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もうすぐ大会

5月27日
今日が、最後の稽古日。
昨晩、なんのたしにもならないのだが、後輩を思ってぼろぼろ泣いてしまった。
他にもいろいろあって、寝ているつもりでもそうでなかったらしい。

朝から稽古に行くつもりで、祖母と母と一緒に約束していたが、たっていられないほどひどい貧血に襲われ、断念。
昼から稽古に行く。

祖母の前で、今日は間違えずにすんだ。

ないても笑っても明後日が本番。
ただ、舞台に専念して、祖父にむかって舞うべし。

5月26日
出勤して、用意するが、昨晩よく眠れなかった。
先生は、あまり詳しく話し機会がなかったので。断片的な話だけ伝えて下さった。
ついでに連絡先も教えて下さった。
今から考えれば。自分も岡山に行けば良かったし、無理なら他に手だてがあったのだが思いつかなかった。

今日は、仕事上の打ち合わせで1日が終わり、仕事場に帰って、何気なく先生のHPをひらく。
そこには、私が知りたかった、そしてしりたくなかった後輩の連れあいの葬儀の話が書いてあった。
私が思っていた以上に、事態は悲惨であり、彼の人柄が象徴されたはなしだった。
私の想像を超えた・・・
もちろん、当人でないから、想像なんてどんな場合でもあてにならない。
でも、交通事故という「予測できない一寸先」という状況でもなかった。
私は、後輩の顔を思い浮かべた。

彼女は、はにかんだ笑いがともて可愛かった。
はにかんだといってもいろいろだろう。
私の印象は、ちょっと眠たそうなあるいは「泣きべそ」を書いたような風情を漂わせながら、にっこり笑った。
私にとって、そのとらえがたり笑顔は、可愛くて仕方なかった。
それから随分あっていない。
でも、あのはにかんだ、泣きべそ書いたような笑顔から、全く笑みが消えてしまった彼女を想像するだけで、辛かった。
私には、どうする事も出来ない。
だけど、字義通り、「やりきれない」思いにとらわれる。
結局、無力な自分に腹が立ち、さらにやりきれない。

5月25日
朝、出勤途中、先生より「今から岡山に向かうけれども、新住所は?」と携帯に連絡が入る。
「すみません。お願いします」
と、お願いして、そのままバスに乗って、出勤。
でも、今から考えたら、斎場を聞いて弔電を打つなり、自宅の住所を知っているのだからお手紙を出すなり、いくらでも手段があった。
でも、昨日の段階でなにも思いつかなかった。

ただ、機械的に仕事を済まし、今日も夕方に稽古場に向かう。
もしかしたら、日帰りして稽古に来ている先生に会えるかも知れないと思い、たてかえていただいた金額を封筒に入れて。
到着すると、なんと装束を附けて稽古をしてはる。
ええ?日帰りで岡山だったのに、さらに装束付けなんて。
まあ、いいか。
私は、先生に話がしたかった。
装束付けが終わった先生にそっと、よっていき、封筒を渡す。
代わりに斎場でのお返し(なんていうのか覚えていない)を受け取る。
そっと、後輩の様子は?と聞くと、予想通り、あるいはそれ以上にうちひしがれているらしい。
と、同時にご主人の人柄をあらわす話を聞く。

稽古がすんで家に帰り、考えてしまった。
後輩は、私より4つか3つ下だった。
一緒にフランスの語学研修に行った。
彼女の旧姓は、漢字が違うが「オガワ」であり、フランスに行っていたとき本当に姉妹と勘違いされた。
彼女は、本当に妹のように可愛かった。
だけれども、知識の面では圧倒的に彼女の方が上だった。
ベルギーのかな姫とともに、年上のあほな私を仲間に入れてくれて、本当に楽しい時間を過ごした。
いろいろ話もした。
彼女が結婚すると聞いたとき、正直びっくりしたが、彼女は自分をしっかり持っていたので、軽々しい考えではないと思っていた。
彼女が、生まれた子供と旦那さんと一緒に先生の研究室に尋ねに来た。
私の記憶が正しければ、それは今の研究室ではなく、それ以前の図書館本館の一室の時代だった。
曖昧な記憶だが、彼女はとても幸せそうで、しっかり母親だった。
一緒にいた夫のイメージははっきり覚えていない。
けれども、なんだか言葉を悪くすると田舎のヤンキーというか丘サーファーみたいななりの「やんちゃ」のイメージ。
けれどもガラス工芸家と聞き、作品が飾られたポスト・カードをもらって、イメージがかわった。とてもすがすがしい作品で、言葉もしっかりして新鮮だった。
彼女と連絡をとらなくなっても、さらに私の中で作り上げたイメージがそうだった。

家に帰り、当たり前だが、喪主に後輩の名前があるのを見てたまらなくなった。

5月24日
はあ、落ち込み。
これは、二つの意味で。

今朝、当日ゆっくり見られないであろうという祖母が、申し合わせに、祖父の写真を持参して見に来たのだ。
申し合わせはいつも緊張。
その上、祖父の写真と来たら、緊張が高まる。

祖母と一緒に楠公さんにいき、先生方に挨拶をする。
時間の関係で、内田先生が一番で待機してはる。
挨拶に行くと、突然後輩の名前を出して、覚えている?と聞く。
もちろん。
そりゃ、ここのところ、定期的な連絡も取っていないが、私にとって大事な印象深い後輩だから。
暗い顔をした先生は、「旦那が交通事故で亡くなって」という。
びっくりした。
どう対応していいかわからず、しかも今日は申し合わせという大事な日。
よく自分がわからない。
でも、彼女は私が妹のように可愛がっていた。
「交通事後で」「バイクで」
それだけが手がかりだった。

私は能を舞うので、鏡のまで装束をつける。
その合間に、先生を見つけ、明日告別式に岡山まで行くという言葉を頼りに、「すみません。私も包みたいので、先生お願いできますか?とはいえ、いま手元にないので、立て替えて下さい」
そういって、申し合わせに臨んだ。

申し合わせでは、後の拍子がメチャクチャで、おまけに終わってから、挨拶に行くと、長刀の扱いが悪く、ワキの先生をついていたと非難される。
正確に言うと、アドバイスである。
しかし、あまりにも幾人かの先生が注意、及びご心配の言葉をかけ下さるので、逆にプレッシャー。
もちろん、その前に聞いた訃報のせいにはしない。

でも、さすがに落ち込んでしまい、控え室に帰って、ぼろぼろ泣いてしまった。
よりによって、祖父の写真を持って見に来てくれた申し合わせである。
どうしようもなく、ぼろぼろ涙が出る。
祖母は「いいのよ、素人なんだから。お金を払っているんだから好きなように舞いなさい」と言われる。

祖母と一緒に家に帰って、荷物を持って、帰る。
でも、気持ちが不安定。
眠れない。
後輩は、とても可愛がっていた。
4つか3つ下だった。
長い間先生に指導していただいたので、何人ものゼミ生にあったが、フランスにも一緒に行ったとか、とりわけ私の中で印象が強い。
いまでは、全く手紙のやりとりもしていないのだが、それでも私にとって印象深く、いつでも話が出来る気がしている後輩だった。
私の感覚にすると、後輩と言うより友達に近かったかなあ。
とにかく、まだよく理解していない。

5月23日
朝から、授業準備を仕上げる。
今日から学生の発表が始まる。
事前に予告がないので、こっちもどきどきしながら発表を聞く、
ああ、私が拙い発表をしているとき、先生方はこのようにチェックしているのか、と余計な想像をしつつ、自分の気になる点、学生が触れた部分など、かき分けていく。
一方的に講義形式で話しているときは、発言数が極端に少ない。
後で、紙に書いてくれる。
しかし、発表になると、ハードルが低いと思うのかしら?
少ないけれど、いままでの中では一番発言する人が多い。

さて、明日はとうとう申し合わせ。
今日は、祖母の家に泊まる。
家に帰って、朝出る時間や持っていくものの確認をしに母に電話をすると、「あんた、どこにいるの?」と聞かれる。
今日は私の分の夕食を用意しているので、出来れば早く来て夕食を食べるようにと言われる。
はいはい。
用意をして、早めに向かう。
なんだか、皆さんが食事を済ませた後に、私のため?に残された料理は非常に多い。
「こんなにくわれへんって」
残してもいいというので、あまり盛りつけの綺麗な皿に手をつけず、自分が食べられるであろうと言うものだけに、手をつける。
残しても、全く構わないのだが、ひとり暮らしが長くなると、「もったいない」精神に磨きがかかる。

それはともかく、明日は申し合わせ。
いよいよ本番だ。

5月22日
ふはあ。
なんだか朝からだるい。
ぼけーっと映画を観ていたら、母から連絡。
あ、そうやった。
今日は、一緒に梅田に買い物行く約束してたんやった。

午前中用事があるから、終わったら連絡をすると言われ、あわてて、いつでも出られるように準備する。
明日の授業準備もしなくては。
ばたばたと掃除をして、準備を始める。

昼過ぎからぼちぼちと梅田へ。
私の行く先は「阪神百貨店」。
母は「阪急百貨店」に一つ用事があるという。
では、まずランチでも、と遠いところから戻る事にして、母がまだ行った事がないというハービス・エントに向かう。
ちょうど、「ナラ・カミーチェ」が入っていたので、母が「会に着る復が欲しい」と言うので、二人で入る。
私もここのシャツが大好きだ。
けれども、今年はワンピースを着る事に決めていたので、ざっと店内を見ただけで、後は母の試着に付き合う。
待っている間、暇なので、カタログを見ていると、とても気になるシャツを発見。
横にいる店員さんがめざとく、「これいいでしょう?」と声をかけてくる。
ついのせられて「これって、置いてます?」と聞くと、倉庫から取って来るという。
そんなんかわなあかんみたいやから、あわてて「だったら結構です」と断る。

ハービス・プラザでランチを食べ、阪神へ。
お買い物終了。
第四ビル前の「宝くじ売り場」で、「ドリーム・ジャンボ」を購入するのに付き合い、次に阪急へ。
催し場売場で、バーゲンに負けて、ジーンズを購入。
でも、裾を切らないといけない。
この瞬間って、「短足で嫌やわ」といつも思う。
別に急がないので、後日取りに来る事にして、母の用事を済ませ、塚口に戻る。

夕食を誘われたが、疲れが今ひとつ取れず、明日の授業もあるので断って、帰宅。
なんだか身体がだるい。

今日、薬が届いたが、昨晩あり合わせの頓服で間に合わせたせいか?
自律神経悲鳴を上げる。

5月21日
ぎりぎりに研究会に滑り込んで、オブザーバーとして参加。
そうそうたる先生方の前で、質問などおそれおおくて出来ない。
だけど、朝から夕方まで、本当に楽しかった。

領域的には、専門分野ではないのであるが、なにせ地元の話なので、聞いていて面白い。
地元の割には、全然知らない事ばかりなので、余計に興味深い。
はぁはぁ、そんなんや。
知らんかった。
と、大きくうなずいて、あほ面さらして、拝聴しておりました。
いやいや、なんだか少し賢くなったような気がする。
と言うより、根本的に私がモノを知らなすぎるだけなのか。

研究会終了後、懇親会は参加せず。
ちょうど井上先生も参加されないという事で、思わず、個人的にいろいろ質問をして、いろいろと教えていただく。
あまりに勢いよく、話しかけたせいか、「ちょっと、坐りませんか?」と言われる。
先生も、すぐに終わると思っていたのが、私がだらだら話すのでお疲れになったのでしょう。
申し訳ない。
いつも刺激的なお話しが聞けて、ありがたいと感謝して帰宅。

5月20日
しもうた。
仕事が溜まって、ばたばたしていたら、今日も主治医のところに行けなくなってしまった。
薬が切れると、もう駄目だ。
また、泣く泣く電話して速達で郵送をお願いする。

どうも要領が悪いのか、それとも・・・
甲子園ではしゃぎすぎ?

歳のせいか、最近疲れがすぐ取れない。
虚し。

5月19日
今シーズン3回目の甲子園。
復刻ユニフォームが見たかったから。

友人が仕事を終わるのが18時半過ぎと言うので、それにあわせて帰る事にする。
もちろん、ちゃんと勤務時間は働いています。
自分の仕事が遅れて、友人に当日券を先に買っておいてもらうようにお願いする。

しかし、バスが10分ほど遅れた頃から歯車が狂った。
阪急桂についたら、様子がおかしい。
電光掲示板に、次に来る電車の案内が出ていないのだ。
次に出たら、両サイドとも「先発」と出る。
おかしい?
漸く、駅員のアナウンスで事態を把握。
事故で、ダイヤが乱れているとの事。
JRの事があるために、誰も文句を言わない。
内心は、私はいらいらしてしまっていたが・・・あかんな。
いつ電車が来るのかわからないので、友人にメール。
もう止めようか?と返信がきたのだが、その時ちょうど快速特急が来たので、判断を任せて、とりあえず梅田に向かう。
電車は来たものの、前方で電車が詰まっているので、結局あちらこちらで信号待ち。
でも、ここでいらいらしてしまう心理をはっと気がついては、反省。
人間でけてへんから、しゃあない。
先に甲子園に向かって、当日券を買った友人に「先に球場に入っていて」と連絡して、走って阪神梅田へ。
甲子園に到着したときは、19時を過ぎていた。
まわりの会話を聞くと、3回が終わったらしい。
電話をすると、そばのダイエーで買い出しをして、待っていてくれた。
申し訳ない。

ひいの復刻ユニファームが欲しいと思ったが、それどころでなく、3塁アルプスへ。
西武戦だったのだが、結構空いていてびっくり。
昨日は、朝から雨で試合があるのか迷った人も多かったので、松坂でも結構席が空いていたとTVをみて思っていたが、今日も少ないのは意外。
日ハム戦は、前売りは完売なのに・・・

遅れてしまい、友人にも迷惑をかけたが、嬉しい事に今日も勝ちました。
これで、甲子園行った3回とも勝利だ。
こいつは縁起がいい。

ただ、85年の優勝に向けて、中学時代に甲子園に通っていたときと比べると、なんだか雰囲気が変わったような気がする。
私が歳をとったせいか?
8時半頃になると、ぞろぞろと団体が帰り始める。
そうか、制服を来ているところを見ると、修学旅行生か。
甲子園の阪神戦って、修学旅行に組み込まれるのか。
近くに住んでいると、あまり想像できない。

まあ、阪神が勝ったし、これで、土曜日の研究会は楽しく参加させて頂けそうだ。

5月18日
変体仮名講座が開始。
昨年、途中で挫折してしまったので、今年も再度チャレンジする。
出来るときにしておかなくては。

今回は、先生と一緒に新しいテキストを選んだ。
読めるようになるのかしら。

最近、祖母が「今度はいつ泊まりに来るの」とよくいわはるので、なんだか気になって、今晩泊まりに行く。
明日は出勤なので、8時半には家を出るが、祖母も明日は用事があるので、朝早く起きるからだ。
せっかく泊まるのなら、朝ご飯を一緒に食べて、挨拶したい。
ただ、稽古でばたばたしていて、仕事が出来てないので、夜は遅めに泊まりに行って、なんだかんだと0時過ぎまで話をする。

もうすぐ本番だねえ。
申し合わせには、おじいちゃんの写真を持ってゆっくり見るからね。

はああ、さりげなくプレッシャー。

5月17日
前回の能特訓で、出来が悪くて、今日は朝から稽古。
次が申し合わせなので、自分でも不安であったため、朝からお稽古場に行く。
さすがに、もう装束はつけないだろうと、足袋とお稽古本を持って行く。
実は、皆様に案内状を配る際、今回は能楽なので、略筋を同封した。
よく知ってはる人には必要ないが、やはり能楽は、歌舞伎よりもマイナーなようである。
メディアの進出率も違うし。
その話を奥様にしていたら、お友達に配りたいので余っていたら欲しいと言うて下さる。
昨晩、用意してファイルに入れておいた。
ついでに、内田先生から長い間借りていたビデオ&DVDを返さなくては、と袋に入れて用意していた。
だが、最近物忘れ激しくて・・・

略筋を忘れて、ビデオだけを持って行ってしまった。
なんだか、忘れている気がしても、言われるまで全く気付かなかった。
ひたすら謝って、家に帰って、すぐに郵送。
はあ、ぬけてるわ。

今日は、他の社中が装束をつけはるというので、いつも皆様にお手伝いいただき、お稽古しているので、手伝わせていただく。
本当は、お昼で帰る予定をしていたので、気がつけば夕方になっていて、初めて朝から何も食べていない事に気がつく。
装束をつけて舞が終わった後、コルネを食べたのが、本日最初の食事。
ケーニヒス・クローネの本店がすぐ近所なのだ。
先生から「しっかり食べときなさい」と二つ食べるように命じられる。
いや、あのお菓子で食事代用になるのはよくないのですが・・・
まさか、朝食ぬいてきたとも言えず、頂く。

はあ、お腹が一杯で、夕飯食べる気せんなあ。
でも、体調管理しなあかんしな。
疲れた。

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2005年05月28日 06:52に投稿されたエントリーのページです。

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