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だんじり関連クラフトメン

4月29日(金)

ゴールデンウイーク最初の日は岸和田である。

この長屋で2年間書いてきた「だんじり日記」をベースにした「岸和田だんじり本」
の表紙その他の打ち合わせで、篠笛(シノブエ)の奏者かつ研究家の「民の謡」森田
玲さんと、だんじりものグラフィックデザインの奇才・六覺千手さん兄弟にお会いす
るためだ。

森田さんは多分日本で初めての篠笛のCDと『岸和田八木だんじり祭 鳴物十三ヶ町宮入り 上・下巻』(バチさばきと指使い、地車のコマ音、ケヤキの匂いまでもを捉
えた、他の追随を許さない最高の音質と空間性。という謳い文句もそのままだ)とい
う2枚組の実録CDを出しており、プロの篠笛奏者に加え史上最強のだんじり鳴物研
究家である。

また六覺千手さんの描くだんじり曳行シーンは素晴らしい。そしてだんじりフォトグ
ラファーとしての腕も、自身がグラフィックデザイナーということもあいまって、題
材となるシーンの的確さに加え、どれも構図がピシッとしていて非常に「わかってる」
写真である。

晶文社の担当の安藤さんに、この六覺千手さんの一連の作品を見ていただいたところ、安藤さんは即決、この日オレは表紙とカラーページ1折の制作依頼のために、南海電車に乗って忠岡駅で下車し、約束の午後4時にそのアトリエを訪ねたのだ。

実際の写真からCGに取り込み、だんじりの微妙複雑精密な彫刻から、曳き手や鳴物、前梃子、大工方…の動きまでを再現してゆく六覺千手さんの手法は精巧そのもので、同様に「地車のコマ音、ケヤキの匂いまで」伝わってくる。

その資料としてわが五軒屋町の新調記念アルバムや曳行シーンの写真はもちろん、5月8日の掃除の日にだんじりを出す際、実物の写真撮影のために五軒屋町のだんじり小屋にやって来る。
その時に前梃子係としてイラストに入れたいのM人(本年度若頭筆頭)、M雄(平成
16年度同)の写真も撮らせてほしいとのこと。

その日はこの後、鉢巻きにする手拭いのデザインの打ち合わせでM人と会うことになっていたが、アトリエからM人に携帯を入れると、すでに彼は出来上がっていて「おう、それは気合い入ってるのお」と上機嫌だ。

森田さんと鳴物論議沸騰して、実際に小太鼓をオレが叩き(太鼓を置いてある家なんて初めてだ)、彼がだんじり囃子を少しだけ演奏する。
こうなると話は止まらなくなるので、M人の約束が功を奏したことになる。

忠岡駅から岸和田駅までは普通電車で3駅、約10分。
この日はまるで夏の暑さのなか、てくてくと3分くらいだけなのにテーラータカクラ
まで歩くと汗をかいてしまった。
M人は缶ビールを飲んでいて、うちわであおいでいる。
速攻で「おう、まあ飲めや」と同じ缶ビールが出てきて、プシュー、ぐびりと飲る。
あー、うまい。

今年若頭筆頭(責任者)のM人は、二十一町の責任者で構成する若頭責任者協議会の副会長に当たっていて、ほとんど毎週寄り合い連発である。
だから仕事なんてやってる場合ではない、というより実際は大卒後長年勤めていた大手の生命保険会社を辞めて、文字通り仕舞た屋になっているテーラータカクラに戻って、そこに住んでいる。

以前から勘亭流や江戸ひげ文字を上手に書くという特技を持つ彼は、さまざまな町から、祭礼時の友誼町同士の交換用の団扇の文字書きや飲食店の「大入」額等々を頼まれていて「忙しいんや」と言っている。
筋海町、中之濱町はじめとした作品をうれしそうに見せてくれる。
世の中にはこういう忙しさもある。

だんじり大工や彫物師もわからないことを彼に訊きにくる、という筋海町の今年同じ
若頭筆頭の「だんじり博士」泉田くんは泉田くんで、「祐風堂」という、いわば「だ
んじり総合商社」みたいな店を開いたばかりだ。
名刺には「文字書工・旗、纏、法被、襷、飾物一式修理、新誂・看板、表札請負」と
書いてある。

M人とその店を訪ねる。
岸和田旧市はもちろん岸和田以外の市や地区の法被や襷の受注品やサンプルが並べられている。
世の中にはこういう職業もある。

岸和田という町にいると、世間というものは果たして広いのか狭いのかを考えさせら
れる。

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2005年05月01日 20:08に投稿されたエントリーのページです。

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