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かっこいいって、はずかしい

1月17日(月)


カフェでなく純喫茶の特集をしている。

「どこの街にあっても同じようにカッコよかったカフェよさらば」というのが、今回
の特集についての副編集長のA山のコピーである。

「カフェとかネオ居酒屋とかのインテリア特集、こないだまでバンバンやっていて、
それがもう『さらば』だなんて、ミーツはちょっとひどいじゃないですか」という声
が聞こえてきそうだ。

その通りである。けれどもちょっと待ってほしい。それを今から考えます。

だいたい普通の飲食店の場合「メシが旨い、酒がイケる」というというのが店を選ぶ
際の絶対条件で、そんな店とそうでない店とに2分できる。
オレたちは、もちろん前者を取材対象として捉えている。
けれどもカフェなどの流行インテリア系飲食の場合は、変な話だが「自分にとって恥
ずかしいかそうでないか」に分かれてしまう。

例えば、ビカビカのハービスエントに入っている橘くんの天ぷら屋さんは、とてもう
まいらしい。
そやけどオレとしては、あそこはちょっと(今の時期は)なあ…みたいに思ってしま
う。
思うけども「話の種に」とか「市場調査に」といった言い訳じみた歯切れの悪い物言
いで、それでもやっぱり行ったりするような店。
「そんなところに行って、誰かに見られたらどうしょう」となってしまう、ある種の
感覚が微妙なのである。

メシや酒やコーヒーにそういう流行の時間軸を取り込み、インテリアとか音とかで演
出している店が、そっちの文脈のみで大受けしているから話はややこしいのである。

このところ、取材される側、つまりお店さん側がメディアの上手い露出の仕方、平た
く言うと使い方を熟知されていて、店名ロゴはじめオープン告知やレセプション案内
DMまで、アート作品じみたアートディレクション効きまくりのものすごいものが送
られてきて、そこにばちんとお店のコンセプトが明記されてあって、シェフやインテ
リアデザイナーや時にはフードコーディネータまでの名前が載っている(クレジット
というのです)のを見ると、何とも言えない気分になる。

かっこいい店に行くのは、何で恥ずかしいのか。

それはお前がひねくれているだけとちゃうの、と言われれば、そうかもしれんと答え
るしかないが、「この街ではまだデザインやインテリアで勝てる」と今の業界用語で
言う「飲食」の人が思えてしまえるところに、この国の所謂カフェ的店の文化レベル
の低さがあるのだと思う。

それはどうも独創性とか美意識とか時代感覚とかの問題ではなく、店を造る側と客と
のこなれた関係性だと思う。

当然編集者であるオレは客側で、その客のオレが本物のシャンゼリーゼのカフェのテ
ラスで座ったり、いち早く春物のアルマーニを着て街に出ることは、やっぱり恥ずか
しいと思うのはどうしてなんだろう。

これは、インテリアデザイナーとだんじり大工の両友人に訊いてみたい問題である。

コメント (1)

門葉理:

今に始まったことではないですが、
問題提起が、長期的かつ遠大。(表現大袈裟ですが…)

オープンして、多くのお客様を一挙に来店頂き、
即イニシャルコストを回収して…的な考え方が、充満してるから、
なんでしょうか。
これも、アメリカ・シリコンバレー流ビジネスの影響、いや今や
悪癖とも言える流れ、なんでしょうかね?

もっとじっくり、街行くひとの足をとめ、徐々にファンを増やし、
心有るおもてなしをする、なんていう年寄りじみた「店」の
生き方は、古いって言葉で一蹴されてしまうんでしょうか?

私は、結局、そういう商売の方が、足腰強くなると思うんですけどね。

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2005年01月18日 11:33に投稿されたエントリーのページです。

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