党の古賀千景参院議員が「私も教えた子がいっぱい自衛隊にいるんです。いっぱ
い苦しんでますよ。でも、分かってほしいのは、自衛隊に行く子供たちって、経
済的に厳しい子どもたちが行くんですよ。豊かな子どもたちは、自衛隊とかなり
ませんよ」などと発言して、その場で抗議を受けて訂正(情けないなぁ)。でも、
SNS上では炎上が続き、それに乗っかる形で、K防衛大臣が「許せない」などと
批判しました。一連の流れの中での、もとの発言と批判の両方について、劣化世
論の病理を前段の1)から5)の視点で整理してみましょう。
 まず、発端の議員の発言。についてですが、事実関係1)については、大きな問
題はなさそうです。最近ブレイクしたある女芸人さんなどが典型ですが、貧しい
若者は豊かな若者よりも自衛官になりやすい、というのは事実です。
 けれども、おかしいと思うのは、次の「いっぱい苦しんでいます」です。意味
不明。「いっぱい」というのは、「苦しみが大きい」ということなのか、「苦し
む者が多数」ということなのかわかりません。また、いつ・どういう理由で「苦
しんで」いるのでしょう。あえて解釈すれば、「入隊後に訓練の理不尽さや、衣
食住など待遇の悪さに苦しむ」のか、「給料や退職手当が悪いので引退後の生活
が苦しい」のか、「貧しさに負けて『人を殺す悪の組織』に身を落とした恥ずか
しさに苦しむ」のか、発言の意味がまるで違ってきます。
 昔々の左翼系の人がよくやったことですが、主張のうち肝心なところで、意味
のはっきりしない決まり文句(「苦しい」以外では、「明るい」「力強い」「し
たたか」「抑圧」「疎外」「反革命」など)を持ち出すことで、内容はないけれ
ど勢いのある文書ができあがります。今回の「苦しむ」は、近頃ではまれな典型
例と見なせそうです。
 次に論理展開の2)。「私の教え子に関しては」と自分の経験に限定するか、一
般論にするなら「多くの場合」としておかないと、「自衛官は全員例外なく貧乏
人の子」というウソになってしまいます。文系特有な言葉足らずだと思うのです
が、これだけなら批判は単なる揚げ足とりになります。
 そして自衛隊嫌いという感情3)が露骨過ぎて、内容の公平性に疑問の目が行き
ます。 安保闘争時代に左翼系学生などがよく使った「古典的劣化世論の種」で
した。当時は組織内にはアナログのエコーチャンバーがあり4)、あっという間に
若者の間に劣化世論が形成されました5)。けれども、今では説得力が全くないの
で、「左向き劣化世論(絶滅種)の化石」とでも呼ぶべき代物です。


 隊員を侮辱する防衛大臣

 次に批判側。まず議員の発言に反論するなら、「貧しい家の子供は自衛官にな
りやすい」というのが間違っていることを、統計的事実を示して否定するべきで
す1)。というより、これをやっておけば、話はそこで終わります。防衛大臣なら、
たやすいことでしょう。きれに「論破」してもまだ気が済まないのなら、「デタ
ラメを言うな」と一喝しておきましょう。
 けれども、当の防衛大臣を含めて誰もこういう真正面からの反論をしないとこ
ろを見ると。「貧しい家の子供は自衛官になりやすい」という経験的な俗論は、
どうやら正しいのではないでしょうか。
 次に論理性2)。議員の発言で、「自衛官や家族の皆さんが傷ついている」とし
ながら、事実関係を否定しないとすれば、「事実ではあるが不名誉で恥ずかしい
ことをあえて指摘した」ことを非難しているのでしょうか。
 だとすれば、「貧乏な家に生まれることは恥ずかしいこと」なのでしょうか、
「貧乏青年のくせに自衛官になるのは、おこがましいこと」なのでしょうか、あ
るいは「貧乏人を集める自衛隊とは不名誉な組織」なのでしょうか。つきつめて
考えると、もとの発言よりもよほど、自衛官にも自衛隊にも失礼な話のように思
いますが。
 自衛隊が好きで左の政党が嫌いという今の空気は、かなり歴代の自民党政権が
洗練されたメディア戦略で作ってきたものでしょうが、あくまで感情3)でしかあ
りません。けれども、よく言われるようにSNSのエコーチャンバーが作用する
事4)で、炎上がはじまりました5)。
 げっそりするのは、発言者の古賀議員や議員が所属する立憲民主党幹部も、こ
の流れに乗せられていることです。訂正や謝罪をするにしろ、もう少し論理的に
がんばっておかないと、気の弱いただのアホに見えてしまうと思うのですが。



小泉防衛大臣「大臣として黙っていられない。隊員と家族が傷ついている」 
立憲議員の「豊かな子は自衛隊とかならない」発言を改めて批判、FNNオンライン、



https://www.fnn.jp/articles/-/1060691?utm_source=headlines.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=relatedLink


 志願制という名の美しきウソ

 ここまでなら、「脇の甘い左の発言に、右がイチャモンを付けた」という、最
近よくある話ですみます。けれども、当事者はあえて無視したのか、興味の方向
が違ったのかわかりませんが、表に出なかった本質的問題があります。ありてい
に言えば、誰がどんな手続きで国防に参加するのか、或いはさせられるのか、と
いうことです。
 兵士を集める方法は、基本的に志願・傭兵・徴兵の3つです。このうち志願の
話を議論してもあまり意味がありません。一般民衆が兵士になることを禁じてい
る国は、古今東西皆無です。例外は、インドなどのヒンズー教圏のカースト制や
かつての我が国の士農工商のように、戦闘員であることが階級と結びついている
ような場合だけです。
 だから、志願という制度は世界中にあって、世界中で機能していません。国家
間の紛争を武力で解決することへの批判が高まっていることを考えると、単純に
自国(実態は現政権)の正義を信じて危険を顧みずに、一兵卒ではせ参じる若者
は世界的に減少するでしょう。近年は、自国側の不都合な真実も瞬時にSNSなどで
拡散され、多くの紛争は「どっちもどっち」という部分が露わになり、およそ国
家というものに、身を捨ててまで通すほどの義は感じられなくなってきています。


 トクリュウ対督戦隊

 志願の動機を愛国からゼニに変えると、傭兵制度が出来上がります。彼らは国
家の大義などには興味がなく、与えられたミッションのためなら、どんな残酷な
ことでもしますから、ある意味では使い勝手のよい連中です。経験や能力によっ
て値札がついていることもありますから、安くかつ手っ取り早く必要な戦力を補
充する最適な方法、と言ってよいでしょう。
 けれども、よく考えてみると、金銭的な契約に基づいて、見ず知らずの他人に
致命的な暴力をふるうビジネスですから、特殊流動型犯罪と同じ構造になります。
忠誠心など期待する方が愚かです。当然、戦況が悪化すれば真っ先に逃げ出すで
しょうし、無条件降伏したあげく敵に寝返ることをよくあるパターンです。
 この長屋の大家さんの話によく出てくる「督戦隊」という味方を監視する組織
の設置も考えられますが、もともと優秀かつ冷酷だから傭兵をやっているような
連中を、少人数で制御できるほど有能な督戦隊を組めるのなら、最初から彼らを
前線に送ったほうがよほど効率的でしょう。


教育論と組織論、内田樹の研究室、

http://blog.tatsuru.com/2025/06/13_0920.html

 まとめて言えば、傭兵を機能させるためには、最初から不利な戦況を覚悟でき
るぐらいの高額報酬を用意するしかありません。なにしろ最強トクリュウですか
ら、きわめて高くつく軍隊で、あきらかに侵略戦争向きです。


 裁判員制度の前科

 というわけで、低コストで一定の量と最低限度の質の兵士を確保するには、徴
兵制が王道ということになります。
 実際、我が国は徴兵制のための準備が着々と進めています。まず、裁判員制度。
考えてみれば唐突な導入でした。刑事裁判の一審だけですから、時代に即した画
期的な判決が出たとしても、原告・被告のどちらかが控訴するでしょう。そうな
るとプロの法曹人が、素人の「斬新」な判断をそのまま追認するとは思えません
から、高裁は弁論を開始することになり、慣例的な落としどころに刑量は落ち着
くでしょう。つまり、時間と経費の無駄です。
 私の見たところ、裁判員制度の最大の狙いは、裁判所を奴隷的徴用の共犯にす
ることです。今後、防災、福祉などの場で、緊急性と公共性を口実に民間人に労
働を強制しなければ、国家の機能が果たせなくなる可能性が出てきています。ク
マと猟友会の関係を思い出して下さい。
 こうした徴用を、憲法18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、
犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」 b>を盾に拒否する「非国民」たちを、裁判員制度という「前科」を持つ裁判所は、
守りにくくなるという寸法です。ここまで来れば、徴兵制まであと一歩です。
 あるいは、まず徴兵制度を作っておいて、「良心的徴兵拒否者」を福祉や防災、
場合によっては公共事業に安く使おうというのもアリです。「銃を持つのが嫌な
らボランティアしようね」......まことに国家というものは、若者にとって陰険で
やっかいなものです。



日本国憲法、G-Gov法令検索、

https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION


「ぬちどぅたから」を憎む国家

 けれども、先進国を中心に徴兵制度は流行らなくなっています。あまりにコス
トがかかるからでしょう。ひとたび定数の人員を徴用すれば、除隊か戦死するま
で、彼らの衣食住の面倒を見なければなりません。当然ですが給料もいります。
特に名誉の戦死の場合、遺族に保証金ないしは年金を支給することになります。
しかも、良質な若年労働者である彼らが、ほとんど生産的な活動をしないのです
から、経済の足をひっぱる効果は無視できません。実際、ウクライナ戦争で数十
万単位の戦死者と同じ規模の逃亡者を出しているロシアの経済は、徐々に翳りが
出てきました。
 けれども最大の問題は士気でしょう。少なくとも志願する気のなかった人間を
狩集めたのですから、最初から高いモチベーションは期待できません。「徴兵さ
れた。日本死ね」と思っている人間も一定数混じるでしょう。生まれて初めて撃
った実弾で上官の頭を吹き飛ばすような「ありがちな狂気」には、一定の対応マ
ニュアルが作れそうですが。虎視眈々と逃亡や反乱の機会を伺い面従腹背をして
いる「賢者」も少なくないでしょう。
 なにしろ、国に命を捧げても何の成果がなかった我が帝国陸海軍の将兵の話は、
あちこちにころがっています。だから、愛国や大儀と言っても命あっての物種だ
というのが、戦後日本人の常識的な見解です。英霊だの靖国だのと、宗教染みた
ことを言われれば言われるほどシラけるでしょう。
 特に、地上戦があり、かつて多くの親族が殺された現場で日常生活をおくって
いて、戦争の阿保らしさが骨身にしみこんでいる沖縄の人たちが、「ぬちどぅた
から;命は宝物である」と主張して、それが他の日本人に伝播することを、国防
側の人間は心底恐れています。だから、辺野古にしろPIAFSにしろ、少しでも沖縄
でトラブルがあると、露骨なヘイトが発生するのです。
 話を戻します。ごく普通の令和の若者をランダムに徴兵しても、士気の点で兵
士として使い物になるのか甚だ疑問です。もちろん、洗脳をすることも可能なの
でしょうが、これまた膨大なコストと時間がかかりそうです。とても有事には間
に合いそうもありません。
 同じような話は、世界のあちこち特に先進国と呼ばれる国では多かれ少なかれ
おこっていることで、志願制(ある種の傭兵制)が軍のリクルーティングの基本
になっています。となると問題になるのが、国家が負担できるコストです。
 志願する側からいえば、万一の有事に前線で戦死する可能性をどの程度のコス
トと考えるかということです。「ぬちどぅたから」という観点だと、お金をいく
らもらっても引き合わないことになります。とすると、どうしても貧しい出自の
若者ほど、軍に志願しやすくなります。これは常識に類することですから、「いー
や、わが自衛隊は違うんじゃ」と言うのなら、さっきも書いたように、データを
もって反論して下さい。でも、できないようですね。図星だったと考えざるを得
ません。


 どっちが本当の侮辱なのか

 事実だとすれば、「それを開示すること」と、「それを隠蔽して放置すること」
のどちらが当事者を傷つけることになるか、考えるべきです。つまり、自衛官は
貧しい家の子供が多いという不都合な事実を公表するのと、あらゆる若者が進路
の選択肢と考えるだけの十分な報酬を自衛隊に用意しないのと、本質的に自衛官
を侮辱しているのはどっちか、ということです。
 防衛関係の方で、これを機会に予備役制度を服も自衛官全体の待遇をよくすべ
きだという議論をされている方もおられますが、そういう主張をするのなら、最
初に声を上げた古賀千景参院議員にまずは謝意を示すべきです。そうでしなかっ
たら、こうした主張が国民の目に触れる機会は激減していたでしょうから。



自衛官への敬意を「制度」に変えよ:議員が侮辱する国で、誰が国を守るの

アバター、九条丈二、アゴラ、


https://agora-web.jp/archives/260618051656.html


劣化世論が守る経済的徴兵制

 経済的徴兵制という言葉があります。地方の疲弊や格差社会の進行で、一定数
の若者が軍隊に入らないと生活ができなくなるような状況を言います。政府にと
っては美味しい話。まず、徴兵制を持ち出すという巨大な政治的リスクを避けら
れます。何があっても「あくまで、志願ですから」と言い切れます。また、自衛
官の待遇を低いまま放置することもたやすくなります。「食わせてもらっている」
という負い目から、必要最小限の士気は確保できそうです。自爆的な反抗のリス
クも徴兵制度より格段に低いでしょう。
 こうした状況にはもちろん倫理的な問題があります。端的に言えば、「貧しい
家の子供ほど戦死のリスクが高くてよいのか」という議論です。けれども、前提
となる不都合な事実を指摘した議員に、劣化世論に乗った大臣が見当違いの反発
を投げつけるような国では、選択的徴兵制は政権側の最適解として、当面生き続
けるでしょう。