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仕事辞めても祭に生きる だんじり男の心意気

9月4日(土) 

いよいよ明日5日は試験曳きだ。気になるのは天気。「どうも雨っぽいのお」と昨日
の寄り合いでももっぱらその話だ。一発目つまり今年初めてだんじりを曳くという場
合の雨は、ちょっと恐いというかいやな感じがする。

仕事のほうはレギュラーの月刊誌・ミーツはもとより、ほかのたくさんの瑣事があり
、モットーである前倒しの精神を発揮して、休日出勤も誰よりも早く出てこなそうと
するのだが、身体と精神ともふわっと浮いた感じで手に着いていない。

岸和田のだんじり男は、毎年この時期になるとそういう状態だから、つい「ええい、
今日は休んでまえ」となってしまうことは多いし、その最上級として「今年の祭、終
わってからゆっくり考える」と祭前の夏や直前の8月に会社やそれまでの仕事を辞め
るケースにもしばしば遭遇する。

去年の大手町の若頭筆頭のTもそうだったし、うちの町でも来年のカシラになるM人
が、盆明けに長く勤めていた生命保険会社を退社したばかりだ。

彼が生まれて育ったテーラーTがあった昭和大通りは、 わたしの実家のある中央商
店街の一筋違いにある。うちの商店街はほとんどシャッター商店街になってしまった
感があるが、そこはまだクルマが通れる分マシで、また近年カンカン場にショッピン
グモールが出来て、南海岸和田駅とそれを結ぶストリートとして「生きている」。

そしてM人は今年の祭開けを機会に、お父さんが亡くなって誰も住まなくなったその
実家に戻って商売をするらしい。下町の1階が店で2階が住居になっている、文字通
りの仕舞た屋をこのところ片づけている。

だんじりの待機場所の真ん前にあるテーラーTは、たぶん明日の試験曳きには、以前
と同じように五軒屋町若頭ほか幹部の集合の場として復活するだろう。

そんなところに午後3時頃、デスクでパソコンに向かっていると、上町の昨年の若頭
責任者のK原くんから携帯が入る。上町だんじりのアルバムが出来たそうだ。

今日7時頃には岸和田に帰るから取りにいく、と言ったのだが、その頃には近くにい
るから届ける、とのこと。その言葉に甘えることにする。

昨夜は寄り合いから帰り、家に着いたのが1時過ぎ。仕事を6時で切り上げて、難波
から岸和田に向かう急行では爆睡した。

岸和田駅を和歌山側出口から降りて、宮本町の低い大太鼓が特徴のだんじり囃子右に
聞きながら、まっすぐに五軒屋町会館に向かうが、旧26号線に当たったところでう
ちの町の太鼓が聞こえてきたので、だんじり小屋へ寄る。

青年団の鳴物係もいよいよ明日が一発目ということで、最後の調整に入っている。小
太鼓のテンポと大太鼓の入り方が、明らかにそれまでとは違っている。

たぶん台と前コマのアザが大きすぎるので、セッパを替えたのだろう。 若頭の梃子
持ちの連中が作業を終えた面持ちで鳴物を聴いている。

いつも鳴物にうるさいTが顔を見るなり「なあ、ひろきくん。こいつらちょっと、ゆ
うこと聞いてるんちゃう。マシになってるで」と言う。

フルボリュームのだんじり囃子の中、「おまえら、明日、頼んどくど」と鳴物責任者
に大声で言って、会館へ寄り合いに向かう。

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2004年09月08日 23:30に投稿されたエントリーのページです。

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