万博がらみの話。今回は負のレガシーになりかねないカジノ付きIRがテーマです。
「ギャンブルを仕事とする者は仕事をギャンブルにすることを嫌う」という言葉があります。出所は不明です。どなたか知っていたら教えてください。
大阪IRで言えば、治安の悪化や依存症の多発など社会的副作用の懸念が出ているのですから、確実に収益を上げる必要があるということです。万博をはじめ、近年の公共事業でありがちな、「やってみたら大赤字でした。でも目に見えない公益があるから許してね」という言い訳は一切通用しません。営業面から考えて大阪IRはどうなるのでしょうか。
昔なつかしグリーンピア
思えば、私が最初にIRに不信感を持ったきっかけは、風紀とか依存症とかの難しい話ではありません。大阪市内に掲示してあった完成予想図です。
芝生、噴水、満開のサクラの三点セット......既視感があります。投資失敗で日本の年金財政に「ケチの一番槍」をつけた年金保養施設「グリーンピア」のポスターを思い出しました。何をウリにするのか不明の箱物。無難で清潔だけど印象が薄いリゾートという路線で、華々しく全国展開して全滅しました。収益するつもりだったようですが......。
ご存じのように夢洲はもともと産廃処理場で、行って楽しい場所ではありません。ドラマのロケに使うとすると、恋愛物なら別れ話のシーン、刑事物なら殉職シーンにピッタリの、寒々しさなら日本有数のスポットです。海に囲まれているとはいえ、泳げるような水質ではなく、眺望は開けてはいますが見るべき物は皆無。もちろん人工島に温泉など出るはずがありません。
立地に魅力がないのですから、IR自体が集客力のあるコンテンツを持つ必要があります。確かに、そうした例は国内でも、TDLやUSJを筆頭に長崎のハウステンボス、三重のパルケエスパーニャなど宿泊施設併設型の大規模テーマパークなどいくつかあります。ただし、巨大な設備投資と強力なソフトパワーを要しての話ですから、大阪IRでは望み薄です。
まず設備投資。大阪府市は万博の失敗で、「官」による夢洲への多額の追加投資など考えたくもないでしょう。夢洲への新線建設を躊躇し始めた京阪電車を代表として、「民」も逃げ腰です。
ソフトパワーの方も、イメージの悪い大阪IRと組むことで、自社の「虎の子」に傷をつけたくはないでしょう。たとえば、巨大なポケモンセンターを作れれば国内外からの集客を期待できますが、いくら元は花札メーカーでも任天堂が許可するとは思えません。ピカチュウにギャンブル好きの通訳ポケモンをつけるようなものです。
結局、IRはカジノの集客力だけで勝負するしかありません。
大阪IRの姿、最初多くの日本人はマカオやラスベガスのような光景を想像したはずです。大小数十のカジノが派手さを競い合い、退廃がある種の文化を成しているような街です。国内で言えば、大都市近郊によくあるラブホテル街やソープ街が一番近い眺めだと思います。実際、マカオやラスベガスには、多くの観光客がそれを見るために世界中から集まって来ます。
けれども大阪IRのカジノは1軒のみ、それがグリーンピア型の建物で営業するわけで、外見は良く言っても只のゲーセンです。「一度カジノというものを見ておこう」とやって来る観光客はいるかも知れませんが、二度目は無いでしょう。観光地としてこれでは、ギャンブル客以外はIRに来る理由がありません。
ギャンブル客の3タイプ
さて、ギャンブル客を次の3つのタイプに分類できると思います。
1)タイプA 一晩で何億負けても気にせず楽しむようなお大尽
2)タイプB ギャンブルマニア、依存症になりやすいカモ
3)タイプX 観光客の延長で、ギャンブルというものをやってみに来る体験客
当然ながら超富裕層のタイプAは、グリーンピア物件に泊まろうとはしません。アジアでギャンブル旅行をするなら、香港・マカオあたりの伝統的カジノ街の豪華ホテルに行くでしょう。最近は済州島やらクルーズ船というのも、選択肢に入るようです。もともと、富裕層向けの宿泊施設が日本には皆無なのですから、いくら大阪IRが単独でがんばっても、最初から期待薄です。
タイプXも同じようなものです。どうせギャンブル体験をするなら、非日常の空間を求めるでしょう。また、会場内は撮影禁止になるでしょうから、映えスポットにもなりません。貴重な休暇の時間を、こんなものにつぎ込むとは思えません。
結局、一定の収益をあげたいならコアなギャンブル中毒者であるタイプBを「育成」していくよりありません。本格的な依存症ビジネスです。倫理的なことは一旦おくとしても、そう旨く行くのでしょうか。
大阪梅田駅から夢洲駅までだけでも30分以上。大阪市民でも家を出てから電車に乗ってセキュリティを通って、カジノに入るまで小一時間はかかります。ちょっとした小旅行です。おまけに、入場料が7000円前後なので、交通費を含めて計算すると、入場した瞬間に8000円の負けからスタートです。公営みたいなものですから、派手な大当たりは設定できないでしょう。この条件で、中毒してしまうほどの魅力を感じる人が、どれぐらいいるのでしょうか。
一方、阪神間には競馬・競輪・競艇と各種公営ギャンブルが揃っていて、パチンコ、パチスロなども充実。違法賭博場が摘発されたという話もよく聞きます。内田先生のおっしゃる「千円札を握りしめて地下鉄で行く大きなパチンコ屋」が生き残れる環境ではありますまい。関西のパチンコ業者たちは、大阪IRに脅威を感じるどころか鼻で笑っているようです。
さらに言えば、ギャンブル全体が世界的にオンライン化していることもあります。コアな中毒者ほどアクセスの手軽さを求めますから、店舗型カジノというビジネスモデルがすでに時代遅れになっている可能性も高いようです。
どうやら大阪IRによる依存症患者の増加は、心配するには及ばないようです。けれども、経営の方はどう考えても成り立ちそうにありません。
妄想と依存症
次回に詳しく書きますが、大阪IRには経営上の不安の他に「夢洲の宿痾」とも言える地盤の問題があり、開業にまで漕ぎ着けられたら維新府市政の不屈の闘志に拍手を送りたいぐらいです。その前にMGMが解除権を使って逃げ出す可能性が大きいと思います。たとえグリンピア型リゾートでも、建築コストがかかりすぎるからです。
ただし、あからさまに敵前逃亡をしてしまうと、今後、MGMカジノを受け入れてくれる国や地域が激減するでしょうから、経営方式の変更という形になると思われます。たとえば、国内のパチンコ機メーカー数社と大阪府市が出資した企業体に、MGMが技術指導をする世界初の三セク方式によるカジノ。万博協会のOBが大量に入ってくるかでしょう。
当然、人気を博することはあり得ません。大量の公金を使ってやる万博でさえ集客に失敗したチームが、何の反省もなく再結集して、金儲けをしながら人を集められるはずがないからです。
あまり暇なので、バカラテーブルではディーラーどうしで「大貧民」をしている光景が目に浮かびます。「それはお前の妄想だろ」と言われるのなら、「この手の惨状になる可能性は、カジノで収益できる可能性よりはるかに高い」と言い返すつもりです。維新幹部をはじめ関係者には、もっと具体的で精密な経営シミュレーションがあるでしょうが、全くその話は聞こえてきません。万博の経済効果(2兆円だそうです......)とやらはあちこちで叫ばれているのに、IRの経済効果はなぜ公表されないのでしょうか。
このまま進んでいけば大変なことになると分かっていながら止められない......ギャンブル依存症と同型の病理です。結局、大阪IRは、依存症患者の、依存症患者による、依存症患者のための公共事業ということになります。
「ギャンブルを仕事とする者は仕事をギャンブルにすることを嫌う」......やはり至言です。カジノ経営で成功するような人は、おそらく個人的にはギャンブルが大嫌いなのだと思います。もちろん依存症患者とは対極にあるタイプの人物なのしょう。