ある日。冬の朝。ドアを開けると生臭い風。ポーチのタイルには薄赤い水滴が
飛び散っています。出所はドアノブにかけられたコンビニのレジ袋。中には何や
ら内臓めいたものが入っています。今もし、こんな猟奇じみたことがおこれば、
即110番通報です。でも、30年前の田舎暮らしは呑気なものでした。
「ごちそうさん。でも、驚いたで」
「朝5時やったから、起こしたら悪いと思ってな。大物の猪がかかったから、し
ぇんしぇ(先生)にお裾分けや。けど、生で食べたらあかんで......虫わくで」
電話の相手は知り合いの猟師さん、猪が専門ですが鹿やアナグマも仕留めます。
オフシーズンには副業の建物解体をしておられます。なにしろ、ちょっとした木
造家屋をバール一本で解体してしまうお方で、うちの家族はシュレックさんと呼
んでいました。
思えば不思議な御縁でした。知り合ったきっかけは、わが四女が空き地に繋が
れた2頭の若い紀州犬に、ちょっかいを出したことです。大型犬に目がない私も
参入し、このワンコたちと親子で遊ぶのが保育園帰りの日課になりました。その
うち、シュレック氏から「そんなに好きなら、ときどき散歩に連れて行ってくれ
へんか」「餌やっておいて」などと頼まれ、娘共々お世話を手伝うことになりま
した。
二頭は兄妹で、訓練中の猟犬でした。人間でもよくある話ですが、兄貴(ヨシ
オ)は臆病で、猪を見ると震え上がってしまい、シュレック氏の足下から離れ
ようとしないそうです。妹(グー)の方は出来が良く、猟の手伝いのようなこと
を、半分仔犬のころからやっていました。ただ、彼らも猟期以外は普通のワンコ
なので、シュレック邸の横の空き地に繋がれていて、私たちに出会ったわけです。
お世話のお礼は、様々な山の幸でした。松茸もありました。猪レバーも玄関先
に吊されるたわけです。ヨシオとグーは、その後わが家で引き取り15年にわた
って付き合うことになるのですが、その話はまたいつか機会があれば書くことに
しましょう。
淡路島遠征
夏のある日、シュレック氏から電話です。「しぇんしぇ(先生)。明日、淡路
島に行かへんか」「はあ、淡路ですか?」「そや。鹿狩りや。夏鹿は脂が乗って
てうまいで」「仕留めたやつを、トラックまで運ぶの手伝ってくれ」
暑い盛りは禁猟なのですが、農業被害が深刻とのことで、季節はずれの駆除の
仕事が、はるばる紀伊水道を渡ってシュレック氏にまで回ってきた訳です。弟子
たちは皆仕事があって行けそうもないので、夏期休暇中の教員(当時は暇でした)
の私が指名されたわけです。現場は洲本や鳴門のリゾートホテルに近く、新鮮な
ジビエを持ち込めば結構な収益があるとのことです。でも、鹿を仕留めて私に運
ばせるより、私を仕留めて鹿に運ばせたほうがよほど効率的でしょう。さすがに
固辞いたしました。
後日聞いたところ、仕方なく鹿の耳だけを切り取って駆除完了の証拠として役
所に持っていったとのこと、それ以外の部位(ほぼ全身)は現場に放置。狐狸や
トンビの御馳走になったのでしょう。
ジビエというものは、仕留めた瞬間に危険な野獣から鮮度管理の難しい巨大な
食材になります。すぐに作業場に運ぶか、逆に食肉加工業者を現場に待機させて
おき、最低でも血抜きっだけはしておかないと、臭くて使い物にならないそうで
す。そのため、輸送手段がない現場では、もったいないけど放置は仕方ありませ
ん。
こういう話をすると、「食べないなんて、命の大切さが分かっていない」とか
おっしゃる方がいますが、そんなに命に拘るのなら、狩猟なんかやめるべきです。
肉食もやめましょう。ついでに生きること自体やめませんか。人間、いや全ての
動物は他の命を犠牲にすることで自分の命をつないでいます。けれどもその命も
いずれ消えていきます。生きること自体が残酷で身勝手で、かつ無駄なことなの
です。
「いただいた命」なんて言い方、鳥肌モノです。あなたは猪に「お命頂戴しま
す」と頼んで承認されましたか。一方的に殺した相手に謙譲語を使って、何か意
味のあることをした気になる......感動ポルノにもならない、贖罪自慰。「あなた
の命をいただいてよろしいでしょうか」。黙っていきなり「いただく」のもあり
です。
繰り返しになりますが、私たちが生きること自体が残酷で身勝手で、かつ無駄
なことなのです。そのことを自覚して、ときに自己嫌悪に陥り、ときに誤魔化し、
ときに開き直りながら生きる。結局それしかないわけですから、あまり見苦しい
ことや、はた迷惑なことはやめておきましょう。
駆除と狩猟は別物
シュレック氏からは他にも猟についての面白い話をたくさん聞きました。山に
入ったら、まず目標とする大物を決めて、そやつの行動パターンを調べます。専
門用語でストーキングと呼ぶそうです。そして罠を仕掛けるか犬と猟銃で仕留め
るかなどと作戦をたてます。ときには、ストーキングだけで何日もかかるそうで
す。
特に狙いをしぼらずに歩き回って、出会った猪を撃つということもあるのです
が、日によっては一頭もかからないこともあり、まあ中級品が2~3頭獲れれば
上出来とのことです。
これを最低でも2~3名一組で行うので猪猟はとても採算が悪く、自他とも認
める泉州一の鉄砲打ちのシュレック氏でも、これだけで生活することは不可能で
す。だから、日本国内の猟師さんはほぼ全てアマチュアであり、基本的に趣味の
集まりである猟友会が地域を害獣から守っているのです。
最近の狩猟では、近くに建物や道路などがあるため銃が使えないこともありま
す。罠が使えれば一番楽なのですが、お目当ての猪がかかるとは限りません。ア
ナグマやタヌキが入っていることもよくあり、何かが捕まっている間には罠は機
能しません。結局、野原で犬に追いかけさせ、人犬団体が集団で襲いかかり猪が
動けなくなったところで、シュレック氏がナイフでトドメを刺すという、縄文時
代となんら変わらない手法になります。
犬たちも無事では済みません。死に物狂いの反撃を受け、牙で腹を割かれたり、
跳ね飛ばされて大木や岩に激突したり、泥沼に押さえ込まれて溺れたりで、チー
ムシュレックでは猟犬のシーズン戦死率が50%越えのことがあり、例年犬を貸
し出している紀州犬保存会の会長さんをあきれさせたこともあります。
シュレック氏は、自分の犬を殺した猪(大物が多い)は「絶対に忘れずに敵を
とる」と息巻いていましたが、どう考えても相手の猪の方が正当防衛です。でも、
犬好きの私もこちらに同調してしまうのですから、みんな身勝手なものです。案
外、絶対に猪を追わなかった我がヨシオが一番、正しくマトモだったのかも知れ
ません。
本当は恐ろしい害獣駆除
農作物被害の防止などで、街や里山に現れた猪を殺すことを害獣駆除と言いま
す。ジビエの入手はオマケみたいなもので、あくまで目的は殺すことです。場所
は主に里山や村落なので道路網も発達していて、猟師の移動、罠の輸送、処分後
の運搬。どれひとつとっても、山中での狩りとはえらい違いです。狩猟がアウェー
ゲームなら駆除はホームゲームです。
けれども、害獣駆除には狩猟にない残酷さがあります。たとえば食肉目的の狩
りでわざわざ瓜坊(イノシシの子供)を狙うことはありませんが、害獣駆除では、
どんな幼獣でも罠にかかったら容赦なく処分することになります。
以前、罠にかかった瓜坊に授乳している母猪を、ナイフの一撃で仕留めて喜ん
でいるシュレック氏を見たことがあります。子供の方は連れて帰って少し育てて
から、若い猟犬の練習台にするそうです。瓜坊と仔犬、最初はじゃれ合っている
ようですが、犬の方は育つにつれて野生に目覚め、少しずつ攻撃がエスカレート
して最後は殺してしまうそうです。理不尽なイジメや仲間内での暴力を容認する
ことで、野蛮さを引き出していく......なんだか、旧日本軍の新兵教育みたいです。
我がヨシオ君は、いくら瓜坊をけしかけられても野生に目覚めることはなく、
逃げてばかりだったそうです。シュレック氏の話では、何匹かに一匹こういう
「出来損ない」がいるとのことですが、これが遺伝によるものなら紀州犬はよほ
ど人間より上等のDNAをお持ちだということになります。攻撃性が一斉に発火する
集団では、負け戦はしばしば全滅を意味します。実は、全体の士気を下げ統制を
乱す個体は、出来損ないどころかその種にとって貴重な存在なのです。
話がそれました。害獣駆除は狩猟とは比べものにならないぐらい、安全で効率
の良い仕事です。深山に分け入って獲物を探したり分析したりする必要は全く無
く、農地や里山でウロウロしていたり罠にかかったやつを仕留めれば良いのです
から。今問題になっているヒグマやツキノワグマでは、この差は猪よりさらに大
きくなりまするでしょう。重量も危険性も桁違いだからです。