頑張れ小林製薬

正確な調査には時間がかかる
 
 こんばんわ。村山恭平です。
 マスコミ人の時間感覚。私は好きになれません。今回の紅麹サプリメントの問題。「健康被害の報告が小林製薬に最初に寄せられてから、発表までに2ヶ月もなぜかかったのか......」なんて疑問に思わないでください。かかって当然なんですから。
 製薬会社などの「お客様相談室」には、膨大な数のクレームや問題指摘があります。悪質なクレーマーは別としても、誤解や思い違いなども多数寄せられます。けれども一方では、クレームは貴重な情報の宝庫でもあります。被害報告に基づいて商品をチェックしなおすのは当然としても、そうした情報をどの段階でどういう形で公表するのかは、極めて難しい問題です。 
 たとえば、ある日、サプリメントXを飲んだ人から健康被害の通報があったとします。メーカーはどう対応すべきなのでしょうか。極論を言えば、「通報があったら全てを公表し、当面Xの販売を中止すべきだ」という考え方もあります。けれども、こういうことをやり出すと、多くの製造業、特に医薬品や健康食品のメーカーは存在できなくなります。
 そのため、実際には被害報告が一定数になるか、手元に残した出荷品のサンプルから、被害と合致する成分が検出されるまで、情報を非公開にするのが通例です。これだけで一月ぐらいかかるのは普通でしょう。

 無実だったシトロニン

 こうしたことを頭の片隅において、今回のケースを見てみましょう。今(24/4/10現在)のところ、原因物質はペブルル酸が有力ということになっています。どうやって調べたのか、記者会見の中で「未知の物質のピークが......」という発言がありました。おそらくクロマトグラフィーを使った定性分析、島津製作所の田中さんがノーベル賞を取った装置と似たものが使われたのでしょう。一番身近な例では、妊娠判定検査キットと同じ原理だと思ってください。
 この分析では、サンプルに何がはいっているのか、とりあえず一通りのカタログを作れますが、含まれている量は全く分かりません。こういう分析のことを定性分析と言います。だから、ピークの強さを比較することで、ロットごとに含有率のばらつきがありそうだというとこは分かっても、何%あるいは何ppm含まれているかを調べることは、こうした装置だけではほとんど不可能です。濃度によっては何を使っても無理でしょう。

初期段階で腎臓被害という情報から、小林製薬は真っ先にシトロニンというカビ毒を疑ったはずです。もともと紅麹の中には、シトロニンという腎臓にダメージを与えるカビ毒を生成するものがあるのですが、小林製薬は伝統的に日本で使われている紅麹菌はシトロニンを作らないことを遺伝子解析までして、製品化する前に証明しました。この紅麹なら少し多めに食べても大丈夫だとして、機能性食品や着色料として販売をしていました。
 ですから今回、腎機能障害と聞けば、「シトロニンを作る変異株か外来株が混合したのではないか」と疑って、必死に問題ロットのシトロニンの含有を調べたはずです。けれども、全くみつかりませんでした。最初の被害報告から、発表が遅れたのには、こんなことも関係していると思われます。
 いわば、重要容疑者を逮捕して取り調べたところ完璧なアリバイがみつかったようなもので、捜査は振り出しに戻ります。その後、分析に様々な工夫をして、やっとペブルル酸にたどり着いたわけです。

 ペブルル酸にまつわる厄介な話

 では、なぜ、出荷前の検査でペブルル酸がみつからなかったかと言えば、含まれる量があまりにも少量であったため、普通の精度の分析では検出できなかったのだと思います。その点は今後批判され、「もっと高精度の分析をしろ」とメディアは上から目線で説教するかも知れませんが、実際問題として全製品を出荷前に、そこまで高精度のチェックをする時間があるのかどうか多いに疑問です。検査でペブルル酸だけをマークしていれば良いわけではないのですから。
 私が、小林製薬を擁護というより評価したいのは、短期間で自力でペブルル酸にたどり着き厚労省に報告した点です。問題をウニャムニャにする気なら、延々と時間をかけたあげく、「腎臓障害をもたらすような物質は今のところ発見されていない」と言い続ければよかったわけですから。
 いずれ警察や厚労省などが立ち入り検査をするでしょうが、サンプルを持ち帰って分析しても、サプリメントを扱い慣れている自社ほど、きちんと分析ができるとは思えません。仮にペブルル酸が見つかったとしても、どう考えても含有量は安全基準を下回っていそうですし、ペブルル酸の腎臓毒性は公表されていないのですから、いくらでも言い逃れができました。情報公開などしない方が、裁判になったときも有利でしょう。

 ですから、初期段階で厚労省に、わかった限りのことを報告したことの誠意は賞賛されるべきものだと思います。けれども一方、厚労省がペブルル酸という言葉をメディアに出したことは、よかったのかどうか疑問があります。まず、毒物であることが分かっているます。素人が簡単に手に入れられる物質でもありません。今更、危険性を指摘してもあまり意味がないでしょう。
 けれども、まだ、ペブルル酸が原因物質だと確定したわけではないことです。容疑が固まってもいないのに、特定の人物の公開捜査をはじめたようなものです。また空振りだったら、あちこちで時間の無駄が発生します。善意で、原因究明に関する実験や関連情報の収集をしている研究者は、世界中にいっぱいいそうだからです。

 これからも続くイバラの道

 さて、今後のことですが、やるべきことは3つです。まず、ペブルル酸の腎臓毒性の確定です。でもこれはかなり大変そうです。出荷段階の検査をする抜けているわけですから、サプリ一錠あたりのペブルル酸の量は微々たるものだったはずです。「ある特定の毒物をごく微量、長期間服用したらどうなるか」という問題なのです。
 これを動物実験でするのは容易ではありません。「即死はしないが、長期間服用すると腎臓に悪影響があるペブルル酸の量」を特定し、その実験動物に与え続ける必要があります。餌に混ぜたとしたら摂取量には大きな個体差が出ます。同時に食べた餌の量や質、飲んだ水の量なんかの影響も出そうです。注射で与える方法はありますが、「人間が毎日、毎食後3錠飲んだ」というような状況を再現できるのでしょうか。
 アレルギーの問題がからんでいたら、さらに個体差が出ます。人間には有害でもネズミでは全く問題がおこらないことも、その逆もあり得ます。こんな状況なのですから明瞭な結論は出ないことも大いにあり得ます。

 次に調べるべきなのは、生産工程でペブルル酸はどうやって混入したかということです。意図的に誰かが投入したというのはは考えにくい話です。ペブルル酸はそこいらへんに転がっている物質ではなく、合成するのもかなり面倒くさいものだからです。同じ理由で、なんらかのミスで紛れ込むこともまずあり得ません。
 ということは、ペブルル酸を作るカビなどの生物が、紅麹プラントのどこかで紛れ込み紅麹と一緒に活動したという説が一番有力になります。ただしこの場合、さらに頭痛のするような問題があります。カビなどが様々な有機物を作ることはよくある話ですが、ペブルル酸だけを作るような器用な青カビがいるとは思えません。今回は、他に何が作られたのでしょう。その何かが腎臓毒性をもった物質かも知れません。どうやって特定するのでしょうか。

 これらの問題をクリアして、「ペブルル酸に腎臓毒性があり、それを作る青カビの侵入経路がわかった」としても、最終的には、ペブルル酸入りの紅麹サプリを意図的に作る再現実験をすることでしか、結論は出ないと思われます。
 さらに、仮にそれが出来たとしても状況証拠にしか過ぎません。同じ反応が実際に小林製薬の製造ラインで起こったという証拠にはないからです。

 今回、問題が起こった大阪工場が閉鎖され、製造ラインが和歌山県に移転したのも検証を難しくする要素のひとつです。移転時には、装置の古い部品を取り替え、新工場では入念にチェックをしながら、装置を組み立てるはずです。旧工場に何か欠陥があっても、誰も気がつかないうちに修正されて無くなっているいる可能性は、かなり大きいのではないでしょうか。

 責任追及が問題解決を不可能にする

 以上、素人でも思いつくポイントをあげましたが、実際にはもっといろいろな課題もあるのかも知れません。いずれにせよ、今回の「サプリ害(薬害ではない)」の原因究明はかなり難航しそうです。わからずじまいということもあり得ます。というより、多分そうなるでしょう。

 それだけに、失敗の原因をとことん追求しようとしている小林製薬の姿勢には、とても頭の下がる思いです。また、確実でなくとも可能性の大きな原因をもし究明できたら、大いに賞賛されるべきことです。
 念のために言いますが、こういう原因究明が難しい事故で、小林製薬の最初の事故の責任は追及するべきではありません。これをやってしまうと、今後、科学者や技術者が保身のため、原因の調査に協力しなくなるからです。

 自分たちの失敗をきちんと分析し、二度と同じことが起こらないようにする方法を見つけるのは、安易に反省したり懺悔したり責任をとることより、はるかに値打ちのあることですが、もしかしたら我々日本人が、もっとも苦手としていることなのかも知れません