カジノまで被害者にする軟弱地盤【大阪万博 その06】

先日、所用で夢洲のとなり咲洲に行ってきました。万博・カジノの話題は前回で終わる予定でしたが、現地レポートのようなものができそうなので、それを加えて、締めといたしましょう。

 まず、図1の画像を見てください。画像の中央は夢洲で、例の木製リングも見えています。今回見て欲しいのは、その左側の筋状の白い区画です。これは大阪市が新たな廃棄物処理用に用意している新島です。
 前回、万博で出る大量の瓦礫は、湾内に埋め立ててしまうしかないという話を嫌味半分でしましたが、こういうものがあるなら確かに最少の費用で処理できそうで、市内在住の納税者としてはひとまず安心です。また、ここまで豪快にSDGsに喧嘩を売る光景は見事といえば見事です。完成したら島の名前は「夢のまた夢洲」がいいでしょう。

 それはともかく、大阪湾全体での夢洲の位置づけを見ていきましょう。大阪湾には大阪市が埋め立てた大きな人工島が3つあります。北の尼崎市側から南の堺市に向かって順に、舞洲(まいしま)夢洲(ゆめしま)咲洲(さきしま)の3つです。と、こう書いてしまうことが大きな誤解の元になります。咲洲と他の二島とはまるで場所の性質が違うからです。
 まず、咲洲というのは、戦前から主に大阪南港の施設を作るために少しずつ埋め立てて作られた場所です。今でも、大阪発着の大型の定期客船はほぼ全てこのエリアを本拠としています。そのため、地下鉄中央線やニュートラムなどが整備され、人口2万以上の住宅地で、日本有数の高層ビルである咲洲庁舎もあり、それなりに栄えた街になっています。
 一方、舞洲と夢洲は大阪市から出るゴミの処分場として1970年代にスタートしました。建物を建てて利用する島としては、おそらく想定されずに埋め立てがはじまったようです。このうち舞洲は現在、ゴミ処焼却場や物流拠点、公園・スポーツ施設などの用途で使われており、定住人口は1000名以下。夢洲は万博IR関連以外ではコンテナヤードとして使われる以外は用途のない都市型無人島とでも呼ぶべき場所で、定住人口もありません。
 まるで性質の違う三つの人工島がなぜ似たような名前になっているかと言えば、バブル全盛期(つまりバブル崩壊直前)に始まった「テクノポート大阪計画」のとき、公募により銘々されたとのことです。
 大阪という街は、一時は日本一の人口を誇ったこともある大都市ですが、都市部の面積が狭く、それを埋め立てで拡張してきたという歴史があります。東日本大震災までは「日本一の低山」とされていた天保山は、その名の通り江戸時代の埋め立て地(厳密には少し違う)ですし、大阪市大正区もほぼ全域が豊臣以来の埋め立て地です。大阪湾とこれに続く低湿地を埋め立てて新しい街を作る。これが大阪という都市の開発の歴史で、可哀想に大阪維新さんは、最悪の形でこれに絡め取られてしまったと言えそうです。

  もともと大阪維新は、この「テクノポート大阪計画」に批判的でした。確かに、完成時には日本で2番目の高層ビルとなったWTC(現大阪府咲洲庁舎)をはじめ、巨大かつ見当違いなプロジェクトが、大阪府市に巨大な財政赤字をもたらしたのは間違いのない事実です。府市政を引き継いでからの維新が、府庁機能の一部を咲洲庁舎に移転するなど、なんとかこの地区を有効利用しようとしていることは評価できました。
 けれども、三つの島のうち最も開発が遅れていた夢洲に、万博からIRに続く巨大プロジェクトを持ち込んだのは、文化的問題を別にしても大きな失敗でした。

 さてここで、昨日、私が咲洲のホテルから撮った図2の画像を見てください。右側にある高層建築が、咲洲内の大阪府咲洲庁舎(元WTCと言った方が通りがよい)で、海を渡って奥にあるコンテナだらけの島が夢洲です。こうしてみると、夢洲は万博の工事が始まる前はコンテナヤードだけの島で、撮影場所の足下にある咲洲と比較して利用されていないことがよく分かります。若くて挑戦的な政治家が、ここに手をつけたくなる気持ちは理解できます。

 三つの島のうちでは最大の成功例と思われる咲洲は別格として、私が指摘したいのは舞洲と夢洲との埋め立て時の水深の差です。海上保安庁の資料によれば、舞洲と夢洲の間の海底には深さ10mの線が引かれています。今でも夢洲のコンテナヤードは水深が13~14mあり大型船が停泊できることをウリにしています。
 だから、舞洲は深さ10m程度、夢洲は15m程度の海に、浚渫(船の運航などのため川底や港の底の泥を取り除くこと)土砂や解体瓦礫、そして家庭ゴミなどを投げ入れて、上に盛り土をして堤防で固めた島だということが分かります。そして、その下の海底には淀川が、何百万年かけて運んできた泥や砂の地層が何百mもあります。
 そのため、地下10mぐらいには比較的堅い地層(盛り土や瓦礫が作った堅い部分)がありますが、その下の本物の支持層(砂中心の堅い地層)まではかなり距離があります。だから、少し本格的な鉄筋や鉄骨の建物(普通のビル)を建てるには、極めて不向きな場所です。支持層まで杭を伸ばすのに膨大な費用がかかるからです。
 次に、図2の写真を見てください。咲洲の同じ場所から望遠で建築途中の会場を撮影したものです。リングがほぼその姿を現していますが、それより高い建物がほとんど見えません。鉄筋などの普通の工法で、木製のリングより背の高いものを作ると重量オーバーになるからでしょう。表層の「比較的堅い埋め立てによる地層」を頼りに基礎をつくるのですから、どうしてもベタ基礎や浮き基礎になってしまいます。
 分かりやすく言えば、夢洲には「太陽の塔」さえも建てにくいのです。木製リングも、大きくて見栄えがして軽いものという条件から、消去法で出てきたデザインのように思えます
 こう考えれば、最初の予定にあったタイプAの海外パビリオン56館のうち、着工できたのは今日(2024/05/13)現在で14館(つまり4分の1)という異常な状態も説明がつきます。自国内でのコンペその他で気合いの入ったデザインができたものの、それを日本に持ち込んだらゼネコンが地盤を理由に受けてくれなかった、あるいは価格が折り合えないまま、先送りの繰り返しで今日の日を迎えた。こんなところが真相ではないでしょうか。だとしたら、時間をかけて丁寧に、世界中に日本の恥を発信しているわけです。
ライド型展示(要は乗り物ですね)がなくなったのも、これが理由のようです。

 もっと気の毒なのは、万博後にカジノを開業を予定しているMGM社です。いくらIRの建設を世界中でやっているとはいえ、「先進国」日本で軟弱地盤を掴まされるとは思ってもいなかったでしょう。大阪府市に地盤改良を要求したのは当然でしょう。それに対して「IR施設直下の約21ヘクタール、深さ約3~5メートルを対象に「セメント系固化」と呼ばれる対策工事」が行われるとのことですが、これで十分なのでしょうか。
 おそらくIRの建物は4階建て以上の鉄筋か鉄骨ということになるのでしょうが、その場合、夢洲が出来る前の海底よりもさらに下にある支持層まで、何本もの杭を打たなければなりません。当然、普通の場所に建てるよりも割高になります。しかも、どれぐらい割高になるかは、現地で詳細なボーリングをして初めてわかるもので、現時点では不明です。最終的にこの費用はどこがどう負担するのでしょうか。

 撤退できるのですからカジノの側にリスクはないようにも思えますが、プランニングや法務などこれまでにかけた経費は、全て無駄になってしまいます。加えて、「プロジェクトを途中放棄したという悪評」は、夢洲の惨状を伝える画像とともに拡散され、ブランドイメージに大きな傷がつきます。そうなったら株主たちが黙っていないでしょう。
 もともと、そんなに儲かるわけでもなさそうなのに、日本のギャンブル特区に先行投資しようとしたばっかりに、進むも地獄退くも地獄という状況に追い込まれているMGMも、どちらかと言えば被害者でしょう。

 考えてみれば、経費が大きく上振れしたことも、大型海外パビリオンの過半数がまともに建ちそうもないことも、メタンガスのリスクを背負い込んだことも、そして、もしかしたら木製リングをシンボルにせざるを得なかったことも、大阪万博が酷いことになっている原因の多くには、地盤の悪さが関係しています。
 そして大阪府市の新たな財源に期待されていたIRも、カジノを開くことの社会的責任や経営の問題が表出するはるか手前で、地盤の壁にぶつかっています。

 夢洲という手つかずの島の可能性を考えたこと自体は、維新という政党を評価していいと思います。実際、咲洲で出した大赤字の処理などには、頭の下がる思いもあります。府市が意思統一して活動する都構想的な行政も、ささやかながらここでは成功していたようです。
 けれども、コツコツ積み上げてきた業績も評価も、余裕で吹き飛ばしてしまうだけのリスクが夢洲に埋まっていたわけです。どうして、維新はこんなことろに突っ込んでいったのでしょう。
 夢洲を利用しようという発想は歴代の府政市政にもあったはずです。維新は「なぜ、それが実行されなかった」という疑問に、もっと真面目に取り組むべきだったと思います。「頭の固い旧守派役人と既得権に縛られた議員たちが潰してきたから」ぐらいの思い込みを根拠もなくしていたのではないでしょうか。
 生みの親である大阪府市の各局は、夢洲の特性やリスクをかなり理解していたはずです。この記事の分析に使ったデータも、大阪府市が公開しているものが沢山含まれています。実際、大阪市の港湾関係者はかなり綿密なボウリングデータを平成初期の段階から持っていたようです。なぜそれが生かされなかったのでしょうか。
 ここから先は憶測になります。維新という政党は、本質的には熱い頭の行政素人の集まりでしょう。それがパワーの源泉にもなりますが、暴走の原因にもなります。現場の技術にとって、こうした集団が言い出したことに、科学的な立場からダメ出しをすることは、我が国では大きなリスクになります。
 万博誘致やカジノの話が最初に出た段階で、「市長(知事)あそこは地盤がダメです。再考をお願いします」と諫めに行けば、反逆者として干されることになりかねません。
 「首長の選挙で勝てば期限付きの独裁者として振る舞っていい」というのが維新の基本的なポリシーのようでが、、たとえ選挙で満場一致で選出された知事や市長でも、自然の摂理を服従させることはできないのです。どんなに必要なものでも、技術的に作れないものは作れないのです。どんなに素晴らしいプロジェクトでも、工学的に危険なものは危険なのです。

 科学者や技術者は、自然の摂理の預言者(予言者ではない)として仕事をしているはずです。もちろん、未熟であったり悪辣であったり怠慢であったりすることは、預言者にもよくあるでしょう。実際、大阪府市の現場技術者に不祥事や事故が無いわけではありません。けれども、水道局の水を安心して飲み、建設局の橋を安心して渡っている以上、夢洲の地盤に関しても、彼らの意見や答申には真剣に耳を傾けるべきだったのでしょう。それ以前に、ネガティブな分析や結果でも、安心してトップに届けられるだけの信頼関係がなかったのが大問題でした。労働組合へのセコい嫌がらせや強制ボランティアの募集など、職員がゲッソリするようなことを何年も繰り返してきたことが、響いているように思います。

 軟弱地盤に関して、無責任なイエスマンの意見ばかりを聞き、現場の声を封殺したことが、維新という政党の支持基盤を危険極まりない軟弱地盤にしてしまった。これが夢洲でおこっていること、あるいはこれからおこることの本質だと思います。