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春合宿で道について考える

3月21日

最近とんでもないことに巻き込まれているので、自分のブログの文章を書くことをうっかり忘れてしまっていた。
しかし自分が原因の大半を作ったことであるけれども、この1ヶ月くらいの展開は「ちょっと待った、いくらなんでもそれは無いだろう」ということの連続で、わたくしとしては怒っておいたほうがいいのか、驚愕しておいたほうが良いのか、引きつり笑いを起こしておいたほうが良いのか、よく分からなくなってきている。
そんな感じなので、10日ほど前に比べて物事が推移しているので「ブログ時評」(http://dando.exblog.jp)の批判についてここで書くのも少し時期を逃してしまったようだ。表向きの「ブログ時評」に対する反論では、「新聞記者によって書かれているブログの立ち位置というのは、マスメディアの側が一般ピープルよりも遥かに高い立ち位置にあるという従来のメディアの立ち位置でよいのだろうか。ブログの持つインタラクティブ性を十分に活用しようとするのならば、メディアの側の人間とはいえ一般ピープルと同じ高さの立ち位置から物を発するべきではないだろうか。」という議論がなされているのだけれども、ここで本来わたくしが議論したかったことはこのことではない。しかし、忙しさにまぎれてこの話題についてちゃんと書けないでいるうちに団藤様ご本人を初めとして決して少なくない数の賢明な人々、しかもアルファブロガーと呼ばれるブログ空間で影響力を持っている人々が既に物事の本質に気が付いてしまっているようだ(と、わたくしには推察される)。

ここまで前振りを振っておいて「では貴様が言っている『物事の本質』とは何なんだ」と問い掛けられてしまうと、下手に何か書くとブログ火災を起こしてしまいそうだし、面倒くさいし、一応この場所は内田先生からお借りしている場所なので何かあると大変そうだし、という感じなのでやはりブログ上ではちゃんと答えることができない。
本当のことを書くと、途中まではちゃんと書こうとしていたのですが、書いてそれをブログ上で公表した後のあれこれをいろいろ想像してしまうとやっぱり日和ってしまったのです。

しかし文章を一応はまとめようとして、もう一度あちこちのブログのアーカイブをもう一度読み返してあれこれ調べているうちに、「重慶から遠く離れて(2004年08月01日)」のエントリーについていた「田舎人」様の以下のコメントが改めて印象に残ったので、ここにその一部を引用しておく。

いみじくも、文章読めば品性が判ると5月の別れさんが書いていらっしゃいますが、言葉として現れていなくても、その「自我」のあり様が、発している言葉の向こう側に透けて見えてしまうのではないかと思いますよ。私には、このことは、ちょっと恐いことでもありますが、精進ありきです。お酒ともども鍛えなくてはいけませんね・・・

「ネットにおける匿名性」がどうのこうの、IPアドレスによる発信者の特定がどうのこうの、という前に人々の書く文章には書き手のインテリジェンスや品性、そしてその固有の「自我」のあり様が発している言葉の向こう側に透けてしまっている。確かにこの事は書き手を特定するような法的または科学的な証拠には成り得ない。しかし、真っ当に日常生活を送って真っ当にブログに文章を投稿している人々にはあえて見ようとしなくてもどうしても見えてしまう事実、というのがあるように私には思われるのだが、どうなんだろう。

追伸:
イワモト様、大変申し訳ないのですが団藤様の「ブログ時評(pin→http://dando.exblog.jp/tb/2198849)にトラックバックを打って置いてください。お願いします。

3月19日

過労だったので今日は一日中寝てようと思った。
しかし、一度起きてさらに二度寝をした後に目が覚めたら11:30だった。
ちょっと自分にむかついたので再度ふて寝をしてその後に目が覚めたら17:30になっていた。
せっかくの連休初日を無駄にしてしまったようでちょっとむかつく。

3月13日

とてつもなく大変な一日。
まず朝6:00に起きる。昨日早く寝たせいで目覚ましをかけなくても何とか早く起きることができる。
朝食前に朝稽古をする。
今日の朝稽古では、主に呼吸法が中心。
かなりの時間をかけて呼吸法を行う。
約15分間呼吸を行っていると、身体の隅々まで良質の気が充満して重たかった身体がようやく楽になってきたような気がしてくる。
朝稽古の後にご飯を食べる。宿のご飯がおいしい。
そして朝食後に午前の練習があるのだけれども、少し時間が空いているうちに宿のすぐ傍にある九十九里浜へ海を見に行くことにする。
九十九里浜は広い。
左右を見渡すと砂浜が果てしなく続いており、正面の海を見つめているとサーファーのお兄さんたちが波乗りをしているのがごま粒くらいの大きさで見える。
この場所に来て、寄せては返す海や遠くに浮かんでいるお兄さんを見ていると、自分という存在が大自然と比べるといかに小さい物であるか、そして自分が抱えている悩み事のあれこれがいかにつまらないものであるかを思い知らされる。
人生の成長過程においてこんな風に海が見える場所で育っていたら、わたくしの物の見方もだいぶ変わっていただろうか。

海を見に行ってから道場に行って、暫しの間待っていると午前のお稽古の開始。
取り手は昨日の午後の練習に引き続いて、横面打ちである。
しかし、半分くらいは今までやったことの無い技が多くてちょっと戸惑う。
途中で、今回の合宿のお稽古では「多田先生は今回みんなの前で見本を見せる時に、わざと技の名前を言わないようにしている」ということに気づく。
おそらく、御自身の動きそのものを注視していてほしいという御配慮からのことだろう。

午前の練習が終わるとすぐに多田先生にご挨拶をし、そのまま着替えて荷物をまとめて宿を出発する。
帰りの電車は、事情がだいぶ分かっているので乗り換えもスムーズに進み、3時間程度でおうちに到着する。
暫しの間、おうちでメールのチェックをしていたりネットのチェックをして、その後に渋谷のハチ公前でまりりんたんと待ち合わせをする。
堺さん主演の舞台「お父さんの恋」の切符が、今日の19:00からの公演しか取れなかったからだ。
筋肉痛で体中がガキガキとしていて、おまけに疲労で眠くて、お芝居を観るにはとてもよいコンディションとは呼べない状態ではあったけれども、それでもお芝居を観る。
お芝居自体は相当に面白いものであったけれど、登場人物5人のうち一応主演にクレジットされている堺さんの出番と台詞が一番少ないということはどういうことなのかしら。これでお芝居も面白くなかったら暴動を起こしたくなるところだったわ。なんて思った。
あとそれと、食器棚にきちんと食器が入っていたりだとか、書類棚にきちんと書類が入っていたりだとか舞台のおうちのセットが非常に細部まできちんと作られているところに何となく好感が持てた。
まりりんたんが「堺さんは、今日の役より山南さんをやっているときの方が格好いいと思う」と言っていたけれど、それは侍の役とNEETで30過ぎても仕事に就かずふらふらしている人の役を比べたら、当然侍の方が格好いいだろうとわたくしは思ってしまうわけなのだが。。
お芝居が終わってからクレープを食べて、その後に渋谷パルコの7階にある"marvelous"に行って、軽く飲む。しかし疲労が限界をはるかに超えているので、キューバリブレとベルギービールを飲んだだけで酔いが回ってしまった。

3月12日

春合宿に行く。
でも、今までお仕事がものすごく忙しくて全く荷物の準備などをしていなかったので、出発当日になってから荷物を詰める。でも、今回は1泊2日だし道着も1着あればいいだろうということで旅行かばんではなく普通のかばんに荷物を詰める。
かなりいい加減に物事を進めていたけれど、8:30過ぎには何とか荷物を詰め終わったので、杖と木剣を持って千葉まで出かけることにする。事前に宿の方に電話をかけて最寄の駅と最寄のバス停の名前は聞いていたけれど、詳しい時刻表などは調べる時間が無かったので「まあ、何とかなるだろう」ということで千葉に向かう。
そんな感じだから、乗り換えの駅で思いっきり待たされてしまう。
暇を持て余してしまっているので、まだ読み終わっていない「ダ・ヴィンチ・コード」の続きを読む。
千葉駅でもけっこう待ち時間があって、大網駅でもだいぶ待ち時間があったけれども、東金駅までは思っていたよりもけっこう早く着いた。
そこからはバス。
東金駅でわたくしと同じ第4代のY野くんと、「腹筋王」K澤くんと、某王子なお兄さんの3人に遭遇したので、彼らに着いていくことにする。
30分ほどバスに乗っていると宿に到着。
午前の練習に少しだけ顔を出すことができそうだったので、15分だけ午前の練習に参加させて頂く。
諸手取りの十字投げのバリエーションを4通りくらい。
でも、最近お稽古に行く回数が少なかったので感覚が鈍っていることを思い知らされる。

午前の練習の後は、もう少し到着が遅くなるものとばかり思っていたので、お部屋でお昼ご飯をたべて暫しの間休憩。
その後に午後のお稽古。
諸手取りと横面打ちの、今までに見たことのない技をいろいろ行う。
土曜日になって、OB・OGが大量に増加したからだろうか。
でも思ったより楽しく出来たし、体力も最後まで何とかなった。
食事の後に多田先生の御講義。
ひろたかくんがホワイトボードに書いた「義経記」にある鬼一法限の言葉を説明しながら、「敵と対峙しない」という日本的な武道の精神がどのように生まれ、発達してきたかということを説明なされる。
「敵と対峙しない」ということ、これは言葉では理解しているが実際に自分の行動のレベルできちんと実践されているかどうかということを考えるとちょっと怪しい部分がある。わたくし自身もそうであるし、他の多くの人もそうだろう。
最近の自分の行動と心のあり方について十分に反省しながら、多田先生のお言葉をしっかりと受け止める。
合気道をけっこう長いことやってきて1つ分かってきたことは、多田先生は既にわたくしたちの前に道を作っていて下さっており、道の途中に明かりも灯して下さっているのに、わたくし達はひどく容易にその道を踏み外してしまうということだ。
わたくし達の前に既に道はあるのだから、その道をただ真っ直ぐに歩いていけばよい。
そして、もう既に新たに切り出されてきた石を地面に置いて、その石を礎の石として建物をさらに増築していかなくてはいけない時期に差しかかっている。そこの作業にわたくしがもう介入するべきではなく、もっとそれにふさわしい人間がその作業を担うべきなのだ。

講義が終わった後は、誰もいない浴室で長時間入浴して、その後にすぐに寝る。
目に見えない形で、積年の疲労が蓄積しているらしい。
明日は大変な一日になるので少しでも体力を温存しておかなくては。

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2005年03月25日 17:22に投稿されたエントリーのページです。

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