この記事は【無理のクマさん】連載3本中の2本目です。
1本目は「シュレック氏との出会い」で http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2025/12/12_0852.html
よろしかったら、こちらからお読みください。
シュレック氏との経験をもとに、今年(2025年)の大事件になりましたクマの
大量出没とその対策について考えてみました。
まず、出没の場所ですが、北海道と東北地方が大部分で、それに北関東甲信越
と北陸・北近畿(滋賀・京都)と続きます。クマが激増しているこのエリアをレ
ッドゾーンと呼ぶことにしましょう。
国内で他に生息が確認されているのは紀伊半島・中国・四国ですが、人との遭
遇が少なく人的被害もごく少数です。また、九州では絶滅が確認されています。
クマの存在密度は山林の深さに関係しているように思います。私なりに整理すれ
ば、「クマは山脈に連なる地域で増える」ということになります。
少し解説をしましょう。山の多い場所は次のいずれかです。山脈・山地・連山
です。学問的な定義ではないのですが、こう整理して覚えておくと便利です。山
脈とは大地のシワです。急な斜面と尖った峰筋が一直線に細長く続きます。川も
それと平行に走り支流はあまり発達しません。
大雑把に言えば、下から河川敷・農地(村落・市街)・里山・山林・峰の順に
川と平行にそれぞれが細長く並ぶことになり、自動的にクマと人とのゾーニング
ができている環境と言えます。山林も農地も長々と続くので、移動するときクマ
も人も相手のテリトリーを通る必要がありません。
こうした地形が出来やすい典型的な(小学校の教科書にあるような)大山脈は、
国内に5本しかありません。すなわち、日高(北海道)、奥羽(東北)、木曽・
飛騨・赤石(中部)で、全てレッドゾーンのほぼ中心に位置しています。
次に、山地ですが、そのほとんどは山脈のなれのはてで、風化によって山が削
られて低くなり、川や谷筋が発達してネットワーク状になったものです。さらに
風化が進んで凸凹がすり減って、頂上に平地が残るのっぺりした広大な台地が出
来ることがあります。これを高地と言います。傾斜が緩いので集落や農地が峰の
すぐ近くにまで広がっています(棚田や段々畑など)。杉・檜の植林も古くから
盛んに行われており、自然林が少なく熊の餌になるトングリ類はあまり落ちてい
ません。近くの山脈にある本格的な山林と行き来できるような場所(たとえば夕
張山地、阿武隈山地、関東山地)以外では、今のところクマの急増は見られてい
ません。
連山というのはあまり聞かない言葉ですが、狭い地域に同時多発した兄弟火山
のグループを言い、多くの場合、一つ一つの山々は独立しています。また、火山
の大部分は火山灰や溶岩だけでできていますから、水はけが良すぎる上に土がや
せていてドングリなる木はあまり生えておらず、標高が高くても火山はクマにと
って魅力のある山ではありません。たとえば富士山の裾野にもクマはいますが、
個体数も少なく被害の報告はあまり聞きません。
九州では絶滅したクマが四国にはいる理由
国内各地での地形とクマとの関係を見てみましょう。
九州は意外なほど大規模な山林の少ないところです。標高1800m以上の高山の
大部分は、屋久島内か九重連山かにあり、いずれも火山です。それ以外でも雲仙
・阿蘇・霧島・桜島と九州の高山はほとんどが孤立した火山で、しかも爆発噴火
型やカルデラが多く、富士山のような巨大な山はありません。山脈状の地形は熊
本・宮崎間に少しあるだけで、そこにも1700m越えの峰はありません。東京都内
にすらこれらより高い山は10座以上あります。
九州ではかなりの山中にまで耕地が広がり植林も盛んです。人工林では餌にな
るドングリ類が極端に少なく、人間から隠れられる場所もあまりません。おそら
くそのためでしょう、戦前のうちに野生のクマは絶滅しています。
一方、四国には、西日本最高峰の石鎚山をはじめ1900m越えの山だけでも、
4座もあります。活火山はひとつもなく山脈状の地形で多く広葉樹林が発達して
います。もちろん、ドングリを落とす広葉樹の原生林も潤沢に残っています。
だから、本州のツキノワグマとは何世紀にもわたって行き来がないはずなのに、
今でも四国の中心部には数十匹の集団が残っているということです。この数なら
突然の餌不足もおこりにくく、食い詰めて人里に降りてくる個体も皆無でしょう。
そのため、今のところ熊鈴などの普通の対応で十分で、むしろ絶滅が心配されて
います。
では本州のツキノワグマの分布はどうなのでしょうか。本州全体は地続きなの
で、すべての集団に交流の可能性がありますが、現在のところ数十の集団に分か
れているようです。ちなみに淡路島や佐渡島などの離島には、野生のクマは一頭
もいません。
本州の各地域を簡単に具体例を見ていきましょう。
まず、確実に孤立していると思われる小集団が紀伊半島にいます。本州で唯一、
太平洋ベルト地帯の南側にいる数100頭規模の集団で、四国と同様こちらも今のと
ころ大きな被害が出るほどの急増はおこっていないようです。
次に、山口県・広島県西部・島根県西部からなる中国地方西部、こちらの集団
も頭数の推計は発表されていませんが、今のところあまり大きな被害は出ていま
せん。このエリアでは、今年(2025年)に入って目撃数が減少していることも報
告されています。
西南日本にある以上三地域のクマたちは、今のところあまり問題になっていま
せん。さて、残りの青森から島根東部までつながる広大な地域をレッドゾーンと
一括りにして扱ってよいかどうか、私には判断がつきかねていますが、細かい分
析をしたところで意味はあまり無いでしょう。大部分が過疎地で山脈・山地の割
合も高いので、今後、熊の数が増えていけばクマの移動と交流がおこり、地域全
体が一体化してしまう可能性が高いからです。
以上まとめると、国内のツキノワグマの集団は、小さい順に、「四国」「紀伊
半島」「中国地方西部」そして「北陸・関東・東北にまたがるレッドゾーン」の
4つにあるということです。このうち、個体数が激増していて今大問題になったの
はレッドゾーンだけです。言い方を変えれば、「太平洋ベルト地帯の北側の過疎
地」それも人口減少と高齢化が激しい場所ばかりです。耕作放棄地や収穫されな
い果樹が増加していそうなエリアでもあります。
ではもうひとつのクマであるヒグマはどうかなのか、実質的に北海道全域が1つ
のエリアです。かなりの頭数が札幌にまで出没しているのですから、北海道本島
内にはヒグマの来ない場所はないと考えられます。一方、利尻島や礼文島などの
離島や、北方領土のうち歯舞諸島・色丹島にはいないとのことなので、北海道本
島全体をレッドゾーンに追加しました。
クマ出没マップ,汎用投稿システム Sharp9110,https://public.sharp9110.com/view/allposts/bear
熊出没データを解析してみた(1/3) 熊の出没,おぴ, https://ops-system.net/blog/archives/473
生き物通信21,大西尚樹,https://www.ffpri.go.jp/thk/research/publication/ffpri/documents/kikanffpri-19_26-27.pdf
同時に急増したことの謎
ところで、ヒグマとツキノワグマとはクマの中ではかなり遠い種類(混血はし
ない)なのに、同時期に出没が急増したのはなぜなのでしょう。ドングリの豊作
と凶作の周期が短くなり、この10年ほどはほぼ一年ごとに豊凶を繰り返している
ことが原因のようです。豊作の年に出生数が増加し、翌年の凶作で人里に出没し
た。これまでのように3~4年に一度だけ豊作があるのなら、豊作の時に一時的に
個体数が増えても、翌年から2~3年の間に淘汰されるので、急増は起こりにくい。
という説が有力です。
よくできた話ですが、なぜ豊凶の周期ができるのでしょう。これは豊作のあと
は「種子の生産のために消費する樹体内の養分を回復させる」まで凶作が続くが、
近年の温暖化で回復までの年数が短縮した」という説明がなされることが多いの
ですが、では、気候も日照時間も違う場所に生えている膨大な数のドングリの木
が、北海道から山陰までのレッドゾーン内で、なぜ一斉に豊作になるのか不明で
す。有効な熊対策をするためには、今後ぜひこの部分を解明しておく必要があり
そうです。
近年、クマ被害が急増している理由 気候変動による影響は?,ウェザーニュー
ス,https://weathernews.jp/news/202511/050146/
ただし、根本的には日本ではヒトが減っているため、一時的なクマの急増を押
し返せなくなっているということが大きな要因です。実は、こうした現象は2年
前に予言されていました。
「これまでは里山が野生の力を押し戻して、『ここから先は人間の領域だ』と宣
言していたのですが、里山が過疎化で痩せ細ってきて、野生を押し戻す力が弱ま
っている。都市部に熊や猪や鹿が入り込んできて、街中で人的被害が出るという
ことも遠からず起きると僕は予測しています。」
内田樹「人口減の日本は〈都市集中〉に舵を切った」そこまでして資本主義の延
命を図らなければならないのか?,婦人公論.JP,https://fujinkoron.jp/articles/-/7703?page=2
大きな構造の中で考えなければならない話なのですが、現状の対策は、「とり
あえず人里に出てきたクマや人間に危害を加えたクマを駆除する」ということに
徹しています。電気柵やロケット花火などを使っての追い返しも行われています
が、やはり駆除が対策の中心です。このあと(特に来春の冬眠開けや再来年に予
想されるドングリの凶作時)どうするのか。さらに、これから最低数十年は続く
と言われる人口減少下で、どうしていけばいいのでしょうか。