目安に過ぎない震度とマグニチュード

 震度とマグニチュードはルーツが違う

 地震の解説書でたいてい最初に書いてあるのが、震度とマグニチュードの違いです。簡単に言えば、震度は揺れの大きさ、マグニチュードは地震の大きさです。だから震度は場所に違いますが、マグニチュードは一つの地震で一つしか値がありません......と、ここまではたいていの本には書いてありますが、せっかく長屋にお運び下さった皆様にはもっと役に立つ本当のことをお教えしましょう。前回お話しました私の分類で言えば、震度は「カテゴリーⅣ」、マグニチュードは「カテゴリーⅢ」ぐらいでのもの、つまりどちらも本質的には目安なのです。

 震度測定はしんどい

 まず、震度の方です。これは日本独自の基準で、海外では国ごとに違う指標があります。英語では、「seismic intensity 」ということになるそうです。私も、今調べて初めて見る英熟語です。
 この震度、実は本質的には人間の体感です。「震度」を計るための地震計が、本格的に使われるようになったのは、21世紀になってからで、1995年の阪神淡路大震災には間に合いませんでした。地震を測定するのが難しい......というより面倒くさいからです。
 地震というのは、いつおこるか全くわからないので、観測をするためには常に機械で記録をとり続けておくよりありません。紙の時代には、ロール紙(上質紙でサランラップぐらいの幅のトイレットロールだと思って下さい)に毎秒1cmスピードで記録しても一日分が25mにもなり経費がバカにならず、そうあちこちに置くのは現実的ではありませんでした。出来たロールを全部を保管するのはもっと現実的ではありません。
 だから、地震計の正確な記録が一定量残るようになったのは、電磁的な記録方法(テープなど)が普及する二十世紀の後半以降のことです。それまでは、震度の測定と記録は気象予報官の体感でやっていました。当然ながら、個人差や状況によって数字がばらつきます。「低めの震度を発表する予報官は麻雀好きが多い」などと言う都市伝説もありました。
 個人差をなくすために、野球の審判たちがするような研修をするとしても、その頃は複数の気象予報官が、地震時に偶然同じ場所に居合わせ、同じ揺れを体験することなど、奇跡みたいな話でした。せいぜい、「徹夜麻雀はほどほどに」と申し合わせるぐらいでしょう。

 頼りないけど仕方ない

 特に、震度5以上の大きな地震では体感自体が主観的過ぎるので、その地域の被害から推定するのが普通でした。「ブロック塀が倒れる」とか「瓦が落ちる」とかいうヤツです。この方法だと、気象台以外の場所での震度も計れます。どう考えても頼りない話ですが、他に方法が無かったのですから仕方ありません。
 20世紀末に震度計(地震計の一種)が普及すると、予報官の体感震度と突き合わせが行われました。過去の地震の震度と比較するためです。この時、従来の震度5と震度6の範囲が極めて大きいことがはっきりして、震度5強、5弱、震度6強、6弱とそれぞれ二つの震度に分けることになりました。また、予報官の判定と機械の測定が、必ずしも一致しないこともありましたが、これもしかたありません。
 気象台が出来る以前の大昔の歴史地震は、古文書にある被害の記録を中心に、地層に残る液状化などの痕跡を加味して判定していました。いい加減極まりない話です。たとえば、「大和高田」と「越前高田」を勘違いして幻の地震を自然創作した可能性まであります。それが原発の耐震設計に影響したりするので、ある意味で笑えない話なのですが、今の科学ではこうするより仕方ありません。

 先端機器でも目安は目安

 では、地震計の技術が進歩して震度用のもの(震度計)が各気象台などに普及した現在の震度は、正確なものなのでしょうか。実は、そうとも言い切れないのです。
 揺れの大きさには、地震の強さや震源からの距離のほか、その地点の地盤の質が大きく関係します。基本的に柔らかい地盤の方が揺れは大きいのですが、地盤のタイプが地盤のツボみたいなものにはまると、とてつもなく大きな揺れになります。極端な例では、東日本大震災のとき、大阪南港の高層ビルの天井が割れたなんていうこともありました。有名な長周期振動です。一般に大きな地震ほど揺れや被害には地盤の影響が大きいのです。
 「震度というのは、あくまで測定している地点の揺れのことなのだから、10m横のことは知らん」という考え方は、学問的には正しいのですが、○○気象台の揺れが○○市の揺れとして発表されるのですから、困ったものです。
 震度計の登場で、体感震度の時代よりも多少、客観的になったとは言え、あくまで目安としての意味しか無いということは、震度というものの本質的な限界なのでしょう。無理に国際統一基準を作ろう、という動きもありません。混乱を招く割に、無意味だからでしょう。

 マグニチュードも日本人の「発明」

 では、マグニチュードはどうか。その地震の放出したエネルギーの総量を表す数字で、歴代の世界中の研究者が測定技術を磨き上げてきたものです。けれども少し考えてみればわかることですが、地下深くにある巨大な断層の動きを、地表から完全に把握することなど不可能です。はじめから目安でしかなかった震度と違い、マグニチュードは物理的に意味のある数値ですが、問題は「一定以上の大きさの地震は、どう考えても計測が不可能だ」ということです。
 少し歴史を振り返ってみましょう。最初にマグニチュードという概念が、日米の研究者によって1935年に提唱されたころには、まだ、断層の運動(広義のですが)によって地震がおこるということすら、明確ではありませんでした。
 最初の定義は、「震源から100km離れた地点におかれた(当時の標準的な)地震計の針の、最大振れ幅をミクロン単位で表したものの対数」というものでした。最後の部分がやや解りにくいと思われますので例を上げて説明しましょう。
 たまたま震源から100kmの地点にあった地震計の針が、記録紙に描いたグラフの山のうち、最高のものが1mmだったとしましょう。1mm=1000ミクロンです。1000は10の3乗なので、その地震の大きさはマグニチュード3ということになります。同様に山の高さ10mmなら10の4乗ミクロンですから、マグニチュード4です。少し計算は難しくなりますが、2mmの山だったらマグニチュード約3.3となり、3mmだったら約3.5となります。
 では、都合良く震源から100kmの地点に地震計が無かったらどうするのか。当時から、地震計の針の振れ幅は、震源からの距離の2乗に反比例することが経験的にわかっていました。たとえば、震源から100km離れた地点のでは、基準である100km地点の地震計と比べて100分の1の振れ幅になるはずです。だから、1000km地点の地震計の振れ幅が1mmでしたら、もい100km地点に地震計があれば、その振れ幅は100mmつまり100000ミクロンとなってマグニチュード5ということになります。 
 ところが、震度の話でも出てきましたが、地震の揺れの大きさは震源からの距離だけで決まるものではなく、地盤の影響も大きいのですから、誤差の大きな数字しか出てきません。だから多数の観測点で計ったマグニチュードを総合して(単純に平均するとは限らない)、その地震のマグニチュードとすることになります。震度ほどではありませんが、やはり頼りない話です。
 実際、地震計が高性能になり観測地点の数も増えた現在でも、マグニチュードは2桁しか発表されません。マグニチュード5.5とか7.0はあっても、2.34とか5.67 というのは見たことがないでしょう。対数の値が0.1違うと言うことはものの振れ幅は約7%違うということですから、観測をもとに公式に発表される数字としては、結構いい加減なものです。気温で言えば、0度なのか20度なのかはっきりしないということですから(絶対温度の誤差が7%だとこうなります)。けれども、耐震とか保証とかいう話になると、こんな数字に大きなお金が絡みかねません。これまた、困ったものです。

 大地震ほど自信はなくなる

 これまでの説明で、「震源」とか「震源からの距離」とか、サラっと書いてしまいましたけれど、実は本質的な大問題があります。震源が一つの点ではないことです。東日本大震災の場合、震源断層の大きさは東西約500km、南北約200km。こうなると、震源がどこなのかはっきりせず、「100km地点の揺れ」を想定しても意味がありません。
 こういう場合、マグニチュードは、何1000kmも離れた国外の地震計のデータなどを使い速報値を出します。日本国内の大地震ではアメリカ地質調査所のデータがよく使われます。なんで、地震国でもないアメリカに高精度の計測システムがあるかと言えば、冷戦時代に核実験探知のために発展した技術や機材が流用されているからです。映画「オッペンハイマー」で脚光を浴びたロスアラモスなんか、いまでも世界の地震観測の拠点のひとつです。
 震源断層の大きいマグニチュード8以上の巨大地震(能登や阪神淡路でさえ含まれない世界屈指の大地震)の場合、上の方法だけで計算しても一定以上の値が出なくなっているので、代わりに地震断層の活動から計算する方法(モーメントマグニチュード)が使われています。地下にある断層の面積なんて調節測定できないものを、余震やら津波やらから推定するわけですから、かなりいい加減な話になります。この方式が地震学者から提唱されたのは、私の学生時代(1980年前後)のことで、地質系の教授がせせら笑っていたのを覚えています。普段から山野を歩き回って断層を観察している現場の人間が、こういう見解になるのは仕方ないでしょう。
 ただし、こうでもしないと地震の規模に比例する(ように見える)数字を定義できないのです。実際、今回のカムチャツカでもこれが使われています。つまり、小さな地震と大きな地震とで求め方が違うのです。こんな状況ですから地震のエネルギー全体を捉えるなんて、計ってるほうも自信はないでしょう。
 その地点での揺れの大きさを表す震度にしても、地震自体の規模を表すマグニチュードにしても、数字が一定以上大きくなると、物理的な値というよりも便宜的な目安としての性質が強くなるように思われます。被害や耐震・避難を議論するときには、こうした数値よりも地震の個性が重要になって来ます。なんだか、相撲の番付や武道の段級位の話と似ているように見えませんか。
 結論として、地震のニュースを見るときには、震度は「カテゴリーⅣ」、マグニチュードは「カテゴリーⅢ」で、同じ天気予報コーナーに出てくる「気温」や「気圧」(いずれも「カテゴリーⅠ」)などとは、色合いの違った目安としての数字であることを意識しておくべきだと思います。